アドマイヤグルーヴと、相性度65%のトレーナー   作:君のネクパイになりたい

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※ 今回は素ティルさんのターン。アルヴさんはちょい役、本能さんはお休みです。


マッチポンプ・パラドックス

 

 

 

「トレーナーが、風邪をひいたらしいの」

 

 

 

 秋も段々と深まってきた、ある日のお昼時。

 珍しくアルヴから食事に誘われたスティルは、驚いて目を剥いた。

 

 

 

「まぁ、大変! お加減は、悪いのですか?」

「あまり良くないみたい……でも……」

 

 

 

 箸を止め、“彼”の病状を尋ねるが、アルヴの表情を見るに、芳しくないようだ。

 加えて、彼女は携帯の画面を見せるようにして差し出す。

 写っているのは……LANEのやりとり。

 

 

 

『風邪をひきました』

『常備薬はあるので見舞いは不要です。レース前だからアルヴも気をつけて』

『本当に来ちゃダメ』

『来たら怒るよ』

『ダメ』

『いい加減にしなさい』

 

 

 

 “彼”の発言だけを抜き出しても、分かる。

 アルヴは、お見舞いに行こうとして断られたのだ、と。しかも割とキツめに。

 本気で怒られるまで食い下がっているのが、なんとも痛ましい。

 

 

 

「夏からお願いばかりで、更にこんな事を頼むのは……心苦しいのだけど……」

「まさか……お見舞いを、ですか?」

 

 

 

 申し訳なさそうな声に、またもスティルは驚く。

 他の誰でもなく、スティルインラブに、“彼”のお見舞いを頼むだなんて。

 

 

 

「よろしいのですか……? その……」

「……だって。他に、頼れる……と、友達なんて、居ない、から……」

(うっ。か……可愛い……)

 

 

 

 赤い顔でモジモジと俯くアルヴ。

 思わず抱きしめたくなる衝動を、スティルは必死に抑え込む。こんなの反則である。

 と同時に、純粋な嬉しさも湧き上がる。

 友人と呼んでくれたこと。

 色んなしがらみを差し置いて、頼ってくれたこと。

 同じく友人の少ないスティルには、得難い喜びだった。

 

 

 

「分かりました。アルヴさんがそこまで仰るなら」

「ありがとう……。よろしくお願いするわ……」

 

 

 

 歯痒い思いを隠さずに、アルヴは苦い顔で頭を下げた。

 ……本当に、変わった。

 誰も寄せ付けず、突き放そうとしていた彼女が、こんなにも胸の内を晒すなんて。

 やはり……“彼”が変えた、のだろう。きっと。

 スティルだって、そうだったのだから。

 

 

 そして、放課後。

 買い物袋を提げ、アルヴから預かった合鍵を手に、スティルは“彼”の住むアパートへ向かっていた。

 その足取りは、誰が見ても上機嫌そのもの。

 

 

 

(あぁ、やっぱり私、はしたない)

 

 

 

 頭では分かっていても、どうしても……。どうしても、気分が浮ついてしまう。

 お世話ができる。

 ただ、それだけの事なのに。

 ひどく懐かしく、甘くて苦い記憶が蘇るのだ。

 

 程なく、目当ての建物が見えて来た。

 階段を登り、“彼”の部屋番号を確かめ、その扉の前で深呼吸。

 ……いざ!

 

 

 

「……ぉ、お邪魔致します……」

 

 

 

 できるだけ静かに鍵を開け、囁くような声で呼びかける。

 当たり前だが返事はない。

 靴を脱ぎながら、部屋の内装を見回す。

 覚えがあるような、無いような。やはり、完全に“同じ”ではない、という事なのだろう。

 

 それなりに広い間取りで、玄関脇にキッチンがある。

 廊下の手前の扉はトイレとお風呂場。奥の扉を開けると、すぐに“彼”を見つけられた。

 右手壁際のベッドの上。頭をドアの方向に向けて、苦しそうに眠っている。

 

 途端、浮かれ気分は吹き飛んだ。

 左手の仕事机に荷物を置き、“彼”の傍へ。

 額に手を置いてみると、明らかに熱があると分かった。

 こんな状態で一人で居ては、治るものも治らなかったやも……。

 

