怪談廿物語   作:tagari

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漫画の礼

 

 漫画好きだった私は中学生の頃、中古の漫画本を買うことがあった。電子書籍よりも紙媒体の方が好きで、しかし新品にこだわりがあるわけでもなかったので、ネット通販で中古品を探していた。

 

 ある長期連載シリーズの全巻セットが欲しかったのだが、中古品といえどもそれなりに値が張るもので、なかなか手を出せずにいた。小遣いを貯めて決心がつき、ようやく購入に至った時は嬉しかった。本が届くまで待ち遠しくて仕方なかったことを覚えている。

 

 いよいよ配達の日、届いた何十冊もの本を自室の本棚に並べていく。かなり昔の作品だったので本の状態は相応にくたびれていたが、読めれば問題ない。さっそく1巻を手に取って読み始めた。

 

 すると、表紙をめくった最初のページに紙切れが挟まっていることに気づいた。メモ用紙だ。検品の時に見過ごされたのだろうか、前の持ち主が残したもののようだった。何が書かれていたのかと言うと。

 

『いつもマンガかしてくれてありがとう! 今度おかしもっていくね』

 

 ポップなメモ用紙に子どもらしい筆跡でそう書かれていた。何となく前の持ち主の人間関係が垣間見えたような気がした。微笑ましかったので、そのメモは捨てずに元の場所に挟んでおいた。

 

 その日は1巻を読み終えたところで止めにした。せっかくの楽しみを一気に消費してしまってはもったいない。読むのは1日1冊までと決めていた。本当はすぐに2巻を読みたかったが我慢した。

 

 次の日の朝のことである。母が昨日の夜、物音がしなかったかと聞いてきた。何の話か分からなかった私は母に詳しく話を聞いた。

 

 深夜の三時くらいに目が覚めた母がトイレに向かっていると、玄関の方から物音がしたそうだ。かりかりと爪でひっかくような音だったらしい。

 

 野良猫でもいるのだろうかと最初は無視してトイレに行ったそうだが、用を足して寝室に戻ろうという時になってもまだ音が鳴っている。

 

 その音も何か妙で、「かり、かり」と非常にゆっくり断続的に鳴っていた。玄関のところまで行って灯りをつけると鳴りやんだという。鍵を開けて外を確かめてみても異常はない。

 

 やはり猫がいたのだろうと思っていると、玄関を出たところに何か落ちていることに気づいた。黒い二つの塊だった。母はそれを見て、とっさに「おはぎ」だと思ったらしい。

 

 でも、なんでおはぎがそんなところに置かれているのか。さっきまで猫がいたようだし、もしかしたら汚いものかもしれないと思い直した。実際、暗かったのでそれが何なのかはっきりとはわからず、またよく確認したいとも思わなかったようだ。

 

 眠かったので、明日の朝に片付けようと思ってその場は放置したらしい。そして今朝、玄関の外を見て回ったところ、何も落ちていなかったそうだ。

 

 この辺りには野良猫がいるし、そういうことがあるかもしれないと言ってしまえばそれまでだが、母は何か違和感を持っているようだった。とにかく私は心当たりもなかったので何とも言えず、朝食を済ませて学校に行った。

 

 しかし、よく考えてみれば全く思い当たることがないわけでもない。あの漫画のメモのことを思い出した。まさか、幽霊じみた存在が“お菓子を持ってお礼に来た”とでも言うのか。中古本を手にしただけの見ず知らずに我が家に。

 

 バカバカしいと思いつつも、その可能性を否定できなかった。もしそうだとしたら少し可哀そうだ。あの本を貸してもらった子は、もうこの世にいないのかもしれない。それでも生前のつながりを頼りにお礼をしようとしているのだとすれば健気である。

 

 私は下校時に目についた綺麗な野花を一輪持ち帰り、牛乳瓶に差して玄関口に供えた。こんなことは生きている人間が自分を慰めるためのエゴでしかなく、勝手に頭の中で悲劇の妄想を膨らませているだけだろうと思いつつも、行動していた。

 

 母からは「やめてよ気持ち悪い」と言われたが、まあまあいいからとなだめてしばらく花を置かせてもらった。

 

 それから何日か経って、いつものように一日一冊ずつ漫画を読み進めていた私は、ふとあのメモのことが気になった。漫画が届いた日に一瞥しただけで、どんな文面が書いてあったのかも忘れかけていた。

 

 1巻を取り出して表紙をめくる。そこに挟まれた小さなメモ用紙は、記憶にあるものよりも古ぼけているような気がした。

 

 

『いつもマンガかしてくれてありがとう! 今度おかしもっていくね』

 

 

 確かにそう書かれている。だが、やけに紙がぼこぼこしている。まるでノートに裏写りした鉛筆の跡のようだった。何か裏面に書かれていただろうかと思って紙を裏返すと。

 

 

『ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう』

 

 

 びっしりとその言葉が刻まれていた。私は怖くなってメモを捨てた。

 

 私が気づかなかっただけで最初からこれは書かれていた文字だったのだろうか。だとしても、これを書いた人間の精神状態は普通と思えないが、“後から書き足された”と考えるより何倍もいい。少なくとも私はそう思い込むことした。

 

 この一件以来、私は中古の本に手を出さないようにしている。

 

 

 

 

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