怪談廿物語 作:tagari
昔、バイト先のコンビニで一緒に働いていたおっちゃんの話なんだけど。歳は五十過ぎくらい。スキンヘッドでガタイは結構いい。ただ、いつもニコニコしていたので話してみるとそれほど怖くはなかった。
最初会った時はこんな強面の男がよく接客業で雇ってもらえたなと失礼なことを思ったが、厄介な客が来ることもあるコンビニでは頼りになることも多かった。
見た目に反して気さくな性格をしていて話しやすく、むしろ接客は俺よりも丁寧だった。最初は名字にさん付けで呼んでいたのだが、そのうち馴れ馴れしくおっちゃんと呼ぶようになった。
おっちゃんはこの辺りの地理に詳しかった。大学進学を機に引っ越してきていた俺は色々と穴場スポットを教えてもらった。隠れ家的な飯屋などよく知っていた。
結婚していたが独り身になったと言っていた。息子が二人いて、そのうちの一人は俺と年も近いそうだ。もう長いこと会っていないらしい。
色々と話していると、言葉の端々に教養を感じることがあった。以前はしっかりした職に就いていたのだろうか。この歳でコンビニで働いているくらいだから何かしら事情はあるのだろう。あまり踏み入ったことを詮索するつもりもなかった。
ある時、友人らと心霊スポットに肝試しに行こうという話が持ち上がった。ネットで検索してみたのだが、近場にちょうど良さそうな場所がない。俺はおっちゃんなら何か知っているかもしれないと思って聞いてみることにした。
その話をすると、おっちゃんはブルドックのように顔を左右に振って怖がっていた。ヤクザみたいな見た目をしていながらホラー系はダメらしい。めちゃくちゃ笑った。
それから、お化けが出る以前に、そういう場所は浮浪者や不良なども集まっていることがあるのでトラブルが起きやすいだとか、廃墟等の管理が行き届いていない場所に立ち入ると危ないだとか、至極真っ当な説得をされた。
その場はおっちゃんの言葉に従ったのだが、友人の一人が既に肝試しの計画を進めていたらしく、結局行くことになった。
バブル時代に作られたコテージが森の中に何棟か建てられている場所があって、今では打ち捨てられて廃墟になっているようだった。ちょっと遠出することになったが電車を乗り継いで友人数名と共に観光がてら見に行った。
帰りの電車にスケジュールを合わせていたため、現地には昼間に訪れた。それでも雰囲気があって怖かったが、特に何か心霊現象が起きるということもなかった。しかしその日の深夜、帰宅して寝ていると「パチッ」と何かを叩いたような音がして目が覚める。
気のせいかと思ってまた寝ようとすると、同じ異音がした。いつもなら気にも留めなかったかもしれないが、その時は肝試しをした直後ということもあってちょっと怖くなった。電気をつけて映画を見て時間を潰した。気がつくといつの間にか寝落ちしていたようで、朝になっていた。
次の日、コンビニでおっちゃんにこのことを話そうと思っていた。ホラーが苦手そうだったし、きっと怖がるだろうなぁと軽い気持ちだった。
いつものようにバイトが始まったのだが、その日のおっちゃんは何だか余所余所しい感じがした。表情も硬い。何だか理由はわからないが責められているような気がした。おっちゃんにそんな気はなかったのだろうが、元の顔が怖いもんだから。
そんな調子が続いたものだからこっちも耐えられなくなって、客足がなくなった時にどうかしたのかと尋ねてみた。すると、おっちゃんは「肝試しに行ったのか」と俺に聞いてきた。
まるで確信を持っているかのような物言いに動揺した。何でわかったのかと聞いてみると、「連れてきてるぞ」と言われて俺はさらに動揺した。
おっちゃんは“見える人”だった。俺は急に怖くなって昨日のことを話した。おっちゃんは怒っていなかったが、これに懲りたら二度と怪しい場所には近づくなと忠告された。
幸いにもそれほど悪い霊ではないらしく、放っておいてもそのうちいなくなるだろうと言われた。それから素人にもできる除霊の仕方を教えてもらった。
心配なら寺か神社でお祓いしてもらった方がいいとも言われたが、縁もゆかりもない寺などを頼るより、おっちゃんの言うことの方が信用できたので教えてもらった除霊法を試すことにした(金もなかったし)。
まず大きなバケツ(水漏れしない入れ物なら何でもいい)と緑茶の茶葉を用意する。茶葉を右手で一掴み取ってバケツに入れ、そこにいっぱいの熱湯を入れる。それからバケツを部屋の真ん中において、その前で手を合わせて、自分の先祖を祀っている宗派の一番大事な一節を唱え続ける。
