アドマイヤグルーヴと、相性度65%のトレーナー 作:君のネクパイになりたい
これは、“彼”がスティルインラブと再会する前……。
第三子の妊娠が、まだ発覚していない頃の一幕である。
「トレーナー免許試験の対策?」
ある日の朝。出勤前のひと時に妻……アドマイヤグルーヴからされたお願いは、そんな内容だった。
長女のアドマイヤテンバを見つつ、次女のアドマイヤセプターの食事を手伝いながら、彼女は夫に向けて頷く。
「ええ。どうしても必要らしくて。お願いできないかしら」
「もちろん、構わないよ。トレーナーが増えてくれるのは大歓迎だしな。それで、誰に特訓すれば良いんだ?」
この世界におけるトレーナーとは、主にウマ娘を選手として育成する職業である。
もちろん、ウマ娘以外へ、運動以外のトレーニングを行うトレーナーも存在するのだが、「トレーナー」という単語を聞いて、真っ先に浮かぶのがウマ娘のトレーナーなのだ。
しかし、それだけ認知度の高い職業でありながら、その絶対数はウマ娘に対して非常に少ない。
理由としては、試験そのものが非常に難しいものである事と、せっかく就職しても結果を出せずに離職してしまう者が多い事。
そして、結果を出したら出したで、担当ウマ娘と結婚して地元に帰る男性トレーナーが5割を超える事が挙げられる。
ウマ娘という存在は、人間の平均的容姿と比べて、非常に見た目が整っている。そうでなくとも、二人三脚で三年間以上を過ごし、お互いに情が湧かない方が難しい。
よって、試験においては、コンプライアンス意識の向上を目的としたセミナー受講も義務とされている……のだが、そこはまぁ、あれだ。本能に逆らえない場合もあるのである。アルヴを娶った“彼”も逆らえなかった一人なのだし。
ともあれ、以上の理由から万年人手不足なトレーナー業界は、常に人員を確保しようと画策しており、トレーナーを志す者に対しても、積極的に指導を行うことが推奨されている(業務に影響しない範疇でだが)。
最近はドゥラメンテへのトレーナー指導も落ち着いてきて、手の空いた時間も増えてきた。愛する妻からのお願いを、承諾しないはずがなかった。
けれど……。
「それが……」
「……?」
「ごにょごにょごにょ……」
「えっ」
なんとも形容しがたい、絶妙に困ったような表情を浮かべるアルヴ。
名前を聞かされた“彼”は、思わず自分の耳を疑い、その驚きが消える暇もないまま、数日後、件の人物との対面する日を迎える事となった。
「やぁ、ドウモ。アルヴの旦那サン。ルーラーシップだ、今日はよろしく」
短く切り揃えた黒髪。前髪に走る流星。リバーシの駒を模した髪飾り。
ダメージ加工のジャケットとジーンズを身にまとう彼女の名は、ルーラーシップ。
とんでもない“出遅れ癖”でトゥインクルシリーズを盛り上げた、一癖も二癖もあるウマ娘である。
「“あの”アルヴが選んだ男……。ずっと興味はあったんだ。なるほどねぇ……」
「そりゃあ……どうも……」
昼過ぎに“彼”のトレーナー室を訪れたルーラーが、シニカルな笑みを浮かべて踏ん反り返る。
その名前を初めて知ったのは、レースでの話題ではなく、エアグルーヴの母、ダイナカールが開いたウマ娘育成スクールでの、問題児っぷりの噂だ。
アンプラグド・ゲーム……。いわゆるボードゲームなどをこよなく愛し、それは己のレース理論にすら及ぶほど。遅刻・無断欠席の常習犯でもあり、気の合うトレーナーと出会うまではデビューすら危ぶまれていたとか。
どこまでも自分に厳しかったアルヴと、どこまでも趣味に生きるルーラー。
アルヴが学園を卒業した後、就職先としてエアグルーヴからスクールを紹介され、その縁でルーラーも出会ったのだが、相性は良いはずがなかった。
まあ、伝え聞くだけでも自由人なのは理解していたし、アルヴから聞いた人物評価だけを鵜呑みにもしないよう、気をつけた方が良いだろう。
「さっそく本題に入ろうか。トレーナー免許試験に向けた対策をしたいと聞いたけど……」
「ああ。俺のトレーナーが不在の間、留守を預かる必要があるからな。先々の事を考えると、早めに取得しておいて損はない」
