悪役を与えられた俺と君と。   作:湊音

5 / 15
出発の日

 剣術を習い始めて一ヵ月。クラウスの身体は、記憶の中の自分に近い動きを再現できるようになっていた。

 

「剣筋が安定してきたわね。一ヶ月でここまでって、普通じゃないわよ」

 

 午前の稽古。石張りの地面に、剣のぶつかる金属音が石張りの地面にリズムを刻んでいた。 クラウスは一呼吸ごとに呼吸を整え、剣を受け流す。動きに無駄はなく、構えも揺るがない。 その合間に交わす言葉には、余裕と、どこか楽しげな響きすらあった。

 

「だいぶ体が慣れました。最初の頃は……筋肉痛で、動くのもやっとでしたけど」

 

「そうね、生まれたての小鹿みたいで、可愛かったわよ」

 

  レイナは笑いながら斬り返す。クラウスは剣を滑らせて受け止め、口元に笑みを浮かべた。

 

「もしかして、勇者の役割でも持ってるんじゃない?」

 

 軽口のような声が耳に届いた瞬間、クラウスの肩がぴくりと強張る。 『勇者』という言葉が、胸の奥に沈めていた記憶を呼び起こす。クラウスはその感情を押し込み、笑みを添えて答える。

 

「本当にそうなら良いんですけどね……」

 

 近い将来、クラウスに与えられる役割は『暴君』だった。 どれほど正義を信じ、誠実に行動してもその手が振るう剣は、周囲の目には暴虐として映ってしまう。 彼の意志と世界の認識を狂わせる原因だった。

 

「反応が遅れてる。稽古中に考え事すると危ないわよ」

 

「そうですね。急な話なんですが……子供たちに剣術を教えてみたいんです。許可、いただけますか?」

 

 レイナは剣を止め、少し驚いたようにクラウスを見た。

 

「理由は?」

 

「覚えたことを誰かに伝えることで、自分の理解も深まると思って。それに、子供たちが剣に触れる機会って、なかなかないですから」

 

 稽古を終えた二人は教会へと続く石畳の道を並んで歩く。クラウスとレイナの足音は、静かな街並みに規則正しく響いていた。その音に気づいたのか教会の中庭で花の世話をしていた少女が、ふと振り返る。

 

「クラウス様、本日はどうされました?」

 

 レイナの視線が、フィリナに吸い寄せられる。 一瞬、息を呑んだように、動きを止めた。

 

「……この子、もしかして……ダークエ——」

 

 剣が鳴った。クラウスの剣先が、レイナの胸元を正確に捉えていた。 速さ。迷いのなさ。すべてを断ち切るような動きだった。

 

 レイナは目を見開き、言葉を飲み込む。

 

「その言葉は——この領では使いません」

 

 ダークエルフとは亜人種であるエルフが魔族に魂を売った姿だと言い伝えられている。魔の者に落ちた代償で髪は白く色褪せ、肌も闇に溶け込める色へと変わった。そういう作り話があった。

 

「すまない。失言だった……」

 

「分かっていただければ大丈夫です。この子はフィリルです。教会育ちの子で、掃除と花の世話をしてくれています」

 

 フィリルは咄嗟の出来事に驚いていたが、控えめに頭を下げた。

 

「はじめまして。レイナ様……でしょうか?」

 

 レイナは息を整えながら、フィリルに向けて微笑む。 その視線の奥に、騎士としての自責が静かに滲んでいた。

 

「ええ、講師として滞在しています。よろしく、フィリル」

 

 フィリルに教会を訪れた理由を話した後。子供たちを集め剣を教える。稽古は和やかに進んでいき、数人の子供たちはクラウスの動きを真似しながら、ぎこちなくも楽しそうに剣を振るっている。

 

「剣を下げすぎないで。踏み込みは右足から」

 

 クラウスの声は穏やかだった。その隣で、レイナが笑いながら言う。

 

「振り回すだけならうまい子もいるけど、当たるようになるまでは遠いわね」

 

「でも、筋が良い子ばかりで教えていて楽しいですよ」

 

 子供たちの中から小さな歓声が上がる。その後、中庭に現れたフィリルの腕にはバスケットがひとつ。手作りのサンドイッチが丁寧に包まれて並んでいる。

 

「皆さん、少し休憩しませんか?」

 

 包みを広げると、香ばしいパンの香りが広がる。卵と野菜。ハーブとチーズ。優しい味の組み合わせ。サンドイッチを口に含んだレイナが思わず唸るように言った。

 