親に確認してみたところ、我が家は真言宗という宗派に属していて『南無大師遍照金剛』という言葉が該当するようだった。霊の成仏を願ってその一節を、バケツから湯気が出なくなるまでひたすら唱え続ける。
この一連の作法を毎日一回、七日間続ける。絶対に途中でやめるなと言われた。俺は言われた通りにした。
初めは簡単だと思っていたが、毎回大量のお湯を沸かすのは結構な手間だったし、その後の念仏はもっと大変だった。湯気が出なくなるまでと言われたが、これが薄っすらといつまでも出続けるのである。どの程度まで妥協していいのかわからず、結局バケツ一杯のお湯が冷めきるまで唱え続けることになった。
それでもしっかりと七日間やりきれた。夜になると例のラップ音が鳴り続けていたからだ。部屋の中からだとは思うのだが、どこからともなく謎の音がする。すがるような思いで毎日念仏を唱えていた。
一度だけだが、深夜の二時頃にインターホンが鳴ったこともあった。ドアまで確認しに行くことなんてとてもできない。その時ばかりはただの思い違いでは済まされず、震え上がって眠ることもできなかった。
そんなこともあったが一週間かけて除霊を終えるとラップ音はしなくなった。おっちゃんには何度もお礼を言った。しかし、気になるのはおっちゃんの素性である。この人は何者なのか。
頭を剃っているし、もしかして前職は坊主でもやっていたのではないかと冗談交じりに聞いてみると、意外な答えが返ってきた。以前は警察官だったそうだ。
言われてみればしっくり来た。確かに警官をやっていてもおかしくない風格がある。だが、警察官なら公務員だし給料も良かっただろうになぜ辞めてしまったのかと疑問に思った。おっちゃんは少し言い淀んでいたが、訥々と話してくれた。
おっちゃんは何十年と勤め上げたベテランの警官だった。それが唐突に辞めることになった理由は、法や社会のルールを越えたところにある“闇”に触れてしまったからだと言う。
ある日、おっちゃんは新人の警官と二人でパトロールをしていた。そこで不審な人物を発見する。身なりはみすぼらしく、顔を隠すようにキャップを深くかぶっていた。釣竿を入れるロッドケースを持ち歩いていたので、一見して釣り人のようにも見えた。
ただ、挙動にどことなく不審さを感じたため、念のため職務質問することにした。話しかけると露骨に嫌そうな顔をされ、忙しいから応じる時間は取れないと言う。
ここが法律の難しいところで警察の職務質問は建前上、任意に基づいて行われる。本人が断ればそこで終わり。ということになってはいるのだが、現実は違う。
明らかな不審者を調べることもできず野放しにしてしまうわけにもいかない。事実上、ある程度の強制的な介入は認められていた。警官二人で男の行く手を遮った。
名前は教えてもらえたが、身分証などは持っていないと言われた。これから釣りに行くのか、どこに行くのかと尋ねると、男はどこそこの海岸だと答えるのだが、おっちゃんはその応答から釣りを目的としていないことを早々に見抜いていた。
まず、怪しいのがロッドケースである。中身を見せてくれないかと頼んだが、男は理由もなくこれを拒否した。とにかく、早く行かないと魚が逃げると意味不明の言い訳をして立ち去ろうとする。
危険物を隠し持っている可能性もあったため、そのまま行かせるわけにはいかなかった。任意とは名ばかりの強制捜査だ。従ってもらえない場合は応援を要請することになると伝えると、男の表情が変わった。
嫌悪を通り越して怒り心頭といった有様で歯を剥きだしにした。その前歯は何本か抜けていてガタガタだった。これは長丁場になるかもしれないと覚悟していると、予想に反してロッドケースをこちらに渡してきた。
だったら開けてみろと言って、男は両手で自分の目を覆った。うつむいて何やらぶつぶつと呟いているが、聞き取れない。怪しみながらも、とにかくケースの中身を確認してみることになった。
新人の警官がケースに手をかけた。それが一つの大きな分岐点だった。ファスナーを開けると、中から竿ではない何かが出てくる。
傘だ。それもかなり古い番傘だった。張られた和紙は褐色に褪せている。新人警官がそれを取り出して拡げてみると、中からシャラシャラと小さな木の板が出て来た。
どうやら名札らしい。草書体で書かれていて読みにくいが、名前が書かれていた。それも昔の人らしき名前(○○衛門とか○○兵衛とか)である。その名札が傘の内側の骨に糸で十枚ほど括りつけられている。
