怪談廿物語 作:tagari
『虫の知らせ』なんてものが本当にあったとしたら便利だろうか。根拠はないが、何か悪いことが起きるような予感。突然、襲われるかもしれない不幸を事前に察することができたなら。
さて、私は幼い頃、その知らせを実際に感じたことがあった。
小学四年生の夏休みのことだった。その時の朝の日課と言えば、ラジオ体操と犬の散歩だった。
今はもうやっていない自治体もあるようだが、当時はどこでも当たり前のように毎年ラジオ体操が行われていた。子供の頃の素直な感想を言えば、面白いものではなかった。ただ、近所の友達と集まってその日の遊びの計画を話し合うのは好きだった。
ラジオ体操を終えて家に帰ると、飼い犬の散歩をする。ゲンタローという名前の柴犬っぽい雑種を飼っており、私は大層かわいがっていた。親に言われるでもなく自分から散歩に連れて行っていたくらいだ。
ゲンキなタローという名前に反して、おとなしく賢い犬だった。小学生の私でも難なく連れ歩けていたほどだ。
しかし、ある日のこと。いつもの散歩道を歩いているとゲンタローが急にそわそわとし始め、道から外れてどこかへ行こうとしたことがあった。リードを引くとすぐに戻ってきてくれたが、珍しいことだったので覚えている。
思えば、それが最初の違和感だった。
次の日の朝、いつものように朝食を食べてラジオ体操のため公園へ向かっていた私は、耳元でぶんぶんと鳴る不快な音を聞いた。
一匹のコバエが顔の周りを飛んでいる。手で払ってもしつこくついてくる。ただ、公園に着く頃にはいつの間にかいなくなっていた。
その時は大して気にも留めなかったのだが、次の日の朝もコバエは現れた。家を出ると、毎朝必ずまとわりついてくる。まるで待ち伏せでもされているかのようだった。
すぐにいなくなるとはいえ、良い気持ちはしない。体が臭っているのだろうかと考え、風呂で入念に洗っても、やはり翌朝、コバエはどこからか飛んでくる。
朝、最初に家を出た時だけだ。その他の時間、外に出ても何も異常はない。叩き落とそうとしても全く捕まえられず、嫌がらせのように不快な羽音を耳元で響かせていた。
そんなことが続いたある日、ゲンタローが夜中に吠え出すようになった。理由はわからない。ただ、不用意に吠えることなどこれまで一度もなかったものだから家族の皆が驚いていた。夜な夜な吠え出すことが数日続いた。
そんな時は誰かが付き添ってなだめてやるとおとなしくなるのだが、とうとう収まらなくなる時が来た。その日の夜は遅くまで吠え続け、一向に落ち着く様子がない。
さすがに何かおかしい。明日、病院で診てもらった方がいいのではないかという話になった。日付も変わろうかという時間になってようやくゲンタローは静かになった。それまでの興奮が嘘のようにぴたりと鳴き止んだ。
明日と言わず、その日にでも病院に連れて行ってやればよかったと今は思う。目を離すべきではなかった。夜も遅いことだから、幸いにして落ち着いてくれたからと、父も母も私も、結局は自分の都合を優先してしまった。
次の日、庭で飼っていたゲンタローはいなくなっていた。どこかへ逃げ出してしまった。方々を一日中探し回ったが見つからない。お腹が空けば帰ってくるかもしれないという淡い期待も叶わなかった。
私はゲンタローのそばにいてやらなかったことをひどく後悔した。家族同然に暮らしていた存在が、こんな形で突然いなくなるとは思いもしなかった。
探し疲れて眠りに就いた次の日の朝、ラジオ体操の時間が来る。そんな気分ではなかったが、友達に聞けば目撃情報などの手がかりが得られるかもしれないと思った私は行くことにした。
玄関を出た私を迎えたのは、あの煩わしいハエだった。それも数匹が飛んでくる。気持ちが落ち込んでいた時だったこともあり、どうにも我慢ならなかった。振り払うように走り抜ける。
だが、一向にコバエはいなくならなかった。いつまでもぶんぶんと耳元で唸っている。ようやく私は何かがおかしいと思い始めた。
公園へと続く道の途中で立ち止まる。私は以前、ここでゲンタローが道を逸れようとしたことがあったなと思い出した。住宅地の路地に入っていく。
道はだんだんと狭くなり、手入れもされていない雑木林に続いていた。進んでいくうちに、ひどい臭いが鼻をつくようになる。
何と言い表せばよいものか。近所に鯉を飼っている家があったのだが、夏場に溜池の水温が上がったためか鯉が全滅したことがあった。その時の腐乱臭に似ていた。
生き物が死んだ時の臭いだ。そのせいか知らないが、いつもはすぐにいなくなるコバエがずっと付きまとってくる。林の奥に入り込むほどにその数は増えていく。
そのコバエも本当の虫なのか判然としない。幻覚ではないのか。どこまでが現実なのか。
しかし、私が足を止めることはなかった。何か、自分でもわからない予感に突き動かされるかのように臭いの元へと進み続けた。
そして視界が晴れる。ワーッと一斉にハエが飛び立つ。そこはちょっとした崖になっており、その下にゲンタローがいた。
そこから先の記憶は曖昧なのだが、どうにか帰宅した私は両親にこのことを知らせた。私の証言をもとに父がゲンタローを発見し、持ち帰って埋葬してくれた。
どうやってゲンタローがいる場所を見つけ出すことができたのかと尋ねられた私は、正直に自分の身に起こったことを話した。
「そうだったのか。きっと、ゲンタローが教えてくれたんだろうな」
猛暑が続いていた。遺体も腐敗しやすい状態だ。虫が湧いていたかもしれない。その苦しみを私に伝えようとしたのではないか。私に助けを求めていたのではないか。
父は直接的にそう言ったわけではないが、言わんとすることは理解できた。私はゲンタローを特別に可愛がっていた。その絆が導いてくれたのだと父は私を慰めた。
それ以降、私のもとにコバエが現れることはなくなった。しかし、だ。この話を聞いて何かおかしいと思った人もいるだろう。
コバエがゲンタローの死を知らせる存在なのだとしたら、彼が亡くなる前から現れるのは変だ。
そもそもゲンタローはなぜ死ななければならなかったのだろう。彼は何に対してあんなに吠えていたのか。どうやって固くつながれた状態から逃げ出すことができたのか。なぜあんな場所で死んでいたのか。
何一つ、肝心なことはわかっていない。
本当にあの場所に導いてくれたのはゲンタローだったのだろうか。もっと別の何かではなかったのか。
もし人気のない雑木林の中を、一人ふらふらと歩いている子供がいたら。コバエに顔中たかられた子供が歩いていたら、あなたはどう思うだろう。その子はどんな表情をしているのだろう。
私があの場所でみた最後の光景は、黒い虫の群れに覆われた亡骸だった。あるいはそれは無意識に私が記憶を曇らせた結果なのかもしれない。きっと幼い精神のまま直視してはいけない光景だった。
思い出すのがたまらなく怖い。たまたま彼が先に犠牲になったから助かっただけであって、私もああなっていたのかもしれないと考えてしまうのだ。