怪談廿物語   作:tagari

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石の輪の木

 

 数年前、ある民家の解体工事に関わった。そこは廃墟となってかなりの年数が経つ家で、地元では“出る”と噂されていた場所だった。

 

 住宅地の中にある庭付きの一軒家だった。持ち主が不在のまま家屋の損傷が進み、倒壊の恐れもあって問題になっていた。特にシロアリの被害がひどく、六月頃になると羽アリが周辺に大量発生していたらしい。

 

 市が度重なる警告を行ったにも関わらず改善されなかったため、代執行による解体がされることになった。よほどのことがない限りこのような公権力が振りかざされることはない。

 

 普通ではなかった。しかし、市から委託を受けた解体業者の作業員でしかない俺にはあずかり知らぬ話である。

 

 現地に行って実物を見ると、納得のボロさだった。台風でも来ればいつ倒壊してもおかしくない。作業の前に念入りな解体清祓が行われた。うちの社長も噂を気にしているようだった。

 

 ここは幽霊が出るらしい。庭にある枯れ木のところに着物姿の老婆の霊が現れるという。俺は霊感なんて持っていないが、何となく嫌な感じはした。

 

 噂の枯れ木はすぐに見当がついた。庭の一角に生えたそれは、根本の周りに石が置かれていた。いくつもの握りこぶし大の石が輪を描くように、ただ置いてある。壇を作ろうとした風でもなく、何のためのものか理解できなかった。

 

 その枯れ木も倒木の恐れがあるため切り倒して片づけることになっていたのだが、進んでやりたがる者はおらず、若造だった俺が先陣を切ることになった。

 

 霊木でも何でもないただの枯れ木だ。大して気にも留めず、チェンソーを吹かせて幹に刃を入れた。その時、左手の親指に鋭い痛みが走った。

 

 痛みは一瞬のことだった。すぐにチェンソーの振動に紛れて何も感じなくなったため、無視して作業を続けた。木はシロアリに食われて中がスカスカになっていて、あっさり切り倒せた。

 

 その後、休憩時に親指の状態を確認したのだが、小さな棘らしきものが刺さっているようだった。伐採中は手袋をしていて、こんなものが刺さるような作業はしていなかったはずなので疑問に思った。

 

 どこかで手袋の中に紛れ込んだゴミが刺さったのだろう。大した痛みはなかったが、棘は皮膚の内側まで食い込んでいて簡単に取れそうにない。そのまま作業を続けてその日の仕事を終えた。

 

 帰宅後、毛抜きを使って棘を抜こうとしてみたが、うまくいかない。一見して頑張れば取れそうに見えるのだが表皮をつまむばかりで一向に棘が出て来ない。次第に指が痛くなってきて、面倒くさくなって諦めた。

 

 病院に行くほどの怪我でもないし、放っておけばそのうち自然と出て来るだろうと思って寝た。その日の夜、俺は変な夢を見た。

 

 

 

 夢の中で、俺は躍起になって親指の棘を抜こうとしていた。色んな道具をかき集めて自分で何とかしようとしていた。毛抜きだの、ピンセットだの、ドライバーだの、ペンチだの、そんなものを何に使うのかと思う道具まであった。

 

 その中で一番気になったのが、裁縫箱だ。他の道具はどこか見覚えのあるようなものばかりだったが、これだけは何度思い出しても馴染みがない。裁縫なんて学生の頃に家庭の授業でやった切りだった。

 

 しかも、漆塗りで蒔絵も施されていて見るからに高級そうな仕立てだった。実家にもこんなものは置いてなかっただろう。その裁縫箱の中からマチ針を取り出して、親指にぶすぶすと突き刺していた。

  

 とにかく意地でも棘を抜きたくて、お構いなしにほじくり出そうとしている。ただ、夢の中のことだけあって痛みはなく血も出ていなかった。そうしてようやく棘を取り出せて喜んでいたのだが、今度は別の問題が生じた。

 

 棘を取り除こうとすると、そこに白い糸のようなものがくっついている。引っ張ると指の傷口から糸が伸びて出てきた。服のほつれた糸を引っ張った時のような感じで、傷口からどんどん糸が出て来る。

 

 それを見て俺は「ムカデの神経だ」と思った。どういうことか自分でも意味はわからない。以前、ムカデを踏みつぶして殺した時に似たようなものを見た記憶があるので、なんとなく夢の中でそれがつながったのかもしれない。

 

 とにかくその神経の糸は途切れることなくズルズル出て来るので、途中でヤバイと思って裁縫箱から糸切り鋏を取り出してちょん切った。棘が抜けたことは良いが、この糸をどうしたものかと思案していると、急にその白い糸の塊が蠢き始めた。

 

 あっと叫ぶ間もなく、糸の端が右手に絡みつく。そして、親指のところから俺の体内に侵入してきた。棘の刺さっていた左手ではなく、右手の親指だ。

 

 もともと自分の体から出て来たものではあるのだが、その光景は見ていて気持ちのいいものではなかった。皮膚の内側を寄生虫が這いまわるように動いて潜り込もうとしているのがわかる。

 

 必死に阻止しようと残りの糸を掴んだが、のたうち回る糸の勢いを止めることはできなかった。結局、全部の糸が体の中に入ってきた。夢の中の俺はそれをひどく悔しがっていて、ちくしょうしまったと悪態を吐いて、また裁縫箱からマチ針を取り出そうとしていた。

 

 

 

 

 そこで目が覚めた。普段は夢の内容なんて起きた時には忘れているのだが、この時のことは鮮明に記憶に残っていた。ふと、気になって左手の親指の棘を確認した。

 

 どこにも棘が刺さっていた痕はなく、綺麗になくなっていた。しかし、俺は何となく棘がどこに行ったのか察しがついてしまった。恐る恐る、右手の親指を確認する。

 

 反対の手の親指に棘が刺さっていた。

 

 それ以降、おかしな夢を見ることもなく、右手の棘もいつの間にか抜け落ちてなくなっていた。取るに足らない話かもしれないが、それから親指の怪我にだけは特に注意して仕事をしている。

 

 

 

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