傘の和紙には継ぎはぎするかのように何か文字が書かれた紙がべたべたと貼り付いていた。後で調べてわかったことだが、古い和歌が書かれた紙が何枚も貼ってあるようだった。
危険物ではなさそうだが、これは一体何なのか。問いただそうとしたところ、男はうつむいていた顔を上げた。さっきまでの怒り顔が嘘のように、すきっ歯をのぞかせて笑っていたそうだ。
『余計なことに首を突っ込むから』
そう言って男は声高に笑っていた。おっちゃんも相棒の警官もポカンとして顔を見合わせたそうだ。男はそのまま傘を残して立ち去ろうとする。
傘はいらないのかと尋ねると、もうそれの価値はなくなってしまったから必要ないという。お前たちのせいでガラクタになってしまった、大損だと。
不用品を押し付けられても困るのだが、男はさっさと帰ってしまった。いくら怪しい人物だからと言って、職務質問で個人の行動を無限に制限はできず、ここらが潮時かとおっちゃんは見逃すことにしたらしい。
一応は警察の要請に応じてくれたわけだし、何か犯罪が起きているわけでもない。ちょっと頭のネジが飛んでいる男に出会ってしまっただけ。その時はそう思った。
それから一週間後、新人警官は自殺した。車を一人で運転している最中、ブレーキを一切踏まずに崖から飛び降りた。即死だったようだ。
その若い警官はおっちゃんに何度も相談していたという。自分はあの傘に呪われてしまったと。
おっちゃんはまさかそんな呪いなんて与太話があるはずないと取り合わなかったのだが、自殺の話を聞いて青ざめた。後輩がどれだけ深く悩んでいたか知った時にはもう手遅れだった。
遺族からは原因の調査が求められた。職場で何か心理的に追い詰められるようなことがあったのではないか。まさしくその通りではあるのだが、呪いが原因だなんて言えるはずもない。
結局、当たり障りのないのらりくらりとした回答で遺族の追及をやり過ごすしかなかったわけだが、しばらくするうちに風向きがまた変わってきた。
遺族のうち数人に事故死や不審死を遂げる者が現れたのだ。呪いの話は本当なのかと警察署内でも密かに噂されるようになった。
そして、その塁はおっちゃん自身にも及ぶことになる。それまで霊感とは一切関りのない人生を送ってきたおっちゃんは、この頃から霊が見えるようになったそうだ。
呪いの具体的な内容については話してくれなかった。話す気も起きないくらい辛い思いをしたのだろう。おっちゃんはまともに生活することもままならなくなって仕事を辞めた。
例の傘については、規則上すぐに廃棄するわけにはいかず、しばらくは警察署で保管されていたようだ。おっちゃんはどうにかそれを専門家に見せて呪いの原因を調べてもらおうとしたらしい。わかったことは次の通りだ。
・その傘の持ち主はおそらく『拝み屋』の類であること
・強力な呪物ではあるが一回限りの効力しかなく、現在は何の力もない傘でしかないこと
・非常に特殊な呪物であり、ルーツが不明で呪いの解除が困難であること
・呪いの効力は本人の親族にも及ぶこと
・呪われた本命は新人警官であるが、その傍にいたおっちゃんにも余波が及んでいること
ただの余波だからこそ、おっちゃんは命までは落とさずに済んだが、今でも呪いは続いているらしい。だいぶ抑え込むことができているようだが完全には消し切れず、家族とも縁を切ったそうだ。そうせざるを得なかった。
自分の人生は何だったのかと思う時があるという。いつもニコニコと明るいおっちゃんがこんな苦しみを抱えていたとは思わなかった。
だから言ってあげた。おっちゃんの人生が何なのか俺にはさっぱりわからないけど、俺はおっちゃんに会えてよかったよ。
俺が体験した部屋のラップ音なんておっちゃんの苦しみに比べれば屁でもないことだろうけど、それでも俺にしてみれば本当に怖いことで、おっちゃんのくれたアドバイスは俺の救いになった。
人は何かしらの苦しみを抱えながら生きていくものなのだと思う。おっちゃんの場合はちょっと特殊だが、例えば命に関わる重病とか、大切な人の死とか、誰にでも起きうる不幸はある。それはそれとして、目をそらしながら生きて行かなくちゃならない。
おっちゃんの苦しみを和らげる方法は知らないが、俺にできることと言えば感謝を伝えるくらいのものだ。人生の意味なんてあろうがなかろうが、別に居ていいはずだ。俺はおっちゃんが居てくれてよかったと思っている。
俺の感謝がどの程度役に立ったかわからないが、おっちゃんは「そうかなぁ」と言っていつもの笑顔に戻っていた。