ミンチン・スクール。
ここにマチルダがいる。
ダイアナが受験している間、アンは何度も下見に来た。
集合住宅が立ち並ぶ街区で、その邸宅は周囲に溶けこんでいるといえば言えるし、異彩を放っているといえばそうも言えた。
造りが古めかしいのだ。石とレンガで重厚感を醸し出している。3階まであり、上へ行くほど小窓が多くなる。
完全寄宿制らしいので、生徒たちの部屋がそこにあるのだろう。
さらに上。
これを4階と呼んでいいのかどうか迷う。不揃いな屋根の下に、たしかに一室埋めこめそうな高さの壁が伸びている。
明かり取り程度の小窓がいくつか付いているが、およそ居住空間とは思えない。
アンが最初に考えたのは図書室か資料庫だった。
入学希望者ですと偽って見学させてもらうことも考えたが、保護者役の大人と一緒でないと不自然に思った。
根掘り葉掘り質問もされると思うから、しっかり口裏合わせしておく必要もある。
館の中から「いつも覗きに来ている怪しいガキ」というラベリングを頂戴するのを避けるため、偵察は控え目に続けた。
次第に違和感が形を成してくる。
子供の声が聞こえないのだ。
アンは一時期孤児院にいたことがあるけれど、毎日毎時毎分、騒がしいったらないものさ。アルバリーの低学年クラスでも、6歳から10歳までの児童を1分でも黙らせておくなんて神様でも不可能だとミス・トランチブルがよく言っていた。
ミンチンの在校生も同じくらいの年齢層だと聞いている。
なのにこの静けさは、ありえない。
だから背景に埋没できるのだなと不思議な納得をした。
クラリス「いわゆる、邪悪な家ね。
あの館は昔、富裕な宗教家が建てさせたカントリー・ハウスだったらしいわ。アビグウェイトでは建材に使える石が採れないから、すべて内陸から輸入したんでしょう。贅沢なこと」
アン「いまどきウェブサイトも作ってないなんて。
まさか子供のスパイでも養成している学園ですか、ミンチンは」
クラリス「実際にしているかはともかく素質は磨けるでしょうね。第二次大戦期にはねえ、そんな研究所が世界中につくられていたものだけど」
アン「出入りする子供を一人だけ確認しています。10歳くらいの少女で、いつも同じ黒い服を着ている。バスケットを提げて買い物に行かされている感じです。不定期に。
生徒じゃなく、使用人だと思うんですけど」
クラリス「あなたの顔は見られてる?」
アン「いえ。どこへ行ってるかも追跡していません。まだその段階ではないと思って」
クラリス「そのメイドから情報を引き出せそうだけど、そうね、慎重に動くべきだわ。
彼女にコードネームをつけておきましょう。候補はある?」
アン「じゃあ、ファージングで」
クラリス「いいわ。ちなみに、なぜ?」
アン「それより下は無いからです。たぶん彼女がヒエラルキーでは最低位でしょう」
クラリス「建物のサイズから推定して、ミンチンには最大40人程度の少女が寝起きしていると思われます。通いの先生はいない。洗濯物・食材の運びこみ・ゴミ回収などはすべて業者まかせ。ということは?」
アン「女子専門の寄宿学校と銘打ってはいるが、上級生に教師役をやらせてるんでしょうね。掃除や皿洗いなども劣等生に罰として命じている、かな。
コストカットが得意な、優秀すぎる経営者なんでしょう。不祥事を外へ漏らさない態勢も鉄壁だ。監獄よりもゲスい」
クラリス「アンは、収監された経験はあるの?」
アン「盗みはさんざんしてきましたが、捕まったことは一度もありません」
クラリス「指紋もマグショットもとられてないのね。よいことだわ。
監獄という表現は適切だと思います。少人数の獄吏で大勢の犯罪者を抑えつけておくためには、この形がベストということになりますからね」
アン「そう……なんですか」
クラリス「40人の学生を平等に扱おうとする教師はすぐ干されるわよ。ちょっとでも知恵があれば、そんなことはしないわ」
アンはシンキング・タイムをもらった。
羊飼いなら何百頭もの羊をひとつのルーティーンで管理することは可能だし、それでいいはずだ。
相手が人間であれば同じ手は通用しない。
支配される側が結束した瞬間に嬲り殺されよう。だからヒエラルキーを作らせて一握りの最上層階級に特権を与えてやるのだ。
高待遇にありついたトップランカーは、その地位を守るため下層階級を徹底的に抑圧し、絞りあげる。
かつては同じ立場だった弱者を相手にしてだから、武器を奪い退路を塞ぎ完全に無力化した上で更に反抗心を灯すきっかけすら枯らしてしまうことができる。容赦なく。
真の支配者は、権力の旨味に酔い痴れる勝ち組の背中を眺めながら、全体の監視だけに専念すればよい。
たしかにこれは完全解であろう。揺るがぬ秩序の出来上がりだ。
だが、その中に囚われているマチルダはどうなる。