アドマイヤグルーヴと、相性度65%のトレーナー 作:君のネクパイになりたい
連載化に伴い、必要と思われるタグを追加しました。
ご確認下さい。
見られている。
二つの瞳が、じぃっと見ている。
アメジストとブルートパーズが、じぃっと。
「……な、なぁ、アルヴ」
「何かしら」
「なんで、見てるんだ?」
「……見たい、から?」
熱視線に晒される“彼”が、辛抱たまらず問いかける。
けれど、その美しい宝石の持ち主であるアドマイヤグルーヴは、止めようとはしなかった。
それどころか、矯めつ眇めつ、といった様子で観察をし続ける。
二人きりのトレーナー室。
テーブルを挟んで、差し向かい。
遠く聞こえるファン感謝祭の喧騒が、気不味い雰囲気を強調していた。
「……首」
「え?」
「首の跡、どうしたの」
「首……?」
不意に指差され、慌てて首を探った。覚えが無かったからだ。
アルヴが私用のポーチから手鏡を取り出して、“彼”にも見えるように角度を調節すると、確かに。
首筋に小さく、赤い跡があった。
「ほら、ここよ」
「……うわっ、本当だ。いつの間に……」
虫刺され、だろうか。
指でさすってみるが、特に違和感はない。
存在にも気付かなかったくらいだ。見た目だけで特に問題はなさそうだった。
が、アルヴはそう思わなかったらしく。
「気を付けないと。薬、塗った方がいいわ」
「でも、特に痛くも痒くもないし……」
「念の為よ。ほら」
婦女子のポーチには、なんでも入っているのだろう。
痒み止めか何かをチューブから指に取り、首筋へ。
「い、いや、自分でやるよ」
「もう出してしまったし、勿体無いから」
「……ありがとう」
なし崩しで、薬を塗ってもらう事になる。
妙な気恥ずかしさがあったけれど、別に問題がある訳でもなし。大人しくしていよう、と“彼”は目を閉じた。
……しかし。
もう塗り終わったはずなのに、アルヴの手は首元をさすり続けて。
「……あ、アルヴ……?」
「肩、凄く凝ってるわ」
「え。あ〜、まぁ、デスクワークも増えたから……」
どうやら、肩凝りが気になったようである。
“彼女”ほどではないにしても、エリ女以降、様々な仕事が舞い込んだ。
メディアへの露出や、トレーニング補助などなど。珍しいものでは、ちょっとしたコラムの執筆も依頼された。
慣れない仕事も多く、それにまつわるメールのやり取りもあり、最近は肩凝りも日常の友なのだった。
それで話は終わり……かと思いきや、アルヴは“彼”の背後に周り込み、肩を揉み始める。
「ちょ、いいって、そんな事しなくても……」
「時間までの暇潰し、よ。いいから、じっとして」
ファン感謝祭における、二人の参加イベントはもう少し後。
だからトレーナー室で色々な確認をしていた訳だし、確かに時間はある。
それにしても、だ。なんだかアルヴが異様に優しいというか、甲斐甲斐しいというか。
疑問に思う“彼”ではあったが……実際に肩を揉まれると、その気持ち良さで思考は溶けてしまう。
「あ゛〜……気持ちいい……」
「強過ぎたり、しない?」
「うん、丁度いい……」
ウマ娘は総じて怪力。
人によっては、触れられるのを怖がる事もあるそうだが、アルヴの手つきは丁寧で、触れる肌から気遣いが伝わってくるようだった。
“彼”は思わず、まぶたを閉じて感じ入る。
「ねぇ」
「ん……?」
暗闇の中、アルヴの声が降ってくる。
「貴方は……」
静かな……。とても穏やかな声。
続きを待つが、一向にそれは訪れない。
気になって目を開けると、アルヴは“彼”を見下ろし、けれど首を振る。
「……なんでもないわ。そろそろ時間よ。私、着替えるから」
「おお、そうか。……ん、肩がスッキリした。ありがとう、アルヴ」
「別に……いいわ」
