アンは、ミンチン・スクールへの侵入路を探した。
子猿のように小さく、すばしっこかった頃のアンならどんな邸やビルにでも潜りこめた。6歳の夏まで一緒に過ごしていた女性に仕込まれたのだ。
その後の放浪人生でも特技は重宝され、天窓やベランダから忍び入って内側から鍵を開け仲間を招き入れるのがアンの役割だった。
だが今は無理だ。
アルバリー生活に馴染みすぎて腕と勘が鈍ったことも大きいが、体の成長が決定打となる。
加えてミンチンは出るのも入るのも難しい。ごく一部以外の窓はガッチリと固定され、開け閉めできず、割れそうにもない。
もちろん囚人たちを脱走させないことが第一目的なのだろうけど、かれらに何の罪があるというのか。
なんていっても始まらない。
法を作り守らせ警察権力を行使するのは常に支配者側だけだから。古今東西、人類はずっとそうしてきた。
建物を見張り続けることに意味がなくなってきたので、ファージングをターゲットに据える。
アンは尾行を始めた。
ファージングはいつも急ぎ足だ。何時までに戻れと厳しく言いつけられているのだろう。
基本ルーティーンとして、最初に郵便局へ行く。大小の封筒を投函し、速達や書留なども窓口で預けてゆく。
そのあと文房具店・雑貨屋・薬局などをメモに従い回ってゆき、買い物を滞りなくすませると最後にもう一度郵便局へ立ち寄る。
窓口あるいは機械で現金を受け取り、慎重に服の中へしまいこみ、行きよりも駆け足で、スクールへ戻る。
原則、一日に一回。
おそらく書類が整い次第なのだろう、時刻は不規則である。
接触は難しそうだ。
むしろバスケットを奪うかして窮地に立たせ、邸内の大人をおびき出させる材料に使うべきか。
ファージングが使用人なのか生徒なのかは判断がつかない。ただ、最初から使用人として雇われた可能性はおそらく無いだろう。
ミンチンの経営者は人件費をとことんケチる性格のはずだから。一番ありそうなのは、もと生徒だったが後見人が死んだか逃げたかして学費を払う人がいなくなった。そこで学内ヒエラルキーの最下層に突き落とされ、奴隷として使役されている。こんなところか。
マチルダは生徒のはずだ。
実家は金持ちなので、そこまでひどい扱いは受けないだろう。ただしそれは経営者視点での話。生徒のボス、すなわち番長からは目の敵にされてておかしくない。
マチルダは頭がよく、筋の通った反論ができるから、番長勢をイライラさせることが容易に想像できる。
仲良くなって一緒に虐める側に就くことこそ似合わない光景だ。
ここまで考えた。
ファージングを味方に引きこめるものか?
これが鍵となる。
這い上がる道を完全に断たれているなら協力を仰ぎ、彼女とマチルダを一緒に脱出させるプランを練り上げよう。
しかしまだ生徒でもあり、復活の権利が与えられている場合、他の生徒を引き摺り降ろすチャンスはファージングにとって魅力的なはずだ。
アンから可能な限り情報を引き出し、経営者か番長、あるいは両方に恩を売る。計算に含めておかねばなるまいな。
だから奴隷は嫌いなんだよ。信用できない。
クラリス「アン、情報が入ったわ。
校長はマライア・ミンチン。オールドミスね。あの邸の所有者になってる。
実妹のアミリア・ミンチンも、一緒に暮らしているみたい。
ミンチン・スクールは一般の生徒受け入れをしておらず、原則、役員の紹介を通してでないと面談もさせてもらえない。実感としては、良家の子女で素行の悪い娘を引き取って矯正してさしあげますというスタンスみたいよ」
アン「ありがたい。どうやって調べたんです?」
クラリス「大したことじゃないわ。ミンチンの顧問弁護士は市内のバロウ・アンド・スキップワース法律事務所だったの。
ガラの悪い連中ばかり集まってる会社で、ネタに事欠かないから事務員をひとり送りこんであるんだけど、彼女に探ってもらいました。今後も新情報が掴めれば、教えるわ」
アン「ファージングがどんな立場で雇われているのかって、そっちルートでわかるものですかね」
クラリス「名簿だけでは、どれがどの娘だかは判断つかないわ。現場で照合してみないと。
ちなみに書類上では、現在の寄宿生は32名ですって。ファージングがこの中にいない可能性もあるけど」
アン「おれのいた孤児院では、ガキの数なんてデタラメでした。出入りも激しいし、食事どきにだけ紛れこんでくる浮浪児もいたし。
里親候補へお試しで貸し出されてる期間も数えたり数えなかったり、ぐちゃぐちゃでしたね。
でも市や州から助成金もらってる関係で、報告書だけは細かいんですよ。そんなの合計して世界人口何十億とか、バッカじゃねえのと猛烈に思ってます」
クラリス「ミンチンは私塾だから、そんな報告義務すらないもの。やりたい放題で、さぞかし楽しい毎日でしょう」
アン「卒業生で、コンタクトをとれる人って見つかりませんかね。建物の内部構造や、日常のルールにカリキュラム。教えてもらいたいこといっぱいありますし、そこから手を打つヒントを思いつけるはずなんですが」
クラリス「すでに頼んであるわ。もう少し時間をちょうだい。安全第一が鉄則だから」