 

 

「大丈夫……ですか……?」

 

 

 

 恐る恐る、呼びかける。

 ややあってから、うっすらと瞼が開く。

 スティルの姿を確かめると、驚いているように見えた。

 声は……出せないらしい。

 

 

 

「アルヴさんに頼まれたんです。私は行けないから……と」

 

 

 

 事情を簡潔に説明し、スティルは立ち上がった。

 何故だか、やる気がみなぎっていた。

 確実に、完璧に、お世話してみせる。

 “彼”を蝕む病魔を、この手で打ち払ってみせる!

 

 

 

「食欲はありますか? もし食べられるようでしたら、お粥を用意しますので」

 

 

 

 買い物袋から、パックごはんを取り出しつつ、“彼”に確認する。

 何やら悩んでいる様子だったけれど、やがて小さく頷き返してくれた。

 

 

 

「良かった……。少し待っていて下さい。台所、お借りしますね」

 

 

 

 安心して欲しくて、スティルは大きく微笑み、あまり使われていないように見える台所へ。

 レシピは事前に確認済み。材料もバッチリ。後は失敗さえしなければ……!

 

 お気に入りのハート柄エプロンを付け、スティルの料理が始まった。

 と言っても、変なアレンジをしなければ誰でも作れるレシピなので、特に問題はない。

 パックごはんを温めずに、水を入れた鍋へ。

 沸騰するのを待つ間、薬味用の小ネギを微塵切りにし、瓶詰めの鮭フレーク、卵、味付け用の顆粒だしも用意。

 鍋が沸騰したら、後は順次材料を投入して、味見しながら顆粒だしを入れて、最後に香り付けの胡麻油を少々。

 

 ……本当なら既製品に頼らず、色々と手作りしたかったけれど、今は緊急事態。

 とにかく早さを優先して、十分も経たず完成である。

 

 

 

「さぁ、出来ましたよ」

 

 

 

 お粥を深皿に盛り付け、ベッドの傍へ舞い戻る。

 匂いに釣られたのか、“彼”のお腹が「ぐうぅ」と鳴く。

 これなら食べてもらえそうだ。

 

 

 

「起きられますか? あ、無理をなさらないで。ゆっくりで大丈夫ですから……」

 

 

 

 スティルの助けを借りて、“彼”が体を起こす。

 呼吸音は……掠れている。

 喉も痛めているようだし、もっと冷まさないと。

 

 

 

「ふー、ふー。……はい、お口を開けてくださいね」

 

 

 

 少量をスプーンに取り、何度か息を吹きかけて、口元へ。

 “彼”は目を丸くし、首を横に振った。

 ……嫌、らしい。

 ……嫌がられた。

 ………………むう。

 

 

 

「食べないと元気が出ませんよ。……アルヴさんにも、会えませんよ」

 

 

 

 にっこり微笑み、“彼”を説得する(おどす)スティル。

 担当の名前を出されては拒む事も出来ず、諦めたように口が開かれた。

 

 

 

「どうでしょう。お口に合いましたか……?」

 

 

 

 ゆっくりとお粥を飲み込み、“彼”は大きく頷いた。

 そもそもが間違いのないレシピだし、その上で空腹という最高のスパイスも加わって、きっと美味しかったに違いない。

 

 

 

「良かった………………あっ」

 

 

 

 と、そこでようやくスティルは気付いた。

 

 このスプーンは、味見したのと同じ物。

 つまり………………間接キス、してしまった。

 

 瞬間湯沸かし器のように、顔が真っ赤に染まる。

 不思議そうに首を傾げる“彼”を、スティルは慌てて誤魔化した。

 

 

 

「い、いえっ、なんでもありませんから。……はい、あーん」

 

 

 

 一度食べて抵抗感も薄れたらしく、二口目からはスムーズだった。

 瞬く間に皿は空となり、“彼”の空腹も満たされたようだ。声には出ないまでも、口が『ご馳走様』の形に動く。

 

 

 

「うふふ。お粗末様でした。次は、お薬を飲みましょうか」

 

 

 

