怪談廿物語 作:tagari
もうかなり昔の話だが。俺が工務店に就職してしばらく経った頃、中古車を買った。それほど大きくはないが仕事道具を積めるサイズのミニバンだった。
中古車にしては綺麗で乗り心地も良く、値段も思ったより安かった。特に車好きというわけでもないのでこだわりはなかったのだが、一つだけ違和感のある場所があった。オーディオ機器である。
全体的なデザインの一体感がないような気がした。後から別の機器に入れ替えられたのだろうか。ラジオとカセットテープを再生できるカーオーディオだった。
しかし、不満はなかった。運転中、暇な時はラジオを聴いたり好きな曲のテープを流していた。そんなある日、妙なことがあった。
その日は深夜近くまで仕事があって疲れていた。いつものように曲を流しながら運転していると、突然、音が止まって車内がしんと静まった。
ハンドルを握りながら横目で確認すると、カセットテープが取り出し口から外に出ている。
なんだこれはと疑問に思ったが、テープを突っ込んでみるとちゃんと曲が流れ始めた。一時的な不具合だろうと思って、その時は気にせず帰宅した。
しかし、そんなことが再び起きた。またしても残業後の深夜、帰宅中のことだった。そう言えばこの前も同じような時間に不具合が起きたなと思い出し、腕時計を確認してみると22時53分を指していた。
そしてそれからしばらくして、深夜に車を運転する機会があった。俺は例の怪現象が起きるのではないかと身構えていた。
これが幽霊とかその類の仕業であるという確信があったわけではない。どちらかと言えばまだ機械の調子が悪いだけと思う気持ちが強かった。とにかく、確かめてみればはっきりすることだ。俺は23時が近づいてきたことを確認すると、車を適当な場所に駐車した。
アイドリングしながらテープの曲を再生する。意識は腕時計の針に集中していた。あの時間がやってくる。
22時53分。唐突に曲が止まった。取り出しボタンも押していないのにテープが勝手に出てきた。
これはどういう原理で起きている現象なのか。正直なところ、恐怖よりも疑問の方が大きかった。検証のため、もう一度テープを中に押し込んでみる。
すると、いつもとは違う反応が起きた。曲が再生されない。何らかの小さな音は聞こえたのだが、エンジン音の方が大きいため聞き取れない。
つまみを回して音量を上げるとキュルキュルという音が車内に響いた。今の時代にカセットテープなんてなじみのない人の方が多いだろうが、このノイズはよくある音だ。早送りなどの操作によってテープが機械の中で巻かれたり伸ばされたりする時に出る音だった。
ただ、俺はそういった操作はしていなかった。再生されるはずのテープはノイズを発し続けている。何かおかしい。俺は車のエンジンを止めた。
エンジンを完全に止めればカーオーディオの電源も落ちるはずだ。しかし、音は止まらなかった。ようやくこれがオーディオから発せられている音ではないことに気づく。
理解が追い付いた瞬間、急いで車外へ飛び出した。恐ろしくなって、明りのある近くの店に退避した。それからしばらく時間を潰したが、車を放置しておくわけにもいかず、結局自宅まで乗って帰った。
後日、中古車の販売元のディーラーに連絡して、オーディオのデッキを別の物に交換してくれるように頼んだ。詳しく説明はせず、調子が悪いから替えてくれとだけ言って。デッキを入れ替えただけで解決するのか不安はあったが、さすがに車自体を買い替える余裕はない。
しかし、その時のディーラーの対応がやけにスムーズだったことが気にかかった。考えすぎかもしれないが、まるでこうなることがわかっていたかのようだった。その不安は的中する。
交換した後のオーディオデッキもやはりおかしかった。いつもは普通に使えるが、深夜のあの時間になるとたまに不調をきたす。ラジオが勝手についたり、音にノイズが入ったりすることがあった。
結局、ディーラーに苦情を入れてオーディオレス仕様にしてもらった。デッキを取り外して、ようやく異変は収まった。取り外しにかかる費用等は払わなくていいと言われた。
ここから先の見解は俺の憶測でしかないが、あの車は『事故物件』ならぬ『事故車両』だったのではないだろうか。
あの日の夜聞いた『キュルキュル』という音は、思い返せばテープの巻き戻し音ではなかった気がする。もっと激しく何かが摩擦するかのような、タイヤのスキール音のようだった。急ブレーキを踏んだ時などにタイヤが空滑りして鳴る甲高い音だ。
事故、急ブレーキ、22時53分。
真相はわからない。