怪談廿物語 作:tagari
夫と二人でハイキングに行った時の話です。急に山へ行こうと夫が言い出して、ツツジの花が見られることで有名な隣県のとある山へ行く計画を立てました。
私も夫も普段はアウトドアな趣味を持たないのですが、定年退職を経て家にいることが多くなった夫は何か新しいことに挑戦したい気持ちがあったようです。私も楽しみにしていました。
車で現地へ向かい、麓の駐車場に停めて徒歩で入山しました。それほど高い山ではなく、初心者にも歩きやすいコースが用意されていたので初めのうちは景色を眺めながら登山を楽しんでいました。
しかし素人の不慣れな散策のせいか、いつの間にか整備された道を外れ、あまり使われていないような山道に入ってしまいました。
ついに道もなくなって背の高い草の生えた野原に出たところで引き返すことにしました。それほど深入りしていたわけではないので迷ったというほどのことではありません。この時、すぐに引き返していれば何事もなくハイキングを楽しんで終わったことでしょう。
夫が野原の方をじっと見つめていました。何かあったのかと尋ねると、鳥がいると言っていました。
枯れ草の色に紛れてわかりにくかったのですが、確かにいました。茶色い鳥が草の中をひょこひょこと歩いていました。それは右へ左へと移動しながら、少しずつこちらへ近づいてきているようでした。
夫はそれを見て、キジだと言いました。野鳥などあまり見たことがないものですから珍しくて、二人でその様子を観察しました。
それにしても人慣れしているのか、逃げ出す気配がありません。むしろ、じりじりと近づいてくるのです。登山者から餌をもらったことでもあったのでしょうか。もう少し近くで見られるかもしれないと言って、夫はキジの方へと進み出ました。
その時、キジがピーピーと甲高い声で鳴きました。それから夫がこちらへ戻ってきました。その顔は“やってしまった”とでも言いたげな、暗い表情をしていました。
どうやら草むらの中に巣があったらしく、気づかずにそれを踏み壊してしまったそうです。中に卵が何個かあって、それも潰してしまったと。
野生の鳥が自分から人間に近づいてくるなんて、よほどのことです。好意的な行動ではありませんでした。巣に近づこうとする敵に対する精一杯の抵抗であり、我が身を危険にさらしてでも卵を守ろうとしていたのでしょう。
私たちはしきりに手を合わせてごめんと謝りながらその場を離れました。それから来た道を戻って元の登山コースまで帰ってきたのですが、夫はずっと落ち込んでいるようでした。
卵を踏みつぶした感触が忘れられないと言っていました。殻とはまた異なる固形物を踏んだ感触があって、草の中を確認すると、生まれかけの雛のような物体があったと言います。
確かに悪いことをしてしまいましたが、気づかなかったのだから仕方ないと慰めました。それでも夫の気は晴れず、仕舞いには何か祟りでもあるかもしれないと言い始めました。
そんな馬鹿な話があるかと否定したのですが、猟師だって狐は獲らない、だったらキジに呪われることもあるかもしれないと本気で心配しているようでした。
そんなことを言い始めたら切りがないでしょう。例えば、道路に飛び出してきた動物を誤って轢いてしまったドライバーは全員呪われてしまうのか。そんなわけがない。気にしすぎだと私は笑い飛ばしました。
それから見頃を迎えたツツジの景色を見て回り、帰る頃には夫の気持ちも落ち着いているように見えました。その日は無事に帰宅しました。
問題が起きたことを知ったのは、それから数日後のことです。息子から電話があり、交通事故に遭ったという話を聞かされました。
運転中だった息子の車と、中央線をはみ出してきた対向車が正面衝突したとのことで、車は大破。息子は何か所も骨折する大怪我をしましたが、奇跡的に命に関わる怪我はありませんでした。圧し潰されて死んでいてもおかしくなかったと言っていました。
原因は対向車の飲酒運転だったようです。ただ、その運転手が言うには事故が起きる直前、車の前方にいきなり影が現れたとか。鳥のようなものが飛び込んできて、慌ててハンドルを切ったそうです。その話を聞いて私も夫も青くなり、すぐにお祓いと供養をすることにしました。
『焼野の雉子夜の鶴』ということわざもあります。母が我が子を思う気持ちとは、人や動物に関係なく強く働くものなのかもしれません。