 食事が済んだなら、今度は薬を飲まなければ。

 ベッド脇に置いてあった粉の感冒薬を、念のために、と買っておいた頓服用ゼリーで飲んでもらう。

 これで一安心……だろうか。

 胸を撫で下ろすスティルだったが、対して“彼”の目はとろんと細まって。

 

 

 

「……眠い、ですか? すぐに横になるといけませんから、その前に汗を拭きましょう」

 

 

 

 食べてすぐ寝ると牛になる、と昔の人は言ったけれど、これを現代知識で読み解くと、逆流性食道炎になるぞ……という警告になる。

 なので、眠るにしても少し時間を置いた方が良いのだが、“彼”はまた首を横に、しかも凄い勢いで振った。

 恥ずかしがっている……らしい。

 

 

 

「そんなに、恥ずかしがらないで下さい……。私だって、家族以外の男性の、裸なんて……」

 

 

 

 “彼”があまりにも恥ずかしがるものだから、スティルにも羞恥心が湧いてしまう。

 別に、見るだけなら初めてではない。夏合宿の時、無闇矢鱈と脱ぎたがる男性トレーナーが、担当ウマ娘に殴られるのを見かけた事だってあるし。

 

 ……そういえば、“あの時”も。

 そんな余裕はないはずなのに、決してスティルに触れさせようとはしなかった。

 大切に思われているという喜びと、最後の最後にしか触れさせてもらえなかったという、寂しさ。

 胸が、苦しい。

 

 

 

(……だめ。だめよ、私。今は、目の前に居る“この人”に集中しなきゃ)

 

 

 

 不意に襲ってくる、郷愁にも似たそれを、瞼の裏に閉じ込める。

 過ぎ去った過去を思い、ここにある今をないがしろにするなんて、言語道断。

 深呼吸してから目を開けると、“彼”が心配そうな顔でスティルを見ていた。

 ああ、本当に。

 病を患っている時ですら、“貴方”は。

 

 

 

「は、早く済ませましょう。上半身だけでも、きっと気分が違いますから」

 

 

 

 やや強引に押し切って、“彼”に上着を脱いでもらう。

 その間に替えの肌着、お湯とタオルを用意して、体が冷えないよう、手早く拭いていく。

 ……が、また妙な感覚を覚えた。

 

 

 

(なぜかしら……。つい最近にも、こんな事をしたような……)

 

 

 

 首筋を。背中を。腕を。胸板を。

 汗を濡れタオルで拭う度に、拭いきれない既視感を覚えるのだ。

 “間違いなく初めての行為なのに、どうして、こんな……。”

 その答えを見つけるには、時間が足りなさ過ぎた。

 何故ならもう、拭き終わってしまったから。

 

 

 

「……さぁ、終わりました。横になりましょうか」

 

 

 

 新しい肌着を着ると、“彼”の表情も幾分かスッキリして見えた。

 薬が効けば、もっと顔色も良くなるはず。

 そのままベッドに横たわり、今度こそ、“彼”は睡魔に身を任せる。

 

 

 

「ゆっくり、お休みになってください。眠られるまで、ここに居ますから」

 

 

 

 もう意識も朧げだろう“彼”に、静かな声で語りかける。

 呼吸の間隔が、ゆっくりと伸びていく。

 とても、穏やかな時間……。

 本能の滾りも忘れた、安心できる時間だった。

 

 夏合宿を境にして、スティルの中に宿る本能は、姿を消した。少なくとも、呼びかけには応えてくれない。

 いつぞやと同じように、“何か”に満足してしまったのか。それとも他に理由があるのかは、分からなかった。

 喜ばしくもあり、ほんのり寂しい、奇妙な感覚。

 

 

 

「……ス、ティル……っ……」

「っ! はい……お傍におりますよ……」

 

 

 

 懐かしい呼び方に、ハッとする。

 ……違う。喉を痛めているから、そういう形になった、だけ。

 ああ、だけど。だけど……。

 

 

 

「……あり……がとう……」

 

 

 

 無理矢理に絞り出す声が、きつく胸を締め付けた。

 それはまるで、“あの時”のようで。

 知らず、唇を噛んでしまう。

 

 

 