立ち上がり、軽くなった肩を回す。
実に快調、イベントに向けて気力も十分である。
礼を言われたアルヴも無表情ながら、耳をピコピコさせていた。
着替え終わるのを待ち、二人で感謝祭会場へ。
参加するのは、ファンに向けたクイズ大会。と言っても回答者はファンの方で、出るのは出題者としてだ。
上位入賞景品のチェキのリクエストにも応じる必要があり、長丁場が予想された。
「あ、スティルさんだ」
「……え」
と、その道中で見知った姿を見かける。
体操服に白いヴェールという、ちょっとミスマッチな格好のウマ娘、スティルインラブだ。
恐らく運動系の競技に出場するのだろうが、彼女も二人に気付いたらしく、遠目に微笑んで、小さく手を振ってくれた。
急いでいたのか、“彼”が手を振り返す暇もなく行ってしまう。
「なぁ、今のってスティルインラブ、だよな? こっち見てた?」
「手、振ってたな……。でも、なんか、こう……」
「あんな可愛かったけ? 前はもっと暗いというか、大人しめというか……」
たまたま付近に居た男性来場者達は、スティルの唐突なファンサにドギマギしていた。
気持ちは分かるがお前らの目は節穴か。もともと可愛いやろがい。
……などと、脳内で先輩面してしまう“彼”だった。
「さ、俺達も行こうか、アルヴぅっわ」
気を取り直し、クイズ会場へ行こうとアルヴを振り返り、顔が引き攣る。
ギュウっと耳を絞った彼女が、ジト目で思いっきり睨みつけていたからだ。
「ど、どうしたんだ……?」
「……なんでもないわっ!」
(いや凄く怒ってるじゃないか……)
プイッと顔を背けて、一人でズンズン行ってしまうアルヴ。
慌てて追いかけ、“彼”はなんとか機嫌を取ろうとするも、結局、会場に着いてからも話してもらえなかった。
やってしまった。
これはイベント大失敗か……。
と頭を抱えつつ、間もなく始まったクイズ大会を見守る。
しかし予想に反して、壇上に上がったアルヴは普段通り。
同じく出題者として参加するウマ娘達とも、しっかり連携できていた。
(その辺は流石にプロ、だなぁ)
まだ高等部とはいえ、トゥインクルシリーズではクラシック級。
気持ちの切り替えが上手くなっているのかも知れない。
つつがなくイベントは進み、出題者に対して各五名の上位入賞者が選出されて、クイズ大会は終了した。
なお、脱落した参加者達とも、グループ分けしての集合写真という形ではあるが、記念写真を撮っている。
取材写真ではあまり笑わないアルヴの、貴重な笑顔の写真だった。
そして、アルヴへの個人リクエスト。
その一番目を勝ち取った女性ファンの願いは……。
「どんな写真を御希望ですか」
「え、えっと……と……と……」
「と?」
「……とっ、トレーナーさんとアルヴさんのツーショが欲しいれす! ……ですっ!」
「えっ。……え゛っ!?」
実に予想外のものだった。
思わず目を丸くする“彼”だったが、対するアルヴは、さほど驚いておらず。
「呼ばれているわよ。早く来て」
「え、え、あ、でも、いいのかな……」
「良いんです! わ、私、エリ女で感動したんです……!」
ファンの女性が言うには、エリザベス女王杯での“彼”の咆哮に、どうしようもなく心を動かされたのだとか。
なので、揃ってメディアに出る事の少ない二人のツーショットを、この機会に撮りたいそうだ。
こうまで熱望されては無下に出来ず、“彼”もおずおずと舞台袖から壇上へ上がる。
アルヴの隣に並ぶと、女性は感極まっているもよう。
「あっ、二人でハート作ってくれるともっと嬉しいですお願いしますっ!」
「えっ」
「は、ハートぉ?」
……いや、調子にも乗っているようだった。
これにはアルヴも動揺し、二人で顔を見合わせる。
(ど、どうする?)