なぜ急に、ルーラーシップがトレーナー免許を取得しようとしているのか。
彼女のトレーナーだった女性が、産休を取るからである。
トゥインクルシリーズでの現役を引退後、“彼”とアルヴがそうしたように、ルーラーはトレーナーと二人で後進の育成に精を出していたのだが、卒業をしていざ本格的に……という矢先、想定外の妊娠が発覚した。
現在は産休に向けた準備……。仕事の引き継ぎや、契約関係のあれこれに忙しいようだ。
トレーナーが不在の間、一時的に他のトレーナーのチームへと編入する事も考えたらしいが、ルーラー達のチームは、ルーラーの破天荒さに魅せられたウマ娘達の集まりでもあり、結局、他のトレーナーでは御しきれないという判断に至る。
ならば、ルーラー自身がトレーナー免許を取得し、正式にチームを引き継ぐしかない。
という訳で、幸か不幸か、手が空いていた“彼”に特訓相手のお鉢が回ってきたのだ。
「試験は筆記、実技、面接とある。まず、筆記試験を想定して作った設問を解いてもらいたいんだが、行けるかい?」
「フッ。いいだろう。こちらもある程度は準備しておいた。完璧な解法をご覧に入れようじゃないか」
まずは小手調べ。
夜鍋して作成した設問のプリントを、ルーラーに差し出す。
トレーナーとしての基礎知識があれば、問題なく正解できる程度の問題なのだが、ルーラーシップというウマ娘を相手とするなら、ここで見るべきは……。
プリントを受け取ったルーラーは、近くの机につき、用意しておいたボールペンを片手に大きく笑う。
問題児とは言っても、頭脳の明晰さは悪名以上に有名。鼻歌交じりでも解けるはず。
事実、プリントが返ってくるのに、そう長い時間はかからなかった。
「なるほど……」
伝え聞く悪評と反比例する、達筆な文字列を確かめ、“彼”は頷く。
「話には聞いていたけれど、素晴らしい内容だ。最新のスポーツ理論はもちろん、過去のデータに裏打ちされたデータも考慮し、独自のメソッドとして落とし込んでいる。読んでいて、こちらとしても参考になる部分が多かったよ」
「そうだろう、そうだろうとも。在学中からサブトレーナー業務も務めていたようなものだからな。俺の頭脳に実務経験が加わり、既に育成理論は高水準でまとまりつつある。これは合格間違いなしだな!」
「残念! 不合格です!」
「なんでぇ!?」
爽やかな笑顔で不合格を宣告する“彼”。愕然とするルーラーシップ。
真面目な雰囲気が一気に緩み、ついでにルーラーのキメ顔も、絹ごし豆腐の角が如く崩れ去った。
「今のは絶対に合格って流れだったじゃん! なんで不合格なんだよぉ!?」
「答えは合ってるし記述文も良い出来だけど、フォーマットを無視し過ぎ。自由な発想力も結構だけども、試験でそれやっちゃダメだ」
「ううぅ……ちょっと筆が乗っただけじゃんかぁ……」
答えの内容は問題ないし、申し分もない。
が、選択制の問題に必要のない注釈を書き連ねたり、記述問題の答えが脱線しまくっていたりと、自由奔放すぎる。
これではとても合格点なんてあげられない。
「君の才能が確かなのも、既に実績があるのも知っている。しかし、だからって試験で好き勝手に振る舞ってはいけない。……分かっているんだろう?」
「分かっている! ……分かっているとも。だからこうして、恥を承知で対策訓練を頼んでいるんだ。
……ああああもおおおお、なんでこんなに面倒なんだよぉおぉぉ……。
実務時間換算ならとっくに数年分はあるんだ、パパっと発行してくれても良いだろぉ……」
「まあ、面倒にしないと、ウマ娘を食い物にしようとする連中がのさばるから、仕方ないさ」
机に突っ伏すルーラーに、“彼”は同情した。
トレーナー免許試験は、数ある資格試験の中でも難関とされる試験だが、それは単に内容が難しいからではない。
ウマ娘という希少種族を守るため、あえて突破を難しくしている。
筆記試験の結果が良くても、実務が不出来なら意味がない。
実務が優秀でも性格に難ありでは、ウマ娘を預けられない。
どんなに聖人君子でも、実務をこなせる知識は必要不可欠。
