ジュディ・アボットは孤児院出身ではないか。
ダイアナはそう考える。
ただし本人は素性を隠したがっている。だから配慮した。
話題をそらすシソーラスなら頭の中にいっぱい詰めこんである。おしゃべりはいつも、あらぬ方向へと二転三転七転八倒させて、はぐらかした。
しかしずっと気にはなっていた。
いつか訊いてみたいな。そんな風に、考えていた。
3人は学生なので、当然、勉強だってする。
カレッジでは毎日課題が出た。文献を読み、レポートを書かなければならない。
そりゃ書くさ。知的遊戯が好きだから学費払ってまで大学に来ているのだもの。
こんな腕試しが毎日楽しめるなんて、最高だよね。
それでも全力で頭を使うと、なかなか疲れる。
適度な水分と糖を摂取しながら、おしゃべりにも飽きたら読書でもしよう。
このフリータイムに、ジュディは手紙を書くことが多かった。
時々すごく悩んでいることもある。
話題でも提供しましょうか、とダイアナは何度か話しかけてみた。そこから次第に糸口をつかんでいく。
ジュディ「学費を払ってくれてるお爺ちゃんに、毎週手紙を書くって約束なの。面白がってくれてるよ、と秘書から知らせてはくるんだけど、お爺ちゃん自身は偏屈で人嫌いで感情も乏しいし、もちろん返事もくれないから、だんだん虚しくなってくるのね。
これも試練のうちなのかなあ、ヤレヤレ」
ダイアナ「その人は、そんな性格だからお金も貯められるのよ。似たような老人を知っているけど、学費を払ってもらってるからって媚びてその人に気に入られようとする小娘なんて嫌いなのじゃないかしら。
ジュディは、援助を打ち切られては困るんでしょう?
だったら毎週、続きが読みたくて読みたくてたまらなくなるような連載小説風の手紙にして、お爺さまを飽きさせないようにするとか、どう?」
ジュディ「ど、ど、どうって。あ、あなたじゃあるまいし、あたしにそんな小説、書けないわよ」
ダイアナ「ジュディが一人称で書くことが唯一絶対のルールなんだから、そこは逃げちゃダメ。もちろんリアリティドラマにする必要もあるから学園が舞台で、登場人物は学生と教官、あと近隣に住む人たち十数名程度に限定しましょう。
おっと、まだ被害者と真犯人は決めなくていいの。キャラクター一人ひとりにプロフィールを与えていって、普段どんな生活を送っているのかイメージを膨らませていくのです。自然な形で相関図をつくりあげていけば、おのずと誰が誰を殺したいと思っているかが視えてくるはずよ。
でも作者はその裏をかかなくてはならない。
そこまでプロットが固まったら、いよいよジュディ・アボットに語りださせるの。さりげない日常描写から始まり、でもあなたはその日、見てはならないなにかを見てしまう。
ねえ、どう?私たちのベイビーよ」
ジュディ「ちょいまち。ちょいまち。待ったあ。
ダイアナ、あなたミステリの読みすぎよ。お爺ちゃんが心臓麻痺でも起こしたらどうするの」
ダイアナ「孫娘の学費を出してやれるくらいのお金持ちなら、リアルではもっと修羅場をくぐってるわよ。
さあ、来週までには私、シナリオを作っておくから、ジュディは予告篇めいた雰囲気だけ今週の手紙に散りばめておいて。
なんならルームメイトのダイアナが誰かを殺そうとしてるんじゃないか、くらい想像しててくれていいから」
ジュディ「やめて、やめてってば。ダイアナ、誰も殺さないで。だめだ、瞳がいっちゃってる……た、たのむから私たちを巻きこまないでちょうだいよおお」
ダイアナ「うーん……あなたこそ、もっと修羅場をくぐってきてると思ってたんだけどな。
ねえ、そのお爺ちゃんが援助してる娘って、何人くらいいるんだろう。他の娘と同盟を組めれば、彼の正体へ近付けるかもって思うんだけど、どうかな」
ジュディ「え……な、なにを言うのよ。あたし……以外にも……女がいる?」
ダイアナ「そんなこと考えもしなかった?
実の親族にしては不自然な点がいっぱいあるし、その最たるものは、ジュディが彼のことをほとんど何も知らないことね。
素性の隠し方もあなたよりずっと手練れてるわ。当然、初めてじゃないでしょって推測ができる。
援助して成長させた娘をそのあとどうするつもりなのか。
これを監視されているヒロインの側から解き明かしていくのよ。新世代のミステリーなら、ここまでやってのけなくちゃだわね」
ジュディ「ダイアナ……あなた、いったい、何者なの?」
ダイアナ「プリンセスかな。エイリアンかも。
実年齢では少女だけどカラダはもうオトナよ。
なんと素人探偵です。
ジュディ、あなたを放っておけないの。打ち明けてくれれば、私はあなたを救えるわ。これまでさんざん苦労を重ねてきたんでしょう。そろそろ自分で道を切り拓くときじゃないのかな。
どうかしら。あたしの気が変わらないうちに、決めて」
イチコロだった。彼女は陥ちた。
ダイアナはジュディ・アボットの秘密を知ったが、もちろん口外はしない。
フィクションよりずっと刺激的なストーリーが始まりそうだ。
でも、ついでだからミステリも書いちゃおうかな。
お小遣い稼ぎに。