『死喰い人』? 名前からしてどう考えても喰種だろ 作:kkk
俺、有馬 蒼は、昨日までと同じ豪奢な部屋で目を覚ました。ここがCCGの関連施設であることは、もはや疑いようもない。俺はすでに覚悟を決めている。喰種捜査官として生き、この世界から喰種を駆逐する。そのために、まずは「ホグワーツ」とかいうアカデミーで知識と技術を叩き込むのだ。
そんな決意を新たにしていると、部屋の扉が重々しくノックされた。
「蒼坊ちゃん、起きておいでかな?お迎えの方がいらっしゃいましたぞ」
扉の向こうから聞こえてきたのは、この数日間、俺の世話をしてくれていた老人の声だ。執事か何かだろうか。俺は「起きています」と短く答え、手早く身支度を整えた。もちろん、部屋の隅に立てかけてあった黒い傘――俺のクインケも忘れずに手に取る。
階下へ降りると、そこには息を呑むほど巨大な男が立っていた。
身長は俺の三倍、いや四倍はあるかもしれない。熊のようにがっしりとした体躯に、もじゃもじゃの黒い髪と髭。着ているのは、様々な革を継ぎ接ぎしたような、野性味あふれるコートだ。その巨躯は、この屋敷の広い玄関ホールをひどく窮屈に見せていた。
「おお、君が有馬 蒼君だな!わしはルビウス・ハグリッド。ホグワーツの森番じゃ」
男――ハグリッドは、雷鳴のような声でそう名乗ると、巨大な手を差し出してきた。その手は、そこらの喰種の頭より大きい。
(森番……つまり、この施設の警備担当か。なるほど、この体格ならSレート喰種くらいまでなら素手で対応できそうだ)
俺は冷静に相手の戦力を分析しながら、差し出された手を握った。握力も相当なものだ。間違いなく、CCGの中でも実戦経験豊富な上級捜査官だろう。
「有馬 蒼です。本日から、よろしくお願いします」
有馬貴将ならこう言うであろう、というイメージで、俺は淡々と挨拶を返した。ハグリッドは「おう、よろしくな!」と豪快に笑うと、「さっそくじゃが、学用品を買いに行くぞ。ダイアゴン横丁へ案内する」と言って、俺を外へ促した。
ダイアゴン横丁。
資料にあった教材リストの購入場所だろう。CCGの御用達の店が集まる、特別な区画か何かに違いない。
屋敷の外へ出ると、俺は再び周囲の風景に意識を向けた。どこまでも続く森、澄み切った空気。喰種の気配は感じられない。ここは安全なCCGの管理区域なのだろう。
ハグリッドは俺を伴って森の中をしばらく歩き、やがて古びたパブのような建物の前にたどり着いた。看板には『漏れ鍋』と書かれている。
「ここが入り口じゃ」
ハグリッドが言う。
(なるほど、カモフラージュか。表向きは寂れたパブだが、ここがCCG管理区画へのゲートになっているわけだ)
俺はハグリッドに続いて、ギシリと音を立てる木の扉を開けた。 中は薄暗く、埃と酒の匂いが入り混じった、独特の空気が漂っていた。カウンターでは白髪の老人がグラスを拭いており、数人の客が奇妙な服装で酒を飲んでいる。長いローブを纏った者、とんがり帽子を被った者……。
「ハグリッド!いつものかい?」
カウンターの老人が気さくに声をかける。
