怪談廿物語   作:tagari

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伽藍様

 

 大学の友達の集まりに呼ばれて、川沿いのキャンプ地に遊びに行ったことがあった。その日はバーベキューをして盛り上がり、夕方になったところで解散した。俺は友達の車に乗せてもらって帰ることになった。

 

 車を出せる奴が何人かいて、参加者やバーベキューの荷物を分担して運んでいた。帰りの車には、俺と運転手のKと、女子二名の計四人が乗っていた。

 

 食事会の解散後もテンションをそのままに、車内の雰囲気はあがっていた。このまま自宅まで真っすぐ帰るのはもったいない、どこかへ寄って遊ばないかという話になった。

 

 カラオケにでも行こうかと言ったり、でもカラオケなんていつでも行けるしなぁと話していると、後部座席に座っていた女の子の一人が窓の外の光景に興味を示しているようだった。

 

 車は川沿いの道路を走っていた。それなりに川幅のある河川で、今走っている道路の対岸近くにせり出した場所が見えた。どうやら小さな洲があるらしい。

 

 よく見ると、石垣が高く積まれて護岸されていた。工業的なコンクリートのブロックではなく、古く苔むした自然の石だ。職人があの場所まで運んで手作業で積んだとすれば大変な手間だっただろう。石垣の上の地面は木が生い茂っていた。

 

 ある種の史跡のような趣を感じた。言われてみれば何だか面白そうな場所だった。ちょうど夕日が沈む頃合いで、その場所からなら夕焼けを眺めるにも抜群のロケーションに思えた。

 

 行ってみようという話になった。今いる場所から直接川洲へ行く道はなかったので、その場を一旦通り過ぎて向こう岸に渡る橋を通って引き返してきた。すると、重機やらトラックやらが停まっている建設会社の私有地らしき場所にたどり着いた。

 

 そのあたりを往復して探してみたのだが、どうも川洲へと続く道は公道とつながっていないようだった。私有地に勝手に入るわけにはいかないと俺は思ったが、Kは諦めるつもりはないようだった。

 

 大きな倉庫や建設機器などが置いてある敷地はあるが、電気もついておらず誰か人がいる気配はなかった。敷地の外をこっそり通って中洲の方へ行けばバレないだろうと言っていた。

 

 確かに外周の隅にひっそりと奥へ続く道があった。人ひとりが歩ける程度の、石畳が敷かれた小道だ。工事現場などでよく見かける、赤いコーンと交通規制のポールが置かれて入口は塞がれていた。はっきり『立入禁止』と書かれている。

 

 明らかに入るのはよろしくない。だが、入れないとわかるとその先にあるものが気になってくる。まさしくKはその心理だったのだろう。せっかくここまで来て引き下がれない様子だった。

 

 Kがちょっとだけ入って確認してくるから、大丈夫そうなら皆で行こうと言い始めた。他の者は最初止めたものの、結局行かせることになった。この時はまだ面白がる気持ちの方が強かったからだ。

 

 女子の前で良い格好をしたいという気持ちもあったのだろう。俺もここでビビッて逃げるのはダサいような気がしていた。Kが様子を見に行っている間、川洲には何があるのだろうかと予想して時間を潰した。

 

 五分が経ち、十分が経ち、いつまで待ってもKは帰って来なかった。

 

 どこまで見に行っているのだろうか。あまりにも帰りが遅い。まさかここの関係者と出くわして一悶着あったのではないかという心配も湧いて、俺が様子を見て来ることになった。

 

 このままでは日が沈んで暗くなってしまう。もう物見遊山という気分でもなくなって、帰ることを第一に考え始めた。女子二人を車に戻して、俺は小道に入った。

 

 夕焼けの赤い光が木々の間から差し込む道を歩く。一本道で迷うこともない。しばらく進むと、道の両側に立てられた木の杭が見えた。

 

 背の高さほどの杭が道を挟むようにして等間隔に並んでいる。近くで見ると、先端に黒い何かが括りつけられていた。焼け焦げた植物の枝のようなものだった。

 

 その焼かれた枝が全ての杭に針金で括りつけられている。何の目的でそんなものが設置されているのか意図が分からず、背筋が寒くなった。とにかくKを見つけてここから立ち去らなければならないと感じた。

 

 道を進み、木立を抜けると川が見えた。フェンスが張られた川岸は水位よりもかなり高く、水面は眼下にある。

 