そして、三つの苦難を乗り越えて免許を取得しても、才能あるウマ娘と出会い、レースで活躍できるかどうかは未知数……。
それを覚悟している人物でなければ、トレーナーという職業は務まらないのだ。
……思い返してみると、よく自分は合格できたなと、“彼”自身も不思議に思うくらいだ。
見目麗しいウマ娘とお近づきになれるかも? などという不純な動機を、少なからず抱えていたはずなのだが。
いや、実際の所、アルヴという美しいウマ娘に出会い、結婚までしているのだから、試験官の目はある意味で正しかったのだろうか。
「是正すべき点はただ一つ。ルーラーシップ。君のメソッドの出力を、定められたフォーマットに収められるようにすること。それさえ出来れば、それこそ合格間違いなしだろう」
閑話休題。
ルーラーの場合、知識も実務経験も十二分。問題となるのは面接や、それに準ずる態度だ。
定められたフォーマットから逸脱する回答は、遵法精神の欠如傾向とみなされる。
たかが回答方法一つで、と思わなくもないが、その“ほんの少し”の積み重ねが過ちに繋がるのは、どんな環境でも同じこと。
学生気分のトゥインクルシリーズの延長戦ではなく、真に教育者たらんと欲するなら、規範を示せるようにならねば。
「試験で測られるのは、君の能力じゃない。対応力だ。
個性豊かなウマ娘達、それぞれに合わせた育成方針を、どんな風に組み立てるのか……。
自分達の……トレーナーの定めた方針次第で、彼女達の未来は決まる。
既にキセキや雷神姉妹を育てた君には釈迦に説法だろうが、それでも確かめなければならない。
君へと未来を預けるウマ娘に。子供を託す親達に。示せるか? ルーラーシップの理念を」
薄紫の瞳を見据え、“彼”は問う。
その身に宿る資格を。覚悟を。信念を。
不貞腐れていた目に、力が戻る。
背筋を正し、“彼”の視線を真っ向から受け止め、彼女は……ルーラーシップは、また不敵に笑って見せた。
「当然。さあ、もうワンゲームだ……!」
数時間後。
「よし、今日はここまでにしよう」
「んぁあああ! つーかーれーたーっ!」
すっかり日の落ちたトレーナー室に、ルーラーの悲鳴じみた溜め息が木霊する。
途中に休憩を挟みつつも、日が暮れるまで問答を繰り返していたのだ。無理はない。
「本当にお疲れさん。慣れないだろうに、よく頑張ったよ」
「もっと褒めてくれ……。でないともう一歩も動けない……」
「ははは。偉い偉い。ところで、この後の予定は?」
「予定……? すぐ帰るつもりだったけど……マジで休まないと動けない……だるい……脳に糖分が足りない……」
初対面の時と比べ、二人のやり取りには遠慮がなかった。対話し続けるうちに、理解が深まった結果だ。
“彼”は、ルーラーが単なる趣味人ではなく、確固たる信念を持つウマ娘だという事を知り、ルーラーは、“彼”がアルヴに選ばれるに足る人物だと知った。
互いに敬意を抱ける相手だと分かれば、後は信頼度も上がるのみ、という訳である。
「じゃあ、そんなルーラーにご褒美だ。……そろそろ届く頃なんだけど」
「失礼しまーす、Umar Eatsでーすなのー」
「お、来た来た」
加えて、もう一つ。
疲れ果ててぐんにょりする後輩を労うため、用意しておいたご褒美を披露する。
ウマ娘の配達員からそれを受け取ると、その匂いにガバッとルーラーが起き上がった。
「この匂い……! この油ギッシュな塩分の香りは……!」
「そう、ピザとU・MACのデリバリーだ。こういうのが好きだって聞いていたからね。もちろん、コイツもあるぞ」
紙袋と四角い箱から漂う、嗅ぐだけで分かる脂っこい匂い。ジャンクフード特有のそれは、塩と脂と糖の権化。人類の食欲中枢をダイレクトに刺激する劇物だ。
添える飲み物はもちろん、誰もが一度は飲んだ事のある炭酸飲料……に似せた類似品。
こんな組み合わせ、チートデイでもなければ味わえない代物である。
しかしルーラーは、“彼”が差し出したペットボトルを受け取ると、プシュ、とキャップを開け、実に美味しそうに喉を鳴らす。
「ップハァ! くうぅっ! 合成甘味料と添加物たっぷりの体に悪い味! これだよこれ!」