(痛い)

 

 

 

 だめだ。この気持ちは、閉じ込めておかなければ。

 アルヴの友人で居るために。

 あの子の先輩であるために。

 だから。だから……っ。

 

 

 

「“トレーナーさん”」

 

 

 

 口が勝手に、“彼”を呼ぶ。

 返事はなかった。

 スティルは、“彼”を起こさぬよう、ゆっくりと、静かに左手を取り……。

 

 

 

(せめて……せめて今だけは……起きないで……)

 

 

 

 薬指に、口付ける。

 何も残らないよう、誰にも気付かれないよう。

 ……私だけが、覚えていられるよう。

 何度も、何度も。縋るように、口付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 スティルを“彼”の元に送り出したアルヴは、一人、部屋で悶々としていた。

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 部屋着でベッドに座って、“彼”に貰った犬のぬいぐるみを抱きしめ、ずっとずっと、考えている。

 どうして私は、スティルさんにお見舞いを頼んだの……と。

 

 

 

「……今頃、どうしてるかしら」

 

 

 

 午後の一コマ授業は頭に入らなかった。

 自主トレーニングには身が入らなかった。

 どうしても“彼”の事が気になってしまう。

 正確には、“彼”とスティルの事が。

 

 

 

(大丈夫、よね? いくらなんでも、病人の寝込みを、なんて……)

 

 

 

 病に伏せる想い人を見舞うなんて、絶好のチャンスだ。

 学園を離れて二人きり。何も起こらないはずがない。だってアルヴなら“何か”する、いや、させるだろうし。

 だからつい、妄想してしまうのである。

 自分がしたかった事を……スティルに乗っ取られながらも。

 

 

 

『さぁ、お粥が出来ましたよ。はい、あーん♪』

 

 

 

 お粥を作り、自分では食べられない“彼”に食べさせてあげる。

 “彼”は恥ずかしがるけれど、食べないと元気が出ませんよ? と強引に。

 ついでに間接キスも狙ったり……。

 ああ、羨ましい……っ。私がするはずだったのに……!

 

 

 

『今度は体を拭き拭きしましょうね?』

『ま、待ってくれ、流石にそれは』

『駄目ですよ、抵抗しちゃ。……あぁ、凄い汗の臭い……♪』

 

 

 

 今度は、寝汗をかいているだろう“彼”の体を、濡れタオルで拭く。

 あああぁ、脱がせた服に顔を埋めて深呼吸だなんて、なんてはしたない! 私と替わりなさい!

 

 

 

『寒い、ですか……? では、温かく致しましょう。人肌で……♪』

『だ、ダメだ! 俺にはアルヴが……!』

『うふふふふ……。大丈夫、天井のシミを数えていれば、すぐ終わりますよ……』

『いやもうそれ別の事する気満々──アーッ!』

 

 

 

 そして、脱がしたついでに自分も脱いで、シーツの中に潜り込み、くんずほぐれず、うまうまぴょいぴょい。

 だってほら、生存本能が高まっている時は凄いって聞くし、疲れうまだっちという言葉も……。

 

 

 

(……って、なんて想像してるの私! 相手はスティルさんなのよ、そんなこと絶対……絶対……っ)

 

 

 

 と、本人に知られたら激おこ待った無しな妄想をしまくった所で、アルヴはやっと正気に戻った。

 ぬいぐるみに顔を埋め、ベッドに倒れ込む。

 絶対に、あり得ない。あり得ないと信じたい。

 けれど、ようやく結びついた乙女心が、許してくれない。

 もどかしくて、羨ましくて、悶々としてしまうのである。

 

 

 

「ううう……っ。早く、元気になって……」

 

 

 

 本物の犬だったら窒息死しそうなほど、ぬいぐるみを強く抱いて、アルヴは一人、“彼”を思う。

 そしてまた、“彼”との時間を妄想し始めてしまうのだ。

 乙女心は、まだまだ止まらない。

 

 







 アルヴさんは思春期真っ只中。
 放っといたらソロぴょいしそうなアルヴさんと、ヒロインポジを喰いに来てるスティルさんを見ているとtntnがirirするので続きます。

 次回、決着。

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