(……期待は、裏切れない。やるわよ。覚悟を決めて)
(わ、分かった……頑張るよ……)
ファン感謝祭で、ファンの要望を断るなど言語道断。
やや緊張感の見られる表情を浮かべながら、二人は距離を詰める。
そして、戸惑いつつも手でハートの半分を作り、近づけていく。
指先が触れ、ハートが完成した瞬間、アルヴは恥ずかしそうに顔を背けてしまった。
釣られて“彼”も、口元をモニョモニョさせ、なんとなく空を見上げる。
雲一つない快晴だった。
「あーいい! 凄く良いです! 照れ顔サイコーですぅ!」
「え? い、今ので良い、んですか?」
「……私、上手く笑えていないと、思うのですけど」
「 そ れ が い い ん で す よ ! 」
パシャシャシャシャシャ、と連撮音を響かせ、女性はもうヘヴン状態である。どうやら琴線に触れたらしい。
何はともあれ、一人目の入賞者には満足してもらえた。
それは良かったのだが、問題は、残る入賞者が揃いも揃って、「そういうのいいんだぁ」的な顔をし始めたこと、だった。
「つ、疲れた……っ」
中庭の適当なベンチにもたれ、“彼”は天を仰ぐ。相変わらず、憎らしいくらいの快晴である。
結局あの後、リクエストはツーショットに集中し、オマケにポーズ指定は密着度が高いものであった。
ドロワ……リーニュ・ドロワットのダンスっぽく。
体全体を使って大きなハート。
お姫様抱っこ。
逆お姫様抱っこ。
体力的には問題ないが、精神的に疲弊していた。
うら若き可憐な少女との身体的な密着をするのは、しんどい。我慢にだって限界はある。
というか、二人揃って引き攣った笑いしか浮かべられなかったはずなのに、なぜファンの方々はホクホク顔だったのか。理解に苦しむ。
「お疲れ様。飲み物、買って来たわ」
「あ、ありがとう……」
自販機から戻ってきたアルヴが、お茶のペットボトルを差し出す。
それを受け取り、一気に半分ほど呷ってようやく一心地、といった具合いである。
「……ごめんなさい。嫌だったわよね」
アルヴは“彼”の隣に腰掛け、申し訳なさそうに俯く。
したくもない事に巻き込んでしまった……とでも思っているのだろう。
その誤解を解こうと、“彼”はもう一度、お茶で唇を湿らせる。
「照れ臭かっただけで、嫌ではないよ。……あんまり密着するのは、あれだけど」
嫌ではない。嫌であるはずがない。
半年前ならいざ知らず、今はこんな風に、イベント事に参加できるのが嬉しい。
それを誰かに望まれている……。アルヴが皆に愛されているのを確認できるのが、嬉しかった。
だからってあんまり密着されると、オスの本能がムクムクし始めるから遠慮したい。
別にアルヴを遠慮したいのではなく、手が後ろに回るのを遠慮したいだけである。
トレセン学園を婚活会場とか言ってる奴は、豆腐の角に頭をぶつけて記憶喪失にでもなればいい。こちとら生殺しじゃ。
……と、絶対に聞かれたくない本音を、脳内で愚痴る。
しかし、“彼”の脳内を読めるはずもないアルヴは、やはり不安そうな顔。
「本当に……?」
「嘘ついてどうするのさ」
「……じゃあ。スティルさんと、なら?」
「は……? なんでスティルさんの名前が……」
「…………。見ていたのよ、私」
不意にベンチを立ち上がり、数歩前へ。
イベントが盛況だからか、会場から離れた中庭は、空白地帯のように静かだった。
「ホワイトデーの夜。ここで、貴方とスティルさん、が……」
「…………あ〜、見られてたのか。あれにはビックリしたよ」
振り返ったアルヴが見たのは、苦笑いの“彼”。
悪びれた様子も、誤魔化すような感じもない。
「逆まつ毛が目に入りそうだったらしいけど、何も言わずに急接近だったから、俺もちょっと勘違いしそうだった」
「……まつ毛……え……?」
逆まつ毛を、取ってもらった。
確かに、角度的に決定的な場面は見えなかった。
その後の行動だって、動揺したアルヴが見間違えた可能性も……捨て切れない。
“彼”に近寄り、瞳を覗く。
真っ直ぐに見つめ返してくれる。
なんの曇りもない、眼差し。
信じる?