「CMに使えそうな笑顔で、スポンサーがブチギレる発言するの止めような。気持ちは分かるけど」
苦笑いしつつ、“彼”も久しぶりに飲む炭酸飲料を味わう。
大人になってからは色々な数字が気になり、自然と控えるようになってしまったので、本当に久しぶりだ。
「なんだ、アルヴの旦那サンなのに、話が分かるじゃないか。でも良いのか? アルヴはこういう食事、あまり好きじゃないはずだが」
「今日は特別だよ。モチベーション管理が重要だって、君のトレーナーから助言を貰っていたし、渋々だけどアルヴの許可も下りてる。それに……」
「それに?」
「俺だって、たまにはジャンクな食事をしたい時もあるさ。無性に食べたくなるんだよなぁ、この味が」
ルーラーの対面に腰を下ろし、広げたジャンクフードの中から、バーガーを選んで齧りつく。口一杯に広がる、塩と胡椒とケチャップとチーズの味。これがもう堪らない。
アルヴと結婚してからというもの、健康的かつ満足感も得られる手料理に、胃袋は完全に掴まれ、それが当たり前になっていた。
自分を想って、手を変え品を変え、様々な料理を作ってくれるアルヴには感謝しかない。
んが、それはそれ、これはこれ。
和食を食べ続けていたら無性に焼肉が食べたくなるように、健康的な食事をすればするほど、ジャンクな食事が恋しくなるのである。
アルヴに隠れて食べるポテチやカップ麺の、罪悪感に満ちた甘美な味わいと言ったら……。まぁ、すぐにバレてお小言を貰うのだが。そして食べた分の運動と称して仲直りぴょいをゲフンゲフン。
それはさて置き、“彼”の意外な一面に親近感が湧いたらしく、ルーラーもピザを一切れ平らげ、ニヤリと笑う。
「フッ……。想定以上に気が合いそうだ。なぁ、ボドゲやらないか? いや、ボドゲでなくても構わない。息抜きにゲームに付き合ってくれ」
「ゲームか。よし、いいぞ。学生時代には、お菓子を賭けてカードを遊んでたもんだよ。負けないからな」
「カード! 良いねぇ。ポーカー、BJ、単純なババ抜きに神経衰弱……。幸い、俺はカードも持ち歩いている。さっそく準備しよう!」
「でも、手が……油ギッシュなんだけど。汚れないか?」
「心配無用。こっちなら、ラミネート加工済みさ」
したり顔で取り出したるは、皆が慣れ親しむパーティーゲームの古豪、トランプ。
ラミネート加工までしているのは流石に珍しいだろうが、単純に遊ぶだけならそう変わらない。
ルーラーが美しい手捌きでカードをシャッフルし、息抜き程度のはずのゲームは、中々に盛り上がるのだった。
そんなこんながあり、数ヶ月後。
いつも通りの平穏な毎日が続く中、とある休日の朝、“彼”の自宅のチャイムが鳴る。
お腹の大きくなり始めた、エプロン姿のアルヴが玄関を開けると、そこには……。
「やぁ。おはよう、アルヴ。お邪魔するぞ」
「……ルーラー。貴女、また来たの……?」
「当然だ。テンバと約束したからな」
朝も早いというのに、珍しく眠そうではない顔の……むしろキメ顔のルーラーが立っていた。
トレーナー免許試験の特訓以降、彼女はよくこの家に顔を見せるようになり、ここ最近は毎週のように現れている。
アルヴも嫌という訳ではないのだが、こう、せめて手土産くらい持ってきなさいというか、また夜まで居座って昼食も夕食も食べていくつもり? というか……。
「あ! ルーラーおねえちゃーん!」
「おおぉ、テンバ! 遊びに来たぞ?」
「うんっ。いっぱいあそぼ!」
主婦特有の悩みを知らない娘、アドマイヤテンバは、無邪気にルーラーへと飛びつき、抱き止める方も満面の笑みを浮かべている。
大人からすると、自堕落な部分が目立つルーラーだが、子供の目線では、色んな遊びを教えてくれる良きお姉さん、なのだった。
「随分とルーラーに懐いたなぁ、テンバも」
「悪い遊びを覚えないと良いんだけれど……」
「心配し過ぎだよ。セプターはまだ手が掛かるし、テンバの子守りをしてくれていると思おう」
「……ふぅ。そうね」
のほほんと新聞を畳む夫に、思わずアルヴは溜め息をこぼす。
とりあえず、賭け事に通じる遊びを教えたら一生出禁、と言ってあるけれど、心配なものは心配なのである。(いや一生は流石に重過ぎだろ!? byルラシ)。