「おう、トム。今日は仕事でな。ホグワーツの新入生を案内しとるんじゃ」
ハグリッドがそう答えると、店中の視線が一斉に俺に突き刺さった。好奇、驚愕、そしてどこか畏怖のような色を浮かべた視線。
(なんだ……?俺の顔を知っているのか?いや、有馬貴将の顔を、か。やはり、この世界でも彼は有名人らしい)
俺は周囲の視線を意に介さず、ハグリッドの後を追って店の裏手へと向かった。
裏手は、レンガの壁に囲まれた小さな中庭だった。ゴミ箱がいくつか置かれているだけの、殺風景な場所だ。
「さて、よーく見とれよ」
ハグリッドはそう言うと、ピンク色の傘を取り出した。
(傘……?あの男も傘型のクインケ使いか。だが、ピンク色とは随分とファンシーな趣味だな)
俺が内心でそんなことを考えていると、ハグリッドは傘の先端で、正面のレンガの壁をある法則に従ってコツコツと叩き始めた。
すると、信じられないことが起こった。 叩かれたレンガが、まるで生き物のように蠢き始めたのだ。レンガは次々と位置を変え、壁の中央にみるみるうちにアーチ状の穴が形成されていく。穴の向こうからは、喧騒と、活気あふれる光が差し込んできた。
「ようこそ、ダイアゴン横丁へ!」
ハグリッドが誇らしげに言う。
俺は、目の前で起こった現象を冷静に分析した。
(壁の偽装……いや、違う。これは高度な機械仕掛けだ。特定の箇所を振動させることでロックが解除され、ゲートが開く仕組み。CCGのテクノロジーは俺の知る『東京喰種』の世界より進んでいるらしい)
俺は驚きを微塵も顔に出さず、静かに頷いてみせた。その態度に、ハグリッドは少し拍子抜けしたような顔をしたが、気を取り直して「さあ、行こう!」と俺を穴の向こうへと導いた。
そして、俺は生まれて初めて、その場所に足を踏み入れた。
そこは、混沌の坩堝だった。
石畳の道がくねくねと続き、その両脇には奇妙な店がぎっしりと軒を連ねている。空には箒に乗った人間が飛び交い、道行く人々は皆、揃いも揃ってローブやマントといった時代がかった服装だ。フクロウの鳴き声、カエルのような鳴き声、そして人々の話し声が混じり合い、一種の不協和音を奏でている。
「……ここは」
思わず、声が漏れた。
「すごいじゃろ?」とハグリッドが笑う。
すごい、という感想は、少し違う。
ここは、危険だ。
俺の直感が、警鐘を鳴らしていた。この場所は、CCGの管理区画などではない。むしろ、その逆。ここは、喰種の巣窟だ。あるいは、喰種と人間が入り乱れて暮らす、無法地帯。かつてCCGが壊滅させた、
空飛ぶ箒は、喰種の
ペットショップらしき店から聞こえる鳴き声は、喰種が使役する生物兵器か、あるいは新種の喰種そのものかもしれない。
「まずは銀行に行かんとな。グリンゴッツじゃ」
ハグリッドに導かれるまま、俺は人混みをかき分けて進んだ。警戒レベルを最大に引き上げ、いつでも
やがて、ひときわ大きな、雪のように白い大理石の建物の前に着いた。青銅の扉には、こう刻まれている。
『グリンゴッツ魔法銀行』
(銀行……?喰種の巣窟に、銀行だと?)