「……これ、すごいわね。お店でも出せるんじゃない?」

 

「ええっ、本当ですか? よかったぁ……」

 

 フィリルは照れて笑い、クラウスは何気なく彼女の肩をポンと叩いた。

 

「君の料理は、領の誇りだよ」

 

 三人はベンチに並び、夕陽の中でゆっくりとサンドイッチを食べる。その静かなひとときのあと、クラウスは少しだけ表情を変える。

 

「……レイナさん」

 

「ん?」

 

「もし……万が一、何かが起きたときのことなんですが」

 

 レイナがサンドイッチの包みを膝に置き、クラウスの目を見た。

 

「子供たちを守っていただけませんか」

 

 レイナは一瞬、何を考えているのかと迷ったようだったが、すぐに眉間を柔らかくして微笑んだ。

 

「それ、お願いじゃないわよ。騎士団員にとって『守る』ことは本業。頼まれなくても、やるわよ」

 

 クラウスはその言葉に、ほんの少しだけ目を細めて笑みを浮かべる。

 

「ありがとうございます」

 

 レイナは胸を軽く張って、サンドイッチの最後の一切れを頬張った。

 

「それに、あの子たち。なかなか筋がいい子もいたわよ。将来私の部下になる子たちかもしれないもの」

 

 フィリルは黙ってそれを聞いていた。その横顔には、少しだけ安心と誇らしさが滲んでいた。

 

 訓練所へ向かう前日、クラウスにとって領での最後の生活は子供たちに剣を教えることに使われていた。孤児院の中庭。クラウスは子供たちに剣の稽古をつけながら、最後にひとつ言葉を添える。

 

「俺やレイナさんが君たちに剣を教えたのは、戦って欲しいからじゃない」

 

 子供たちは剣を持ったまま首をかしげる。

 

「誰かを守るために、自分が生き残るために使って欲しい。剣を握るたびにこの言葉を思い出してほしい」

 

「……うん!」

 

 その反応に、クラウスは小さく笑った。自分にできることは、やった。そう思えた時間だった。

 

 屋敷へ戻る途中、レイナが彼を呼び止める。

 

「クラウス。これ持っていきなさい」

 

 渡されたのは、装飾のないシンプルな直剣だった。握った瞬間に、想像以上の重さが腕へ響く。

 

「王都の鍛冶師に頼んで、注文してたの。向こうで渡される支給品じゃなく、あなたの動きに合うものがいいと思って」

 

 クラウスは剣を鞘から抜き、刃の厚みと重みを指先で確かめた。

 

「……良い剣ですね」

 

「そう。綺麗に斬るのじゃなくて、絶対に折れないようにって考えて作られてる。好きでしょ、こういうの」

 

 渡された剣は時間が巻き戻る前に使っていた剣によく似ていた。使われている金属の関係か、見た目よりも重量があり、強度も高く、刃の鋭さで切るというより重さで叩き切るに近いもの。

 

 どれほど鋭い切れ味を持った剣でも刃こぼれをしてしまえば突くことにしか使えない。折れてしまえば戦うことができない。だからこそクラウスは武器に対して切れ味よりも頑丈さを求める傾向にあった。

 

「……好みを見抜かれてたようですね」

 

「毎日打ち合ってるのよ? それくらいは分かるわよ」

 

 笑いながらレイナは手を振った。レイナと交代するかのようにクラウスの前へとフィリルがやってくる。

 

「……これお守りです。持っていってほしくて」

 

 彼女がクラウスに渡したのは、右隅に色とりどりの小さな花がぎっしりと刺繍されたハンカチだった。

 

「全部、わたしが刺しました。花の数は、クラウス様が無事に帰ってきてくれるようにって……1つずつ願いを込めながら」

 

 クラウスは手に取り、指で糸を撫でる。

 

「……ありがとう。ちゃんと持っていくよ」

 

 フィリルはそれに答えるように、小さく笑った。

 

 翌朝。クラウスとレイナは乗合馬車が集まる広場へと並んで歩いていた。広場には子供たちとフィリルが立っていて、小さく手を振っている。

 

 クラウスは剣を背負い直し、一歩だけ前に出る。 背中に剣の重み。胸に刺繍の温もり。

 

「それじゃあ、頑張ってくるよ」

 

 その言葉に、誰よりも自分自身が応えようとしていた。フィリルの両手がぎゅっと胸元で重なり、広場の花が朝の光でほんの少し揺れていた——。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。