 一か所だけフェンスの先に進める場所があった。川洲へと架けられた橋だ。古いコンクリートの小さな橋で、危なっかしく思えるほど道幅は狭かった。欄干は錆びて朽ちそうになっていた。

 

 その橋の入口にも両脇に木の杭が固定されていて、先端にはやはり焦げた枝が括られていた。沈みゆく夕日に照らされた川は赤暗く染まり、現実とは異なる場所に迷い込んでしまったかのように錯覚しそうだった。

 

 Kの姿は見当たらない。まさかこの先に進んでしまったのか。行きたくはなかったが、引き返すわけにもいかず、意を決して橋を渡った。

 

 外観からわかっていたことだが、洲は小さな島のようだった。中に踏み入ると、橋は木製の足場に切り替わってそのまま先まで続いていた。例えるなら湿原の中に作られた遊歩道だ。

 

 最初は造りかけの庭を見せられているかのように感じた。足場の下には瓦礫のようなものが所せましと転がっている。土はほとんどなく石ばかりで、雑草も生えていなかった。

 

 形が崩れていて気づくのが遅れたが、それは無数の石塔の残骸だった。五輪塔と呼ばれる形状のものである。それを直接踏まないように、足場が作られているのだとわかった。

 

 この辺りから本気で怖くなってきた俺はKの名前を叫んでいた。誰かに気づかれるかもしれないなんて考える余裕もなく、大声を出してKを探した。

 

 鬱蒼と生い茂る木々の中は薄暗く、直に視界を確保することもままならなくなるだろう。目を凝らして辺りを見回していると、視界の先にもぞもぞと動く影が映った。

 

 ぞっとしてその場に立ち尽くしてしまったが、よく見るとそれは地面に這いつくばったKだった。四つん這いになって石塔の残骸の上でもがいている。慌てて駆け寄って足場の上に引き上げた。

 

 大丈夫かと声をかけるも、はっきりと返事をしない。「ひやら」とか「ぎわら」とか、意味のわからないことを言っている。ろれつが回らない様子だった。

 

 Kの顔は引きつっていた。顔の筋肉が左右で食い違うようにひくついていた。何があったのかわからないが、ただ事ではない。体の自由がきかない様子のKを担いで来た道を引き返した。

 

 Kを肩にしがみつかせて半ば引きずるようにして歩いた。正直に言えば、Kを助けたいという気持ちよりも一刻も早くこの場から逃げたいという一心だった。Kは俺に背負われながら顔の横で、ずっと「ぎやらぎやら」と呟いていた。俺の肩はKのよだれでべとべとになった。

 

 色々なことに気を取られて動転していたのかもしれないが、帰り道の橋のところに差し掛かったところで眩暈がした。洲と対岸を繋ぐ橋の上で体がぐらりと傾き、転びそうになる。

 

 なんだか異様に橋幅が狭くなっているような錯覚がした。子どもの頃、体育の授業でやった平均台を渡っているかのようだった。橋の下の水面が近づいているように感じた。

 

 何とか橋を渡り切り、へとへとになりながら車の近くまで戻り、救急車を呼んだ。もはやそうするしかない状況だった。女の子二人はタクシーで帰して、俺はKに付き添って救急車に同乗した。

 

 それから病院に着いてKは集中治療室に運ばれ、Kの両親もそのうち駆けつけてきた。医師の話では脳梗塞の症状であると思われるが、検査したところ血栓や血管の閉塞は確認できなかったということだった。

 

 より精密に検査するためKは入院することになった。俺は深夜遅くまで病院に残り、Kの容体を心配していた。まさかとは思うが、あの場所に行ったことが原因ではないかという疑念があった。

 

 あの不気味な場所とKが脳梗塞を起こしたことに何の因果関係もないだろう。病院の関係者にもKの両親にも直接的にその話はしなかった。いなくなったKを探し出したところ倒れていたとだけ伝えた。

 

 そう思いたかっただけかもしれない。それからどうにか自宅に戻った俺は疲れ果てて眠った。そして、夢を見た。

 

 

 

 

 蝋燭が焚かれた暗い部屋の中に、俺とKがあぐらをかいて座っていた。何もない広い部屋だった。暗くて壁がどこにあるのか見えなかったが、音の響きからとても広い空間であるように感じた。

 

