怪談廿物語 作:tagari
『お地蔵様にお参りをしてはならない』という話をご存じでしょうか。
大きなお寺や神社であれば心配ないでしょうが、辺鄙な場所に祀られている祠など、その神の由来も知らず、安易に手を合わせてはなりません。
神仏の像を象っていても魂が抜けていて、きちんと管理がされていなければ動物霊などの良くないものが宿っていることもあると言った話を聞いたことがあります。
触らぬ神に祟りなし。良かれと思ってしたことが裏目に出てしまうことがあるかもしれません。
なんて言いましたが、これは迷信です。神仏を敬う気持ちがあれば、手を合わせて悪いことなんかありません。もし、そこに問題があるとすれば、お地蔵様のせいではないでしょう。
祈ることを後ろめたく感じてしまう、生きた人間の心です。
私が子どもの頃、住んでいた田舎町にも点々とお地蔵様が祀られていました。その中でも私が印象に残っているのが『沢の七地蔵』です。
それは小学校の通学路からそう遠くない場所にありました。お地蔵様の傍らに山へと続く脇道があり、そこをずっと登っていくと小さな沢があります。夏場は稲作に使う水源として古くから利用されてきたようです。
私はその沢を一度だけ見に行ったことがあるのですが、緑があって涼しく景色の良い場所でした。ただ、雨の後は増水することもあって危ないからと、子どもの立ち入りは禁止されている場所でした。
言いつけを破って見に行ったことはあるものの、沢は山深くにあり気軽に行けるような場所ではありません。その日は友達と山に行こうと話をしたものの、地蔵様の前まで来たところで億劫になって遊び場所を変えることになりました。
木とトタンで作られた社が道に沿うようにして建てられ、その中に七体のお地蔵様が一塊に並べられているのですが、その時ふと気づいたことがありました。
一番隅に置かれているお地蔵様だけ、他と違って古いのです。他の六体は地蔵菩薩の姿が彫られているのに、その端の一体だけ何の飾り気もなく彫刻も施されていませんでした。
社の中に一緒に祀られていなければ、ただの丸い石にしか見えなかったでしょう。それまで気にもしていなかったことが、この時の気づきによって、私の中に残りました。
家に帰った私は両親に尋ねましたが、さあ知らないとそっけなく返されました。祖父に聞くと沢に行ったのかと怒られかけて、慌てて話を引っ込めました。
子供の興味なんてものに大した意味はないのかもしれませんが、私は気になっていました。次の日、学校に登校する途中で地蔵様のところに立ち寄りました。
通学路から数分もしない場所にあるので苦ではありません。一通り観察して、元の道に戻りました。ここで探偵ごっこを終えていれば何も気づかずに済んでいたことでしょう。
変化は学校の帰りにありました。朝と同じく地蔵様のところに立ち寄った私は、一つの違和感を覚えました。
地蔵様の前にはそれぞれ小さな湯呑みが置かれており、誰かが水を捧げているようでした。それがあの古い地蔵様の分だけおかしい。
その湯呑みの水だけが黒く濁っているように見えました。
それから数日間、登下校時に確認してわかったことは二つ。まず、私が登校するより早い時間に誰かが毎日、地蔵様の水を新しく換えているということ。そして、朝は綺麗だったはずの湯呑みの水は、夕方になるとなぜか古い地蔵様のものだけ変わっているということ。
ある時はゴミが浮いて濁り、ある時は死んだ虫が入っており、ある時は明らかに水の量が減っていました。他の六体の地蔵様の水に変化はなく、綺麗なままでした。
調べていくうちに私はだんだんと、その地蔵様のことが気の毒に思えてきました。原因はわかりませんが、一人だけ仲間外れにされているみたいで。
私は笠地蔵の昔話を思い出しました。親切なおじいさんが自分の作った売り物の笠を地蔵様にかぶせてあげる話です。その中でも一体だけ笠が足りずにおじいさんが使っていた手ぬぐいをかぶせられた地蔵様がいました。
世の中には誰かが人知れず割を食う物事があります。例えば私は妹がおりましたが、お兄ちゃんだからという理由でしたいこと、欲しい物を譲る機会がありました。この古いお地蔵様も何らかの損を背負っているのではないかと子供心に感じたのです。
その日、私は湯呑みの中の汚れた水を捨てて、持っていた自分の水筒からお茶を注いであげました。
昔話のおじいさんのように、良いことをした気分になりました。さて、その翌日の帰り道のことでした。いつものように観察に来た私が社に近づくと、その陰からぬらりと人影が現れました。
お化けではありません。お参りにきた老婆が木陰で休んでいたのです。ですが、まさかそんなところに人がいるとは思っていなかった私は、心臓が口から飛び出るかと思うほど驚きました。