信じられるの。
信じたい。
信じられない!
信じなきゃ……。
信頼と猜疑心のせめぎ合いは、葛藤の末、信頼の勝利で終わった。
「そう、だったのね。私はてっきり、貴方達が……そういう関係なのかと」
「まさか。俺みたいなオッさんなんか、相手にして貰えないよ」
「…………」
何を言ってるんだか……と笑う“彼”。
普通に考えれば“彼”の言い分が正しいし、それが常識的。
教育者と生徒が恋仲になるなんて、あり得ない。不道徳。はしたない。
……でも。
でも、私は。
「──しは、あ──となら」
「ん? 今、何か言った?」
「……なんでもないわ」
勝手に漏れ出た声を、首を振って誤魔化す。
ようやく自覚した感情を……。柔らかく、触れただけで傷付きそうなそれを、思いのままぶつけられるほど、アルヴの心は強くなかった。
冷たい無表情に隠さなければ、きっと、すぐにバレてしまうから。
「失礼致します」
ファン感謝祭から数日後の放課後。
ノックと共にトレーナー室へ入って来たのは、制服姿のスティルインラブだった。
「本日も御指導、よろしくお願いします。“先輩”」
「こちらこそ、よろしく。……やっぱりまだ慣れないな」
「ふふふ。まだ三回目ですから。もっと続けていけば、すぐに慣れますよ。きっと」
アルヴとのトレーニング終わりに行われる勉強会は、スティルのサポーター転向に向けてのものだ。
先日、スティルのトレーナーである“彼女”が、新たなウマ娘との契約を結んだ。
名を、スレッドガーネット。例の逆スカウトウマ娘である。
書類上はスティルとの契約も続いているので、いわゆるチームになった訳だが、まだチーム名は未定だそうだ。
そして、新しい後輩の指導に協力するため、スティルはトレーナー視点のトレーニング法も学ぼうとしていた。
が、“彼女”は後輩の特性把握に忙しいので、こうして協力を申し出たのである。
……しかし。
(なんだろう。この違和感)
目の前で勉強に励む少女に、どうしようもなく、強烈な違和感を覚える。
見た目には何も変わらない。が、“何か”が違う気がするのだ。強いて言うなら……雰囲気、か。
スティルインラブとは、こんなにも色香を漂わせる少女だったろうか。
「ええと……この場合、負荷を維持したまま、怪我のリスクを回避するには……」
例えばこの、考え込む仕草。
プレゼントした万年筆を使ってくれているのだが、何かを考える際、唇へと押し当てる癖があるようだった。
それ自体は普通のこと。気になるのは、クリップ部分のハート飾りに、まるで口付けるように見えてしまう事である。
単なる考え過ぎ? アルヴに関係を疑われたから、変な風に意識しているだけ?
(気のせい……。いや、本当に気のせいか……?)
加えて、違和感の原因はもう一つ。
何かを。非常に重要な出来事を、忘れている気がするのだ。
何かがあった気がするのに、その記憶を“何か”に食い荒らされてしまったような……。
読んでいる本の文字が、唐突に虫喰いだらけになったような……。
「どうか、なさいました?」
「……いや、なんでもないよ」
「ふふふ……。おかしな
だが、スティルが微笑むだけで、強烈な違和感も霧散する。
声を聞くだけで、脳髄が痺れるような感覚を覚える。
ああ、何故だろう。
首の刺され跡が、疼く。
ファンのおねだりに託けて物理的接触を図ろうとする、嫉妬心マシマシなアルヴさんを見ているとtntnがirirするので続きます。
次回、夏合宿前のひと時。