『死喰い人』? 名前からしてどう考えても喰種だろ 作:kkk
翌朝、俺、有馬 蒼はCCGの上級捜査官(推定)、ハグリッドに連れられてロンドンのキングス・クロス駅にいた。昨日一日で「ダイアゴン横丁」という名の喰種の巣窟を視察した俺にとって、雑多な人間が行き交うだけの駅など、もはや庭のようなものだ。
「さて、蒼君。君の汽車は9と3/4番線から出る」
ハグリッドはそう言うと、9番線と10番線の間にある、ただのレンガの柱を指さした。
「……は?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。9と3/4番線?分数のホームなど聞いたことがない。
(なるほど。またしてもCCGお得意の隠蔽工作か。この柱が、アカデミー行きの特急列車が発着する秘密ホームへの入り口というわけだ)
俺の完璧な状況分析を裏付けるかのように、ハグリッドは「まあ見とれ」とニヤリと笑う。
「この柱に向かって、まっすぐ突っ込むんじゃ。心配いらん、向こう側へ抜けられる」
「……物理的に不可能では?」
「いいからいいから!信じることじゃ!」
ハグリッドはそう言うが、俺は信じない。俺が信じるのは、己の目と、この手にあるクインケ(傘)だけだ。
(柱に偽装したゲート。おそらく、特定の周波数か生体認証で開く仕組みだろう。何も考えずに突っ込むのは素人のやることだ)
俺は柱の前に立ち、レンガの継ぎ目や材質を注意深く観察する。どこかにセンサーか、あるいは起動スイッチがあるはずだ。
「何しとるんじゃ、蒼君?はよ行かんと乗り遅れるぞ!」
背後でハグリッドが急かすが、知ったことか。エリート捜査官たるもの、常に冷静沈着、石橋を叩いて渡る慎重さが必要なのだ。
「あの、通れないんですけど……」
ふと、隣から困惑したような声が聞こえた。見ると、赤い髪の一家が同じように柱の前で右往左往している。
(民間人か……?いや、この場所にいるということは、彼らもCCGの関係者か、あるいは協力者の一族か。それにしても、あの赤毛は随分と目立つな。諜報活動には不向きだろう)
俺が一家の捜査官としての適性を内心で査定していると、赤毛の母親らしき女性が「あら、あなたも新入生?」と人懐っこく話しかけてきた。
「……そうです」
俺は有馬貴将ならそうするであろう、最小限の返答で応じる。
「まあ、そうなの!うちのロンも今年からなのよ。大丈夫、こうやるのよ!」
女性はそう言うと、一番下の息子――そばかす顔のひょろっとした少年の背中を押し、柱に向かって走らせた。少年は一瞬怯んだものの、そのままの勢いで柱に突っ込み……スウッと、何の抵抗もなく壁の向こうに消えた。
続いて、双子らしき少年たちも、ふざけ合いながら次々と柱を通り抜けていく。
「……なるほど」
俺はポンと手を打った。
(そういうことか。ゲートは常時開放状態。ただし、特殊な認識阻害フィールドが展開されており、関係者以外にはただの壁にしか見えない仕組み。俺が躊躇したのは、このフィールドに精神が抵抗したからだ。有馬貴将(の中身の俺)の精神力が、CCGのテクノロジーに無意識に逆らった、と。末恐ろしいな、俺の才能)
一人で勝手に納得した俺は、ハグリッドに一瞥をくれると、カートを押しながら悠然と柱に向かって歩き出した。
結果、俺もまた、何事もなかったかのように柱を通り抜けることができた。
目の前には、深紅の蒸気機関車が白い煙を上げながら停車していた。プラットホームは、俺と同じような年頃の子供たちと、その見送りに来た家族でごった返している。
「じゃあな、蒼君!学校で会おう!」
ハグリッドはそう言うと、人混みの中に消えていった。一人残された俺は、周囲の喧騒を意に介さず、冷静に汽車に乗り込んだ。
空いているコンパートメントを見つけ、窓際の席に腰を下ろす。もちろん、クインケ(傘)はいつでも手に取れるよう、隣の席に立てかけた。
やがて、けたたましい汽笛と共に、汽車はゆっくりと動き出した。車窓から流れていくロンドンの街並みを、俺は「これが最後の俗世か」という感慨と共に眺めていた。これから始まるのは、喰種との終わらない戦いの日々だ。感傷に浸る暇などない。