こんなところで何をしているのかと尋ねられた私は答えに窮しました。子どもがここに来る理由と言えば山に入って遊ぶくらいのものです。私は怒られるだろうと身構えました。
腰が曲がり、杖をついた高齢のおばあさんでした。その人は怒るでもなく、昨日、お地蔵様の水を換えてくれたのはあなたかとこちらに聞いてきました。
私がお茶をあげたことを知っていたのです。私が頷くとその老婆はお礼を言ってくれました。毎朝、この場所にお参りに来て水を換えていたのは彼女でした。今朝は湯呑みに麦茶が入っていたのを見て、私のしたことに気づいたようでした。
であれば、この老婆はもっと色々なことを知っているのではないかと思いました。私はここ数日のうちに調べたことを彼女に話しました。毎日、湯呑みに触れている彼女ならば私と同じように異変に気づいているはずです。
私の話を老婆は静かに聞いてくれました。何か壮大な物語を知っていて、それを私に教えてくれるのではないかと期待しました。ですが、返ってきた答えは「気のせいだろう」というそっけないもの。
正面は扉もない開けっ放しの社ですから、そこに置かれた湯呑みの中に異物が入ることもあるでしょう。不自然に水か減っていたのも、鳥か何かが飲みに来たのかもしれません。
私のやったことは一週間かそこらの調査でしかなく、それだけの情報では何も判断はできません。明確な怪異を目の当たりにしたわけではないのです。
腑に落ちない気持ちはあったものの、老婆の言葉を否定できるわけでもなく、言われてみればそういうものかと渋々納得しました。
老婆は何も心配しなくていいから、もうここに来る必要はないと言いました。お地蔵様を気にかけている私の信心らしきものを肯定しつつも、ここに子どもが来ることを良く思っていないようでした。
山は危ないから近づいてはいけない。お地蔵様のことは自分に任せて、友達と遊んできなさいと老婆に言われ、私はやんわりとその場から追い出されました。
私は悲しい気持ちになりました。超常現象を発見したと思い込んだ、その成果を認めて欲しかったのかもしれません。他の人に話しても取り合ってもらえなさそうだが、この老婆なら自分の境遇に共感してくれるのではないかと期待してしまいました。
結局は、よくある大人の対応であしらわれて終わり。興味もすっかりしぼんでしまい、その日からお地蔵様のところへ行くことはなくなり、学校に行って友達と普段通りに遊ぶいつもの日常に戻りました。
私がこの『沢の七地蔵』の本当の由来を知ることになるのは、それから長い年月が経ち、県外の高校へ通うようになってからの話です。
あの場所に祀られていたお地蔵様はかなり古くからあるものらしいのですが、元は六体しかいなかったそうです。
お地蔵様は道祖伸として、子どもの安全を祈願する神様として各地で信仰されています。
六道という死後の世界で苦しむ人々を救うために六体の地蔵様を祀る。これが一般的に六地蔵と呼ばれ広まっているもので、地域によっては縁起を担いでそこに七体目の地蔵を付け加えることもあるとか。奇数は縁起の良い数字とされていますから。
話は五十年以上前に遡ります。その当時から既に六地蔵は沢の入口に建てられていましたが、村に住んでいた女性がそこに七体目の地蔵を付け足しました。
つまり、私が一番古いものだと思っていたお地蔵様は、逆に一番新しく加えられた一体だったのです。
それも他の村人に何の相談もなく勝手に祀り始めたものですから、当然反対されました。撤去を求められた女性は半狂乱になって抵抗したと言います。
これには事情がありました。その女性は自分の子どもを事故で亡くしていたのです。その事故があった場所が山奥の沢でした。当時は今よりも水位があって危険な場所だったようです。
あのお地蔵様の依り代となった石は、沢の底から運び出されたものだとか。
村人たちも女性の身の上は知っていましたから、あまり強く反対することはできず、最終的に今の形に落ち着いて『七地蔵』になったのだそうです。
この話を聞いた時、もしやあの時会った老婆がその女性ではないかと思ったのですが、その当人は若くして亡くなられたようです。
あの老婆は七体目の地蔵様を祀った女性と生前親しくしていた人物らしく、残念ながら私が高校に入学した頃には亡くなっていたと聞きました。
思い返すとあの時、私の話を聞いてくれた老婆は何か言いたそうにしていた気がします。結局は私の身を案じることだけを伝えられて別れましたが、きっと彼女だけが抱えていた思いがあったように感じるのです。
私が生まれ育った町も過疎化が進み、人は外へ出ていくばかり。あの地蔵様のお水も毎日のように換えてくれる人はいなくなってしまいました。
今ではどうなっているのでしょうか。七体並んだお地蔵様。その湯呑みの中は。私は何だか恐ろしくて見に行けそうにありません。