クイーンズ・カレッジのはじまりは1848年のロンドンまで遡る。
ヴィクトリア女王が即位して10年ほど経っていたが、まだまだ世風は荒れていた。上層階級は富も権利も独占し、下層階級はわずかな賃金に群がり同族間で牙を向け合う。
新旧問わず聖書の教えは絶対とされていたので、常識以前の大前提として、女性はモノ扱いされた。
汝らは男を悦ばせ、強い子を生み育てればそれでよい。アーメン。
こんな時代だったから、ロンドンほどの巨大都市ともなると廃棄物の溜まり場があちこちで汚臭を放ち、社会問題化していた。
行政は納税者のために対処を求められる。
とりあえず女を集めて放りこむ家が用意された。
行く先々で何から何まで男という男から搾り尽くされた女たちが、ここでひとときの安らぎを得る。
そして、考えた。
どうすれば「生きててよかったね」と思えるように、なるのだろう。
毎日みんなで考えに考え、話しに話し合った。
この世界は男によってつくられた。だから万事が男に都合よくできている。
それを、まず破壊しよう。
そのためには力と勇気、そして知恵も必要だ。
手に入れよう。
逆境からのスタートだ。何世代にもわたる戦いになるのは覚悟の上。しかし、やらねばならぬ。やらねば、私たちの産んだ子は、私たちよりますます不幸になってしまう。そんな世界にさせてたまるか。
この、ともしびが、今日まで受け継がれている。
アビグウェイトのクイーンズ・カレッジは世界中に拡散した分家のひとつに過ぎないし、島ののどかさと混じり合って過激さはかなり薄まっている。
だけど、積極的に女生徒の比率を高くし、自信をつけさせて世間へ送り出すという方針は一貫していた。
そこがダイアナの琴線にも響いたと思われる。
ちなみにアンは「ゆーても所詮学校だしな、窮屈そうだし退屈もしちゃいそうだ」と冷ややかな目で見ている。
そりゃおまえさんは規格外だからな。
今でもじゅうぶん幸せに生きてるだろ。
だから来なくていい。
君は、薄まらない方がいいんだ。
入学試験は、火曜日から3日間。午前・午後に90分ずつ。
英語・数学・自然科学・地理歴史・美術・一般教養の6科目をペーパークイズの形で出題される。
古風なテストだが、これも伝統なのらしい。
ダイアナは日曜日にシャーロット入りした。
試験期間中はコッパー・ビーチズへ泊まる。ということは、ギルバートと別行動だ。
代わりにアンがついてきた。
マダム・クラリスとタッグを組んで、ダイアナに最後の追い込みをかける。
クラリス「アレクサンドリナ・ヴィクトリアはハノーヴァー朝の6代目で、グレートブリテン王国の君主としては7代目です。ではその在位日数は何日ですか」
ダイアナ「63年間、と約7ヶ月!」
クラリス「日数は、と私は尋ねたのよ。アンなら答えられる?」
アン「無茶いわんでくださいマダム。あれ、1900年てうるう年だっけ、平年だっけ」
ダイアナ「1900年なら365日しかないわよ。ジョン・ブルがグレゴリオ暦を採用したのは1752年だから、1837年から1901年までの間にうるう年は15回あるわ。365、かける63。プラス15。7かける27。プラス6。プラス22。合わせていくつ?アン」
アン「無茶いうなっての。おれは電卓じゃねえ」
クラリス「そこまでわかってるなら正解にしてあげたいけどねえ。こんな問題、出るかしら?ダイアナ」
ダイアナ「出ないと思いますわ、おばあさま。こんな悪意しか感じないクイズを出すようなカレッジだったら、入りたくありませんもの」
クラリス「言ってくれるわね。ちなみにスプレッドシートの計算によると、23227日だそうよ」
アン「電卓の方が得意な仕事は電卓にまかせて、人間にはもっと人間が得意とする仕事をさせりゃいいんじゃないのっておれは思うんですけどね。暗記を尊ぶ人の価値観が、いまだに理解できん」
ダイアナ「あんたまで、あたしのメンタルをボロボロにしようとしてくれちゃってる?試験直前の、このタイミングで!」
クラリス「この程度の精神攻撃、社会に出たら骨の髄まで浴びまくるものよ。
ところでヴィクトリア朝といえばね、今では大英帝国の絶頂期みたいに評価されているけど、それは何十年もかけて国内の不満分子を外地へ出征させるという錬金術を編み出したからなの。
稼ぎたい奴は異郷でくたばれってじゃんじゃん追い出すわけだから、そりゃ世情は安定するわ。
当時は、やられる側がとことん無防備だったから掠奪もし放題だったしね」
アン「へえ。じゃあ、ジョン・ブルの植民地だった国々では、ヴィクトリアがまるでローマ法王のごとき悪魔の大首領として今も語り継がれてたりするんでしょうかね」
クラリス「もちろん。ナポレオンもスターリンも、ヒトラーだって出身国では永遠のヒーローだと思うけど、その文化圏より外側では悪魔の代名詞であるのと同じよ。
ドミニオン内でもケベック州は英語文化を排斥して、よく不適格市民を沿海州に送りつけてくるわ。
結局、すべての都市は郊外にゴミ捨て場をつくらないといけないですからね」