 俺とKの目の前に、大きな像があった。仏像だと思うのだが、蝋燭の明かりだけでは暗くてよくわからない。ここは寺のお堂なのかと思った。俺たちはそこで座禅をしているようだった。

 

 それから蝋燭の炎がじじじと揺らめいたかと思うと、いつの間にか俺たちのすぐ近くまで仏像が移動していた。恐怖を感じた俺はうつむいて目をそらした。

 

 金縛りにあったかのように体は座禅の体勢から動けない。俺の隣でどさりと音が鳴った。Kが体勢を崩したようだ。あぐらをかいたまま、骨抜きにされたように前のめりに倒れていた。

 

 そして、「はい、はい」と何度も返事を繰り返し始めた。誰に対して言っているのかわからないが、何度も力強く返事をしている。時折、起き上がろうと体をくねらせているようだった。

 

 俺は恐ろしくてたまらず、歯を食いしばって時間が過ぎるのを待つしかなかった。その間、絶対に目の前の存在を見てはならないと思って下を向いていた。目が覚めてもこの夢のことは、こびりつくように記憶に残っていた。

 

 

 

 

 ここから先は回復したKに聞いた話になる。

 

 Kの体には麻痺が残った。リハビリを経て歩けるようになったが、軽快に動くことはできなくなった。その原因が脳梗塞であるかどうかは検査をしてもはっきりとわからなかった。

 

 Kはあの日のことを俺に聞いてきた。俺もあの日、何があったのかKに聞いた。

 

 川洲へと続く小道に入ったKは、何やら儀式めいた雰囲気を感じて面白くなり、川洲のところまで行ってみることしたそうだ。ちょっと中を見て引き返すつもりだったらしい。

 

 川洲に入ると、すぐに大きな像がある場所に出た。そこには祭壇らしきものがあって、2メートルほどの仏像らしき何かが置かれていたという(俺の記憶ではそんなものはどこにもなかった)。

 

 不思議なことに、その像は背面をこちらに向けるようにして置かれていた。女性的なシルエットをしているようにも見えたという。

 

 なぜ背中を向けているのかと疑問を抱いた瞬間、Kは猛烈な悪寒を感じてすぐにその場から逃げ出した。なぜかわからないが、その像がこちらを振り返ろうとしているように感じたらしい。

 

 あまりにも慌てていたので足がつまずいて転んでしまった。その途端、体の感覚が一気に引き抜かれたかのような状態に陥り、記憶も曖昧になった。意識が戻った時は病院のベットの上だった。

 

 Kはこのことを両親に話したようだ。自分の病状があの場所にいた何かによるものだと確信しているようだった。

 

 両親は最初、半信半疑だったそうだが、Kの真剣な様子を見て最後は信じてくれたらしい。例の建設会社に事情を聞きに行ってくれたそうだ。

 

 直接訪ねて何度も謝罪し、ようやく話を聞くことができたという。専務を名乗る人物が対応してくれたそうだが、堅気ではなさそうな雰囲気の男だったとか。

 

 まず今回の被害は私有地に無断で侵入したKたちの責任よるものであり、会社側は補償等を一切するつもりはないと明言された。これ以上の話をする義理はないのだが、実害に関することについて話せる範囲で伝えると言われたそうだ。

 

 まず、あの場所は『がらん様』と呼ばれる土着の神様のようなものを祀っている場所だという。正式な名称ではないが、今はそう呼ばれているということだった。

 

 滅多に起きることではないが、もし目をつけられてしまった場合、転倒に関する禍が起きる。それは小事から大事まで様々だが、とにかく転んではならないとされている。転べば一気に障りを呼ぶという。

 

 それ以上のことは何も教えてもらえなかったそうだ。その『がらん様』の由来も何もわからない。

 

 Kはまだその存在が自分の近くにいることを感じるらしい。何もしてこないが、それはKが次に転ぶ機会を待っている。次はどんな目に遭うというのか。転んだらおしまいかもしれないとKは恐怖していた。

 

 手の施しようがないらしい。それでもKの両親は京都の寺社など、お祓いができるところがないか探しているとのことだった。

 

 最後に、Kと同行してあの場所に入った俺について。今のところ何の被害も出てはいないが、転ばないように気をつけろと専務の男が言っていたそうだ。

 

 転んだら最後、糸が切れたように一気に“来る”。俺もKと同じようになってしまうのだろうか。

 

 今もまだ、俺はあの細い橋の上を渡り続けているのかもしれない。

 

 

 

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