理解が追いつかない。だが、ハグリッドは躊躇なく扉を開けて中へ入っていく。俺も続くしかなかった。
中に入って、俺は再び絶句した。
高い天井から巨大なシャンデリアが吊り下げられ、長いカウンターの向こうでは、人間ではない何かが働いていた。
小柄で、肌は土気色。指は長く、尖った耳と黒い瞳を持つ。彼らは金貨や宝石を数えたり、帳簿に何かを書き込んだりしている。
「ゴブリンじゃ。ここの銀行を動かしとる」
ハグリッドが小声で教えてくれる。
(ゴブリン……これが、この世界の喰種の一種か。人間社会に溶け込み、金融を牛耳っているタイプ。厄介な連中だ)
俺はゴブリンたちの身体的特徴を観察し、その戦闘能力を推し量る。小柄だが、動きは俊敏そうだ。爪や歯も、武器として機能するだろう。レートをつけるなら、Aレート、あるいはそれ以上か。
ハグリッドがゴブリンの一体と何事か話し、俺たちは地下の金庫へと案内された。トロッコのような乗り物に乗せられ、迷路のような洞窟を猛スピードで駆け抜ける。
(厳重な警備。喰種にとって、金や宝石はそれほど重要なものなのか?それとも、この金庫には何か別の、もっと重要なものが隠されているのか……)
俺の両親が遺したという金庫には、山のような金貨が積まれていた。俺は必要な分だけ革袋に詰めると、再び地上へと戻った。
「さて、ここからが本番じゃ!買い物といくぞ!」
ハグリッドは上機嫌で、俺を次々と店へ連れて行った。
まずは『マダム・マルキンの洋装店』。ここで「ホグワーツ」の制服である黒いローブを採寸した。
(これがCCGアカデミーの制服か。防御性能は皆無に等しいな。実用性より、秘匿性を重視しているということか)
次に『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』で教科書を買った。『魔法薬の調合』『闇の魔術に対する防衛術』『標準呪文集』……。
(クインケの製造マニュアル、対喰種戦闘術の教本、そしてクインケの起動コード集、といったところか。どれも必修科目だろう)
最後にハグリッドが俺を連れて行ったのは、ひときわ古びて、寂れた店だった。看板には『オリバンダーの店』と、金文字が剥げかかって書かれている。
「最高の杖屋じゃ。ここで、君の杖を選ぶ」
中に入ると、チリン、とドアベルが鳴った。店内は狭く、天井まで届くほどの棚に、無数の細長い箱がぎっしりと詰め込まれている。
「こんにちは」
俺がそう言うと、店の奥から老人がぬっと現れた。銀色の大きな目をした、不思議な雰囲気の男だ。
「ほう……これは、これは。珍しいお客さんだ」
老人はカウンターから出てくると、俺の周りをぐるぐると回り始めた。
まるで、品定めでもするかのように。
「白髪……そして、その雰囲気。マグル生まれと聞いていたが、どこか違う。不思議な力を持っている。だが、それは我々が知る魔法とは、少し異質なようだ……」
ぶつぶつと何かを呟きながら、老人は俺の腕を掴むと、物差しで勝手に寸法を測り始めた。
俺は、されるがままになっていた。有馬さんなら、相手が敵意を見せない限り、無用な争いは避けるはずだ。
「ふむ……よし、試してみよう」
老人は納得したように頷くと、棚から一つの箱を取り出してきた。
「イチョウの木、ドラゴンの心臓の琴線。十五インチ。硬い」
老人が杖を俺に手渡す。
言われるがままに、俺はその杖を握ってみた。 ただの木の棒だ。何の感慨も湧かない。
「振ってみなさい」
俺は、言われた通りに、軽く杖を振った。
その瞬間だった。
バキィッ!