が、そんな心配を他所に、休日は和やかに過ぎて行き、珍しく“彼”が腕を振るった昼食を食べた昼下がり。
洗い物を終えたアルヴがリビングに戻ると、さっきまで騒いでいたはずのテンバの声が聞こえない。
「あら? ルーラー、テンちゃんは……」
「ここだよ。俺の膝の上。よく寝てる」
不思議に思って問いかければ、なんの事はない、満腹になって眠ってしまったようだ。
ソファに座るルーラーの膝に頭を預け、寝息を立てている。幸せそうな寝顔だった。
「なぁ、アルヴ。聞いてくれるか」
「どうしたのかしら。畏まって、らしくもない」
「酷い言い草だな……。まあ、それも仕方ないが」
「……本当に、どうしたの」
いつになく、神妙な顔つきのルーラー。
普段ならぞんざいに対応するアルヴだが、これは流石に不安が勝つ。
当の本人も苦笑を浮かべ、テンバの頭を撫でながら口を開く。
「俺はさ……。不貞腐れてたんだよ、トレーナーが産休を取るって決まってから」
ルーラーシップとそのトレーナーの関係は、ネット上のゲーム友達から始まった。
一見しただけだと悪い面ばかりが目立つルーラーの、分かりにくい良い部分を的確に見抜き、乱高下するモチベーションも見事に管理して見せた、素晴らしいトレーナーである。
そんな人物が放って置かれる訳もなく、知らぬ間に交際相手を見つけ、しっかり幸せを掴んでいた。
ルーラーは愕然とした。
自分が知らない相手と、隠れてそんな関係になっていたなんて。
裏切られたような気分だった。
……裏切られたと感じてしまう自分にも、愕然とした。
昔ならば、子供のように駄々をこねていたのだろうが、表面上は取り繕えるくらい、大人になっていたのも災いした。
形ばかりの祝福して、引き継ぎやら何やらの準備を進める間も、ずっと。胸に、わだかまりを抱えたまま、時間だけが過ぎ去り……。
「でも、アルヴの旦那サンと知り合って、この家に顔を出すようになって、テンバが懐いてくれて、思ったんだ。……こういうのも、悪くないかも知れない」
“彼”と関わり始め、その縁でアルヴとの家庭を覗いた時は、それはそれは驚いたものだ。
ルーラーに対しては、ぞんざいだったり辛辣だったりするアルヴが、夫に対しては甲斐甲斐しく世話を焼いて、自分の娘を「ちゃん」付けで呼ぶ姿など、想像すら出来なかった。
初めは物珍しさから。次第に、この家で過ごす時間に……家庭というものに、ささくれ立った心が、癒やされている事に気付く。
もしかしたら、トレーナーは。こんな形の幸せもあるのだと、教えたかったのではないか。
今となっては、こう思える。
我ながら気分がコロコロ変わるものだと、笑ってしまう。
「悪くない、なんて言葉では足りないわ。私は今、幸せの絶頂なのだから」
「おおっと。まさかアルヴの口から惚気を聞ける日が来るとは、世の中、分からないもんだ」
独白を聞き、何を思ったのか、アルヴはそう補足する。
かつては氷の女王とも呼ばれていたウマ娘が、子煩悩な良妻賢母になってしまうだなんて、ルーラーの目を持っても見破れなかった。
まさに、事実は小説よりも奇なり、だ。
……と、思っていたら。
「ところで……。 ル ー ラ ー ? 」
「ヒエッ」
急に、部屋の温度が氷点下まで下がった。
声のトーンを僅かに下げたアルヴが、ルーラーの肩に手を置く。
何故だろう。
温かいはずのその手が、冷たく感じる。
「貴女にとって、“彼”がどういう存在なのか、教えて貰えるかしら」
「ハ、ハイ。アルヴサンの旦那サンで、免許試験の時に、大変お世話になりましたです、ハイ……」
嘘をついてはいけない。
正直に答えなくてはいけない。
逃げる事は許されない。
まるで、証言台に引き摺り出された被告人のように、ルーラーは震える声で供述した。
冷たさが、肩から首筋へと登っていく。
「貴女が“彼”を慕ってくれるのは嬉しいわ。娘も懐いているし、家に遊びに来るのも構わない。……けれど、距離感だけは弁えてくれないと、困るのよ。でないと、私……」
距離感。
言われてみると、少しばかり近かったような気が……いや、そうだろうか?
