怪談廿物語   作:tagari

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嘘火

 

 幼少の頃、不思議なものを見たことがあった。ある日の深夜、ふと目を覚ますと窓の外が妙に明るい。

 

 眠たくて仕方なかったが、光が気になってもぞもぞと布団から起き上がった。カーテンを開けてみると、遠くの山が光っている。

 

 何事かと驚いて寝ていた部屋から出ると、祖父も起きていた。私と同じく、窓の外の異変に気づいたようだ。

 

 遠くに見える山の一角が燃えている。橙色の、やけに鮮やかな炎が煌煌と輝いていた。山火事なら大変なことだが、祖父は慌てた様子もなく落ち着いていたので、私も取り乱すことはなかった。

 

 あれは火事ではなく『嘘火』だと祖父は言った。彼は夜空を指さす。本当の山火事であればたとえ夜中であっても、燃えがる火に照らされた煙が空に見えるはずだと言う。言われてみれば、燃え盛る大火に反して煙は一切出ていなかった。

 

 『嘘火』とは、この地域に伝わる怪異らしい。昔、この近隣の山々は名の知れた古狐の縄張りとなっていて人をよく化かした。その障りの一つだと言う。

 

 祖父が傍にいたからかもしれないが、その光景に恐怖を覚えることはなかった。むしろ、神秘的な美しさを感じたほどだ。私は嘘火の近くに行って見てみたいと祖父に言った。

 

 やめろと祖父は私をきつく叱った。近づけば良くないことが起きるという。具体的に何が起きるのか尋ねたが、そこまでは祖父も知らないようだった。とにかく、この地域では昔からあれに関わってはならないとされているそうだ。

 

 祖父に寝るように促された。彼は仏壇の前でしばらく読経していた。言われた通り、その日は眠りに就いた。

 

 次の日、例の山を確認したが、山火事が起きた形跡はなかった。あれだけ派手に燃え盛っていたというのに何の騒ぎにもなっていない。祖父の言った通りだった。

 

 私が再び『嘘火』を目にしたのは、それから十年以上経ってからのことだった。

 

 県外の大学に通っていた私は夏休みに帰省した。長期休暇の大半はバイトをしたり大学のサークル仲間と過ごしたが、最後の一週間だけ地元に帰ってきた。

 

 事前に連絡を取り合って仲の良かった高校の友達と集まった。その日は私も含めて三名で遊んだ。と言っても、地元は遊ぶところもろくにない田舎だったので、友達の一人が車を用意して市街地まで繰り出した。

 

 その帰りのことである。運転手がいるので酒を飲めないことが残念ではあったが、存分に旧友との親交を温め直した一日だった。夜もすっかり更け、実家のある片田舎まで送ってもらっていた最中のことだった。

 

 友達の一人が窓の外をじっと見つめ、「なんだあれ」と疑問を口にした。見れば遠くの山が燃えている。私はすぐに幼い日の記憶がよみがえった。

 

 『嘘火』だ。私がそう言うと、他の友達二人は怪訝な顔をした。どうやら知らないらしい。私は幼少期の体験を語って聞かせた。

 

 話を聞いた友人らは興味を持ったのか、今から近くまで見に行こうと言い出した。もちろん私は反対した。あれに関われば、良くないことが起きてしまう。

 

 だが、私も祖父も実際にどんな“良くないこと”があるのか知っているわけではなかった。あくまでも言い伝えだ。私は強く否定する言葉を持たなかった。

 

 それに友人の車に乗せてもらっている身である。降ろしてくれと言うわけにもいかず、結局二人についていくことになった。

 

 私自身、ずっと気になっていることではあったのだ。嘘火の正体が何なのか。

 

 曲がりくねった山道を進むため、時間がかかる。ただ、目的地はこれ以上ないくらいはっきりとわかった。灯台の光を目指すかのように車を走らせる。

 

 幻想的な光景だった。LEDライトでイルミネーションでもしているのかと思ったくらいだ。こんな何もない荒れた山中に観光施設ができたとも考えにくい。まあ、何かのイベントでもやっているのなら立ち寄ってみるのもいいだろうと思った。

 

 少しずつ目的地に近づいていくにつれ、光は大きく強くなっていく。遠目には直線的だった光が揺らめき始めた。車の窓を開けてよく見てみる。

 

 ぱちぱちと木が燃える音がする。夜空には煙が立ち込め、炎を映し出すスクリーンのように広がっていた。

 

 そこまで来て我々は、これが嘘火ではなく本当の火事なのではないかと思い始めた。通報した方がいいんじゃないかという話になった。

 

 そして嘘か誠か半信半疑な状態で消防署に連絡してみたところ、ものの数分で火災を知らせるサイレンがけたたましく鳴り始めた。地元の消防団が出動し、赤いランプを光らせながら何台もの消防車が山を登ってくる。

 

 ここにいても消防活動の邪魔になるだけだ。私たちは電話で消防署に事情を説明しながら山を下りた。幸いにして火災の発見が早かったため、翌朝には無事に鎮火されたようである。

 

 ここで話が終わっていれば、私たち三人組のお手柄という美談で落着したことだろう。そうはならなかった。

 

 火災の原因がわからなかったのだ。空気が乾燥しているわけでもなく、火種になるようなものは山中のどこにもない。そんな真夜中の荒山に、偶然居合わせた大学生たちから出火の通報が入った。

 

 何の目的で山に行ったのかと警察から取り調べを受けた。要するに、私たちは放火の疑いをかけられていた。

 

 隠してもしょうがないので正直に『嘘火』について話したのだが、そんな非科学的な伝説を警察が信じるわけもない。余計に疑いを深めるだけだった。 

 

 あの日の夜、私たちが見た強い光なんてものはどこからも確認されていなかった。いくら人の少ない田舎とはいえ誰も気づかないなんてことはあり得ないし、それだけ強力な光を放つ装置があれば火災で燃えたとしても痕跡は残るはずだ。

 

 仮に私たちが犯人だったとして、だったら自分から通報するわけがないと主張したが、それは無実を証明する根拠にはならないと言われた。騒ぎを起こしたいだけの愉快犯なら関係ないし、事の重大さに後から気づいて怖気づいて通報したなどいくらでも可能性は考えられる。

 

 取り調べは連日続き、夏休みが終わっても私は大学の講義に出ることができなかった。私はまだマシな方で、地元で就職していた友人の一人は職場で相当な突き上げを食らったらしい。最終的に証拠不十分として嫌疑は晴れたが、それには長い時間を要した。

 

 私は友人から責められた。お前が『嘘火』なんて話をしなければ怪しげな光なんて無視して終わってたのに、と。だが、私も反論した。だから関わるなと言ったじゃないか。良くないことが起きると言ったはずだ。それからお互いに引っ込みがつかなくなって喧嘩別れしてしまった。

 

 

 

 

 あの日、私たちは確かに嘘火を見た。あの時点では火事は起きていなかったのかもしれない。そのまま関わらずに素通りしていれば何事もなく済んでいた。少なくとも私たちが巻き込まれることはなかった。

 

 まさかこんな形で実害を被るとは思わない。人を化かすという古狐も我々の醜態を見て、さぞかし喜んでいることだろう。

 

 

 

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