怪談廿物語   作:tagari

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無人販売所

 

 大学時代、バイクで遠征に出かけていた時のことだった。色々と寄り道してしまったためか予定より時間が押して、夜間に峠道を走ることになった。

 

 そこまで遅い時間帯ではなかったのだが、ほとんど他の車と出会わないくらい道は空いていた。峠の頂上付近を通りかかると、バス停のような小さな建物が道の端に見えた。その横を通り過ぎようとした時、近くに置かれていた看板の文字が目に入った。

 

 『見ています』

 

 大きな文字で、そう書かれた看板だった。

 

 一度は通り過ぎたものの、ぎょっとしてバイクの速度を落とし、気になって看板のところまで戻ってみた。バス停かと思ったその場所は、よく見ると無人販売所のようだった。

 

 田舎によくある、野菜などを売っている無人販売所だ。手作り感あふれる佇まいの外装が、ぼんやりとした電灯に照らされている。ただ、先ほど見た看板は見間違いではなかった。確かに『見ています』と、それだけ書かれた看板がかけられている。

 

 察するに、監視していると言いたいのだろう。『見ています。だから悪さはするなよ』という警告と思われた。過去に商品を持ち逃げされたことでもあったのだろうか。無人販売の窃盗被害はセキュリティがしっかりした店舗でさえあることなので、想像するに難くなかった。

 

 とは言え、何か異質な雰囲気だ。周囲に監視カメラらしきものは見当たらなかったのだが、商品棚の上方にぬいぐるみがぶら下げられていた。クマか何かよくわからないキャラクターの、古びたぬいぐるみだ。観察すると、コードのようなものにつながれている。

 

 これがカメラなのだろうか。電源につがっているのかどうかも怪しいシロモノだった。フェイクにしたってもう少し出来の良いカメラの模造品があるだろう。素人の苦肉の策のようにしか見えず、ちょっと面白かった。

 

 なんだか独特の感性があって、これはこれでいい気がしてきた。一見して不気味な看板も客寄せになっているのかもしれない。自分が良い例だ。

 

 外観を観察し終えたところで商品の方も見てみた。しかし、見るべきものは一つだけ。他の商品は売り切れてしまったのか、最初からそれしか置いてなかったのか知らないが、棚の中には紙袋が一つ置かれているだけだった。

 

 試しに手に取って、その茶色い紙袋を開けてみた。中には大粒の巨峰が入っていた。袋には『200』と手書きの値札がテープで貼ってあって、その安さに驚いた。

 

 電灯の明かりの近くで照らしたり、においを嗅いだりして確かめてみた。おそらく果物のぶどうだと思われる。ただ、よく見る房状のぶどうではなく、粒の集まりが球状をしているように見えて気になった。

 

 これは本当に果物なのだろうか。夜まで放置された売れ残りを食べても大丈夫だろうかという疑念もあった。しかし、その時の俺は200円という安さのインパクトに惹かれていた。

 

 案外、食ってみればうまいかもしれない。仮にまずかったとしても、それはそれで話のタネになる。いずれにしても200円なら惜しくはないと思えた。

 

 買うことを決め、お金を入れる場所を探す。だが、商品棚の近くには見当たらず、しばらくその辺りを探し回った。お金を入れる箱は隠すように、商品棚の裏の離れた場所に置かれていた。

 

 赤い箱が暗がりの中にポツンとある。『オダイコチラ』と箱の表に書かれていた。それと何かのマークらしき図も描かれていた。大人と子供が手を繋いでいるようなピクトグラムだ。

 

 そこに代金を入れに行こうとした時、背後から声をかけられた。

 

 

 

「買わない方がいいよ」

 

 

 

 まさか自分以外に誰かいると思わず、うおっと声が出た。振り返ると、ポロシャツを着た中年くらいの細身の男が立っていた。びっくりさせないでくださいよと話しかけてみたのだが。

 

 

 

「あんた、見られてるよ」

 

 

 

 話が通じない。男はなぜかこちらを見ようとしなかった。視線は足元を向いている。薄暗い電灯の下、うつむいた男の顔は陰っていてほとんど表情が読み取れない。

 

 

 

「見られてるから、それは買わない方がいいよ」

 

 

 

 何を言いたいのかわからない。だんだんと怖くなってきた。こんな夜中に、この男は何の目的でこの場所にいるのか。いつからいたのか。近くに駐車場などなく、車が停まればすぐにわかる。さっきまで自分以外の誰かがいる気配はなかった。

 

 そこで気づいたのだが、この付近にある灯りは一つだけだ。商品棚の近くにある電灯。ならばなぜ、そこから遠い場所にある代金箱がはっきりと見えたのか。まるで闇の中に浮かび上がるかのようにそこだけが見えた。

 

 本当に灯りはなかったのか。確かめるため振り返ろうとしたその瞬間、後ろから子供の泣き声が聞こえた。代金箱があった方から、絶叫がする。それは子供がよくするような感情を吐露する泣き方ではなかった。もっと真に迫った、苦痛を伴う絞り出すような金切り声だった。

 

 もはやそれの正体を確かめようなどという気は微塵も起きなかった。振り返らずに逃げ出した。足がもつれて腰が抜けそうになった。何とかバイクのところまでたどり着いて走り出すと、前から吹き付ける風と体の奥底から沸き起こる寒気が一体となり、がたがたと震えが止まらなくなった。

 

 

 

 夜の山を走るなら覚悟がいる。バイク乗りにとってはよく聞く話だ。怖い体験もまた醍醐味だと以前の自分なら笑って思えただろうが、いざ我が身にふりかかってみれば二度と味わいたくない経験となった。

 

 後日、この話をバイク仲間の友人に話してみると、ひどく関心を示した。一緒に現地に行って真相を調べようと言い出した。無論、俺は断った。あの場所に行く気にはなれなかった。

 

 それでもしつこく誘ってきたので、場所だけ教えて後は勝手にしてくれと突き放した。すると、友人は本当に一人で調べに行ったらしい。俺が見た無人販売所はどこにもなかったと言っていた。

 

 なかったのだが。峠の頂上付近に、バス停はあった。スマホで撮った写真だけ見せてもらった。

 

 植物の蔓が至るところに巻き付いていて、今はもう使われていないと一目でわかるバス停の跡だった。友人はその周辺の写真をたくさん撮影していた。

 

 建物の裏側の茂みに少し入ると柵があり、その先に看板が打ち捨てられていた。おそらくバス停が機能していた時は人目につく場所に置かれていたのだろう。捨て置かれてから何年も経っているように見えた。

 

 錆びついた看板には『○○小児科15km先』と書かれている。そこにあの赤い箱に描かれていたピクトグラムがあった。その病院のロゴマークだと思われる。あの時見た図では大人と子供が並んでいたが、その看板は子供の部分だけ何度も引っかかれたような傷が刻まれているように見えた。

 

「お前、あそこに金を払いに行こうとしてたんだとしたらヤバかったぞ」

 

 友人が言うには、看板は茂みの中に埋もれるように捨てられており、その場所は崖になっていたそうだ。足を踏み外せばどこまで落ちるかわからない高さだったという。

 

 

 

 

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