ちょっと気安くボディタッチする事は増えたし、一本しか買えなかった新作ジュースを回し飲みしたりもしたけど、いけない事なのか?
なんて思うルーラー(恋愛経験ゼロなので距離感バグり中)の首へ、とうとうアルヴの指が絡みつき。
「どうにかしてしまいそう」
その言葉は、まるで吹雪。
聴覚から体内へと侵入し、体温を根こそぎ奪っていく、絶対零度の極寒の嵐。
今、ルーラーの背後に居るのは、夫を愛する良妻でも、娘と慈しむ賢母でもない。今もなお健在な、氷の女王だった。
「それじゃあ、私はセプターちゃんの所へ戻るから。テンちゃんの事、お願いね」
「ハイ。ワカリマシタ」
カタカタと震えながら、どうにか返事を搾り出すルーラー。
アルヴの足音が消え、完全に気配を感じなくなると、その震えでテンバが目を覚ました。
「ん……。おねえちゃん……?」
「……ご」
「ご?」
「ごわがっだ……っ。い、今までで一番、怖かったあぁぁ……!」
「ど、どうしたの? なにがこわいの? なかないで、よしよし」
突然、子供のように泣きだすルーラーを、驚きつつもあやすテンバ。
壊れた情緒が復活するには長い時間を要し、おやつの時間になってもまだビクビクとしていた。
以降、ルーラーがアルヴ一家を訪れる回数は少し減り、娘達にとっては「たまに来ていっぱい遊んでくれる美人のお姉さん」という立場に収まったとか。
こうして、距離感のバグったメンタル弱々ボーイッシュDKPIウマ娘との浮気ルートは、未然にフラグを圧し折られたのであった。
『オマケ こうしてアタシが産まれたってわけよ』
「なぁ。そろそろ機嫌を直してくれないか……?」
ルーラーシップとの免許対策を始めた、初日の夜。
夫婦の寝室にて、“彼”は妻のご機嫌を伺っていた。
「別に、怒っていませんけれど。明日も早いんです、早く寝て下さい」
薄手のナイトガウンを着るアルヴは、そんな夫に対してそっけない態度。
これは……やっぱり怒ってるな……。
結婚する前後から敬語をやめたはずのアルヴだが、今でもちょっと不機嫌になると、敬語が復活してしまうのである。怒っています、と示すための合図というか、そんな感じだ。
ちなみに、アルヴの着ているガウンは本当に薄く、色々と嬉しいものが透けて見えてしまうのだが、描写は差し控えさせて頂く。悪しからず。
「アルヴ」
「……な、なんですか」
アルヴの隣に腰掛け、太ももに置かれた手へと、自分の手を重ねた。
顔を背けられるけれど、手は、握り返してくれる。
そんな所が可愛らしくて仕方ない。
「本当に悪かった。今後のご褒美ジャンクフードは、ルーラーの分だけにする」
「…………」
「君の作ってくれたご飯を食べるために、ちゃんと早めに帰ってくる」
「…………」
「あー。明日は、アルヴ特製の甘口カレーが食べたいなー」
「……もう」
何度も言葉を重ねていると、根負けした、といった風に破顔するアルヴ。
正直なところ、アルヴのカレーは甘過ぎて好みから外れるのだが、この笑顔を見られるのなら安いものだ。
「そんな風に言われたら、私が意地を張っているみたいじゃない……ですか」
「あれ。昔から意地っ張りだった気がするけど」
「……どうせ、私は素直じゃない女……ですから」
また顔を背けつつ、今度は体を寄せ、こちらの肩に頭を預けて。
言葉は素直じゃなくても、行動がとても素直になっている所に、時の流れを感じられる。
そして、愛し合う夫婦がこんな雰囲気になったなら、する事は……。
「ところで……」
「え。……あっ」
肩を抱く……と見せかけ、アルヴをベッドに押し倒す。
ウマ娘なのだから、嫌ならば拒むのは容易いはず。
でも、彼女は抵抗する素振りなど、欠片も見せない。
