ここは幻想郷・・・まだ博麗の巫女が博麗霊夢ではない頃、どことも言えない妖怪達の住処で、一つの生命が突如出現した。
生まれたのではなく出現したその生命は、自分の墨谷屋柿音と言う名前以外の記憶が亡かった。
無いのではなく亡いのだ、記憶がどこかで亡くなってしまったのだろうと考えながら、自分はさみしい奴だな、と思った。
記憶は亡いのに経験はなんとなく体と心に染み付いているのだ。
そこから考えると自分には過去があり、誰かと酒を酌み交わしたり、殴り合いをした経験はあるが、相手の顔も、酒の味も思い出せない。
柿音がこれからどうしようかと考えて虚しさから目を背けていると、
「キチキチキチ」
「へ?」
彼女の3メートルほど後ろに、甲殻類のような妖怪が涎を垂らしながら佇んでいた。全体が見えないが50メートルほどありそうな百足と蟹が組み合わさった奇妙な化け物が、柿音を狙っていた・・・もちろん美味しくいただくために。
「こんないきなりボスっぽい化け物が襲って来るなんて・・・神様は私のことが嫌いらしいなぁ。まあ、気晴らしになってくれるといいなッ!?」
「キチキチキチキチィ!」
ゴッっと炸裂音がしたかと思うと、妖怪が頭から突っ込んできていた。
なんとか回避に成功した彼女はドッと冷や汗をかいた。
妖怪の体当たりの威力は近くの5メートルほどの大岩が消し飛ぶ威力だった。
「こりゃ長引かせるのは悪手やなぁ」
そう言いつつ集中力を高める様子をみて妖怪は、本能が危険信号を発したのか全力で体当たりをしてきた。
先程より強烈な勢いで繰り出された渾身の体当たりは、
「そらァ!」
柿音に触れた瞬間、勢いを完璧に利用され地面に叩きつけられたのだ。
その瞬間大地が激震した。50メートルほどの巨体が勢いよく叩きつけられた山は、3分の1ほどが崩れてしまっていた。
揺れが収まると震央には、えぐり取られた地面と、グシャグシャに潰れた妖怪の亡骸があった。
「ふぅー、こんなもんかな」
軽い調子でそんなことをのたまう柿音は人がいるところを探そうと、なんとなく方針を決めたその時、
「目が見えない人の身でここまでのことをするとは、あなた本当に人間かしら?墨谷屋さん・・・いえ柿音さんと呼んだほうがよろしいでしょうか?」
そこにはいつの間にか女妖怪が立っていた。
流れるような動きでこちらに歩いてくるその妖怪は、妖艶な美しさを放っていたがそれ以上に胡散臭い、口元を扇子で隠すことによって表情を読みにくいようにしているのだろうが、その行為が彼女の胡散臭さに拍車をかける結果になっているのだろう。
しかし、本当に胡散臭さを無視すれば傾国の美女と言っても差支えがないような美しさを持っている、彼女の着ている不思議な服装も雰囲気にあっている。と、そこまで考えたところでなぜ彼女自分の名前を知っているのか、と言う疑問が浮上した。
「なんで私の名前を知ってるのか教えてくれません?あと名前もや、綺麗な妖怪さん」
「へぇ・・・妖気は隠していたつもりなんだけどね。なぜわかったの?」
そう言いつつ目の前の妖怪は雰囲気を変えた・・・ような気がした。
「質問を質問で返さんといてや・・・まあええ。妖怪や思ったんは、カンと周りの様子や。私は耳がよくてなーさっきの地震で混乱してた奴らがアンタが出てきた瞬間ここらへんから消えたんや。強大な存在は、そこにおるだけで周りに影響を及ぼす。そんなことできるんは、私の経験から言うと、大妖怪しか思い浮かばんからなぁ」
「ご教授ありがとう。こちらも質問に答えましょう。私は八雲紫、この幻想郷の管理者ですわ」
「幻想郷?」
「外の世界で忘れられた存在が集う場所です。心配しなくても大丈夫ですわ。幻想郷は全てを受け入れる・・・それはそれは残酷なまでに」
「まだなんも言ってないんやけどなぁ・・・」
「ふふっ、そうですね。ではもうひとつの質問に答えるとしましょう。まあ、端的に言えば、柿音さんの昔馴染みに聞いただけよ」
「私の昔馴染みか・・・その人に会えれへんか?どうも私は記憶が亡くなってもうてるみたいでなぁ。その人に話を聞きたいんや」
「あらあら、それは大変ですわね。萃香ー?出て来なさーい」
すると周囲の霧が集まり少女の姿になった。その雰囲気に懐かしさが膨れ上がり涙が出てきた。
「はいよーーって!?大丈夫か?」
「う・・うん、大丈夫や。ごめんなぁ、懐かしさがこみ上げて涙が出てきてもうたわ。こんなに懐かしいのに思い出せれんなんてほんとごめんなぁ」
「泣くなよぉ。こっちは久しぶりに会えて嬉しいのに・・・湿っぽい再会は無しにしようと思ってたのに、こっちまで泣けてくるじゃないか・・・」
「あらあら、世にも珍しい鬼の目にも涙かしら?天狗のカメラを拝借してくるべきだったかしら・・・」
感動のシーンが、紫の一言によって台無しだった。
二人で紫にジト目で視線を送りつけていると、流石にいたたまれない空気を感じたのか顔が笑ったまま青くなってしまっている。
更に視線がキツくなると、紫の武器の一つであるはずの笑顔の仮面まで、引きつって役立たないものになってしまっている。
紫が二人のジト目攻撃に耐えられなくなってしまったのか、話をそらそうと必死だ。
「そっ・・・そんなことより、柿音さんは記憶が亡くなってしまっているのでしょう?
自己紹介をした方がいいと思いますわ」
いつも余裕で不敵な表情を崩さない紫にしてはあまりにも必死な姿が、少し滑稽に見えて柿音から笑いがこぼれた。
「もう・・・笑わないでよ・・・」
「あぁごめんごめん、ギャップがすごくてなぁ。さて、改めて自己紹介しよか。私は墨谷屋柿音や。よろしゅうな」
「私は伊吹萃香。また会えてよかったよ」
この二人の再会から錆び付いて止まっていた歯車が動き出す・・・ゆっくりと・・・ゆっくりと・・・
柿音「それはそうと、私が壊してもうた地形はどうするんでしょ、八雲紫サン?」
紫「もちろん自己責任ですわ。ちゃんと直してもらいます」(にっこり)
柿音「不条理や・・・襲ってきたのは相手からやろ・・・あぁんもう!不幸やーーーーー!」