コンコン、とコンパートメントの扉がノックされた。
「ここ、空いてる?」
入ってきたのは、先ほどホームで見かけた赤毛のそばかす少年だった。
俺は無言で頷く。少年は「ありがとう」と言うと、おずおずと俺の向かいの席に座った。気まずい沈黙が流れる。
(なんだこのガキは。馴れ馴れしい。おそらく、アカデミーの同期だろうが、捜査官は群れるべきではない)
「僕、ロン・ウィーズリー」
少年が自己紹介をしてきた。
「……有馬 蒼だ」
俺は短く返す。
「君、変わってるね。その傘、中でも差すの?」
ロンは俺のクインケを指さして、無邪気に尋ねてきた。
「これは傘ではない。武装だ」
「ぶ、武装ぅ?」
ロンが目を丸くした、その時。
「ここも空いてる?他はどこもいっぱいで」
再び扉が開き、今度は黒髪で丸眼鏡をかけた、気の弱そうな少年が入ってきた。額には、奇妙な稲妻型の傷がある。
(また増えた。なんだ、ここの捜査官候補生は団体行動が基本なのか?まるで修学旅行だな)
「もちろん!僕はロン。君は?」
「ハリー・ポッターだよ」
「ええっ!?君が、あの!?」
ロンが、喰種に遭遇したかのような大声を上げた。
(ハリー・ポッター……?どこかで聞いたような……いや、気のせいか。だが、あの額の傷……喰種との戦闘で負ったものか?だとしたら、こいつも見かけによらず、なかなかの実戦経験者かもしれん)
俺がハリーの戦力を分析していると、車内販売のワゴンがやってきた。
「何かいるかね?」
ふくよかな魔女がにこやかに言う。
「うわあ!百味ビーンズと、カエルチョコレートも!」
ロンとハリーが、子供のようにはしゃぎながら菓子を買い始めた。
(なんだあれは。喰種の共食い用の携帯食料か?カエルの形のチョコレート……おそらく、赫包を加工して作った高カロリー栄養食だろう。そして、あのカラフルな豆……様々な喰種の部位を混ぜ込んだ、特殊なサプリメントか何かか)
「君もどう?」
ハリーが、カエルチョコレートの箱を差し出してくる。
「いらない。素性の知れない生物由来の物質を、口にする趣味はない」
俺が真顔でそう答えると、ハリーとロンは顔を見合わせ、気まずそうに黙り込んでしまった。
その後、今度はモジャモジャ頭の活発そうな少女が「ヒキガエルを見なかった?」と入ってきて、一方的に自己紹介を始めた。ハーマイオニー・グレンジャーと名乗った彼女は、典型的な情報収集型の捜査官だろう。だが、報告が冗長すぎるのが欠点だ。俺は彼女の言葉を右から左へ聞き流し、ただひたすら窓の外を流れる景色を眺め続けた。
やがて汽車は速度を落とし、小さな駅に停車した。
外に出ると、すっかり夜になっていた。ハグリッドがランプを掲げ、「一年生はこっちじゃ!」と大声で叫んでいる。
俺たちは彼の後に続き、湖のほとりへとたどり着いた。
「四人ずつボートに乗れ!」
ハグリッドの指示に従い、俺はハリー、ロン、ハーマイオニーと同じボートに乗り込んだ。
ボートがひとりでに動き出す。
湖面を滑るように進むと、やがて目の前に、巨大な城がその姿を現した。崖の上にそびえ立ち、無数の塔が夜空を突き刺している。窓からは、温かい光が漏れていた。
「うわああ……」
他の生徒たちから、感嘆の声が上がる。
(……なるほど。これがCCGアカデミー、ホグワーツの全景か。見事な要塞だ。崖を利用した天然の防壁、多数の監視塔。これならSSSレートの喰種が襲来しても、数時間は持ちこたえられるだろう)
俺は一人、城の防衛能力を冷静に分析していた。
城に着くと、俺たちはマクゴナガルと名乗る、厳格そうな女性捜査官に引き渡され、大広間の前で待機させられた。
「もうすぐ、皆さんの組分けが行われます」
組分け。つまり、適性に応じて所属部隊を決定する、ということだろう。
やがて扉が開かれ、俺たちは広間へと通された。そこには、四つの長いテーブルがあり、上級生たちが座っていた。天井には無数の蝋燭が浮かび、まるで星空のようにきらめいている。
(天井の偽装……ホログラムか?ずいぶんと凝った内装だ。士気を高めるための演出だろう)
俺たちが教壇の前に整列すると、マクゴナガルが古びて汚れた帽子を持ってきた。
(なんだあの帽子は。儀式に使う備品か?)