「いつもと違う、変な時間にジャンクフードを食べたからか、今になってお腹が空いてきたんだ」
「……自業自得、です」
「だから、デザートが食べたいな。この世界で、“俺”だけが食べられる、極上のデザートを」
「…………すけべ」
ジト目で罵られるも、苦笑いしか出てこなかった。
何故なら、アルヴが着ているこのガウン、普段使いではないからだ。
いつもはごく普通のパジャマなのに、今日に限って煽情的な格好をするなんて、これはもう、そういう事だろう。そういう事にしよう。そうであれ。
「残したりしたら、許しませんから」
「そんな勿体無いこと、するもんか。……アルヴ」
「……ん……」
名前を呼ぶと、少し強張っていた体から力が抜け、まぶたが閉じられる。
これから味わうのは、甘美なる果実。
瑞々しいまま、たわわに完熟した果実。
夜はまだ、始まったばかりだ。
流石アルヴさん! どこかの長女さんには出来なかった事(フラグクラッシュ)を平然とやってのける! そこに怯える恐れ慄くぅ!
いやいや、ハフバも近いこんなタイミングで唐突にメンタル弱々ボーイッシュDKPIウマ娘を実装とかさぁ、勘弁してよマジで……。
マジでビックリしましたわ。お知らせ見た瞬間、素で「嘘でしょ」って呟いちゃったんだゼ。はえーよサイゲ。
ちなみに、まるでルーラーシップ攻略ルートがあり得るような書き方をしましたが、無いです。どんな世界でもアルヴさんがフラグをブチ壊します。
なんでそんなに警戒してるかって? 旦那がDKPI好きだって身をもって知ってるからですよ。
いきなり全く関係ない話をしますが、“彼”はペイズリー(paisley)柄が好きだそうです。良い趣味してますねー。
本当に予定外の更新でしたが、暇つぶしにでも読んでもらえたら幸いです。
またこっちを更新するとしたら、スティルさんメインの羅っ修っ修な話になるかも知れません。いつになるかは未定。
さぁて、次のガチャでエロ水着姿のDKPI甘えんぼギャルが実装されたら、ガチャチケ一枚で神引きして、フォトスタジオで立ち位置ゼロとブルーバードデイズを踊らせてポヨンポヨンを楽しむんだ……。
大丈夫、去年はシュヴァルとクラちゃんとヴィブロスにいっぱい絞られて沢山出したから、きっと今年は神引き出来るはず……。フヒ、フヒヒヒ……(白目)。
以下ボツネタ。
「ねぇ、ルーラーおねえちゃん。おしえてほしいことがあるの」
「うん? どうしたテンバ。俺が知っている事ならなんでも教えてやるぞ。遠慮せず言ってみると良い」
「ありがと。えっとね……。パパが……ママを、いじめてるかも、しれなくって……」
「アルヴをいじめてる? いやいや、まさかそんな。……何かあったのか?」
「このまえね、よるにトイレにおきて、おへやにもどるとき、パパとママのへやから、へんなこえがして……」
「……あ゛っ」
「いつもとちがうこえのママが、『いやぁ』とか『おねがい、まって』とか『そこはダメぇ』とか……。こわくなって、いそいでへやにもどって……。ゆめ、だったのかなぁ?」
「あー、それはー、だなー。おおぉ、大人だけができる、その、あれだ……。げ、ゲーム! ゲームしてたんだな、きっと! そうに違いない!」
「ゲーム? どんなゲームなの? わたしもやりたい! パパとママにきいてくる!」
「うぉおおい! ちょっと待ったぁああっ! ほ、ほら、今日はスジモンマスターやるんだろっ? トージョーカイ四代目の捕まえ方を教えてやるから!」
「え、ほんと? やったー!」
「はは、ははは……」(なんで俺がこんな苦労しなきゃいけないんだ、いつまで経っても新婚気分の万年発情期夫婦め! くそぅ、俺も旦那……の前に彼氏欲しいなぁ……)