杖は、俺の手の中で、あっけなく真っ二つに折れた。
「「…………」」
俺と老人の間に、気まずい沈黙が流れる。
「……お、おかしいな」
老人は冷や汗をかきながら、別の杖を持ってきた。
「柳、ユニコーンのたてがみ。しなやか」
俺がそれを振ると、今度は杖の先端から火花が散り、近くにあった棚の箱をいくつか燃やしてしまった。
「あああ! 私の在庫が!」
老人は慌てて火を消すと、血走った目で俺を睨みつけた。
「次だ! 次!」
それから、地獄の杖選びが始まった。
俺が杖を手に取るたびに、何かが起こった。
ある杖は、紫色の煙を噴き出して店中を臭くした。
ある杖は、暴れ出して店内のランプを叩き割った。
またある杖は、握った瞬間に粉々になった。
数十分後、店の床には、無残な杖の残骸が散らばっていた。
老人は、カウンターに突っ伏して、ぜえぜえと肩で息をしている。その目は、もはや完全にイッてしまっていた。
「あり得ん……こんなことは……あり得ん……」
どうやら、この店の製品は、全体的に品質が悪いらしい。
不良品ばかりじゃないか。こんなものを売っていて、よく店が潰れないものだ。
俺は、すっかり落ち込んでしまった老人を見て、少しだけ同情した。
きっと、自分の店の製品の質の悪さに、プライドが傷ついたのだろう。
仕方ない。
ここは、俺の方から歩み寄ってやろう。
俺は、店の隅に立てかけておいた、自分の傘を手に取った。
そして、老人の前に進み出る。
「……店主」
俺が声をかけると、老人はビクッと体を震わせ、怯えたように顔を上げた。
「な、なんだね……もう、君に合う杖は……この店には……」
「いえ、結構です」
俺は、きっぱりと言った。
「そもそも、私にはこれがありますので」
そう言って、俺は手に持った傘を、カチリ、と開いて見せた。
「……は?」
老人は、呆然と俺の傘を見ている。
「杖などという、用途の限られた棒きれは必要ありません。それに比べ、これはどうです?」
俺は、傘を閉じると、それを軽やかに一回転させてみせた。
そして、鋭く、空気を切り裂く音を立てて、前方を突く。
シュッ!
「まず、護身用の武器になる」
次に、傘の柄を握り、剣道の上段の構えのように振りかぶってみせる。
「いざとなれば、打撃武器としても有効だ」
さらに、傘を杖のように地面につき、すっと背筋を伸ばす。
「もちろん、歩行を補助する杖の役割も果たせる」
そして最後に、もう一度、優雅に傘を開いた。
「そして何より――雨が降った時に、濡れずに済む」
俺は、完璧なドヤ顔(ただし表情は一切変わっていない)で、老人を見つめた。
「どうです? 非常に合理的で、多機能でしょう。私には、これで十分です」
「………………」
老人は、口を半開きにしたまま、完全に固まっていた。
その銀色の目には、もはや正気の色はなかった。 恐怖、混乱、そして、ほんの少しの畏敬。
それらがごちゃ混ぜになったような、複雑な表情を浮かべている。
(……この少年は……狂っている……!)
オリバンダーは、生まれて初めて、理解の範疇を超える存在に遭遇した。
ただの傘を、杖よりも役に立つとほざく狂人。
杖が、彼を選ばないのではない。
彼が、杖を必要としていないのだ。
(ダンブルドア……あなたは、一体、どんな怪物をこの世に解き放ったのですか……)
老人は、がくがくと震えながら、カウンターの後ろへと後ずさった。
俺は、そんな老人の内心など知る由もなく、「これで不良品を買わずに済んだ」と一人満足していた。
そして、杖屋の店主に、会心の一撃となる言葉を告げた。
「では、代金は結構ですね。何しろ、何も買っていないので」
そう言い残し、俺は颯爽と店を後にした。
後には、無数の杖の残骸と、魂が抜け殻になった老人が残されるだけだった。
◇
ダイアゴン横丁の喧騒の中、俺は改めて自分の手の中にある傘を見つめる。 やはり、これはただの傘ではない。あの
喰種の巣窟を抜け、俺はハグリッドと共に再び『漏れ鍋』へと戻った。
今日一日で、この世界の危険度と、CCGの技術レベルの一端を知ることができた。収穫は大きい。
「さて、今日はもう遅い。ここに泊まって、明日の朝、駅まで送ろう」
ハグリッドはそう言うと、俺に一部屋あてがってくれた。
俺は部屋に入ると、すぐにベッドに倒れ込む。慣れない環境と、常に警戒を怠らなかったせいで、精神的に疲弊していたらしい。
だが、眠りにつく前、俺はもう一度、自らに言い聞かせた。 明日からは、いよいよアカデミーでの生活が始まる。
そこは、喰種捜査官を養成するための場所。
俺は、そこで最強になる。
この
俺の決意を肯定するかのように、窓の外でフクロウが一声、高く鳴いた。