すると、帽子が突然、歌い始めた。
俺は度肝を抜かれた。
(……帽子が、歌っている?どういう仕組みだ?内部にスピーカーでも仕込まれているのか?いや、だとしても、この動き……まるで生きているようだ。まさか、喰種の赫包を加工して作られた、自律型のAIか何かか!?CCGの技術力、恐るべし……!)
歌が終わると、いよいよ組分けが始まった。
生徒が一人ずつ名前を呼ばれ、帽子を被せられる。帽子はしばらく唸った後、その生徒が所属すべき寮の名前を叫ぶ。「グリフィンドール!」「ハッフルパフ!」「レイブンクロー!」
ハーマイオニーも、ロンも、ハリーも、次々とグリフィンドールに決まっていった。
(グリフィンドール……おそらく、実戦部隊だろう。あの三人なら、まあ妥当な判断か)
そして、ついに俺の番が来た。
「有馬 蒼!」
俺は静かに歩み出て、椅子に座った。マクゴナガルが、あの汚れた帽子を俺の頭に被せる。
視界が、帽子の内側の闇に覆われた。
『……む?』
直接、頭の中に声が響いてきた。テレパシーか。
『なんじゃ、この小僧は……?魂の在り方が、おかしいぞ……?人間としての自己認識が、恐ろしく希薄じゃ。そのくせ、自分を「有馬貴将」という別の何者かだと、異常なまでに強く思い込んでおる……!その信念が、もはや一種の結界となって、儂の読み取りを阻んでおるわ!』
(なんだ、この帽子。俺の思考を読んでいるのか。面白い。だが、有馬貴将の精神(マインド)を読み解けるかな?)
俺は、さらに強く自分は有馬貴将であると念じた。
『ぐっ……!なんという精神力……!狂気と紙一重の、この揺るぎない自己!目的のためなら手段を選ばぬ冷徹さ、そして、底知れぬ野心……!グリフィンドールではない。ハッフルパフでも、レイブンクローでも断じてない!お前の行き先は、ただ一つ……!』
長い、長い沈黙の後。
組み分け帽子は、ホール中に響き渡る大声で、こう叫んだ。
「スリザリン!!」
その瞬間、広間がわずかにどよめいた気がした。
俺は静かに椅子から立ち上がると、銀と緑の旗が掲げられたテーブルへと向かった。
(スリザリン……。なるほど、アカデミーの中でも、特に優秀な者だけが選抜されるエリート部隊か。あるいは、暗殺などの特殊任務を専門とする、非正規部隊かもしれん。いずれにせよ、俺にふさわしい配属だ)
俺がスリザリンのテーブルに着席すると、隣に座っていた白金色の髪の少年が、探るような目でこちらを見てきた。俺はそれを無視し、正面の教職員のテーブルを見据える。
中央には、アルバス・ダンブルドアという、この要塞の司令官が座っていた。
これから、この場所で、俺の本当の戦いが始まる。
俺はテーブルの下で、静かにクインケ(傘)の柄を握りしめた。
喰種を駆逐する。
その決意を、改めて胸に刻みながら。