ジョン・グリアー・ホーム。
ホープタウンの一角に佇む、歴史ある養護施設。
ジュディはつい最近までここに住んでいた。
規則では16歳までしかいさせないという。でもジュディは17歳になっていた。
中途半端に器用すぎたせいだ。子供たちの世話と、調理・洗濯・掃除に裁縫、来客へのお茶汲みやら。何年間も、事務会計管理まで担当させられていた。
院長のミセス・リペットは無給で働かせ放題のこんな逸材を手放したくないから、飴と鞭を巧みに操って彼女を常に傍へ置き、目を離さなかった。
「きっと将来、すてきな紳士に求婚されるよ」
大人たちは誰も彼もがジュディを褒めた。
さすがに14歳くらいになると騙されてると気付くのだが、彼女は抜け出すチャンスを失い続ける。
毎日おそいかかってくるハードスケジュールと格闘しているうち、泣くことすらも忘れ果ててしまった。
「何をするにもお金が無いのよ。どうすればお金を貯められるのだろう」
それしか考えられない。
まったくさっぱりお金を貯めることができない人に特有の思考回路だ。
働けに働けど、その労働対価は彼女の手に触れることなく、周囲を潤す。甘い蜜だけ吸いに来る虫たちは常にゴキゲン。そんなカラクリが、本人からは見えない。
でもしかし、何十年どころか死ぬまで気付かない人だって沢山いるのだからね。17歳ならまだまだ早いほうだと思うよ。
抜け出せるかどうかは、ここからの戦い方次第だ。
ジュディ「ミスター・ジョン・スミスと名乗る実業家が、私を身請けしてくれたの。
あのミセス・リペットを説得したんだから、相当な交渉術の持ち主なんでしょうね。
ただ、あたしに姿を見せたことは一度もないの。醜男だからそこは詮索しないように、と秘書を通して念を押されてるわ。
あたしはクイーンズへ、特待生として転入してきた。正規の入試よりは短時間でテストを受け、面接もされたけど、感触はよかったと思う。
実はずっと心細かったの。ここまで打ち明けることのできた友人を持てて、とても嬉しい。のだけど……」
ダイアナ「あたしの親友が、孤児院出身なの。性格はあなたとかなり違うけど、それでも似てるところがいくつかあって、たしかめてみたかったのよ。
ちょっとずつでいいから、また時々話して」
ジュディ「孤児院出身?ということは、もう出所してるのかしら。
里親と縁組みして、うまくいってるってことかな。
共通点て、どんなところ?」
ダイアナ「甘えるのが苦手だし、下手だよね。
自分は天涯孤独なんだって意識が魂のかなり奥底にしっかりと根ざしている感じ。
それから警戒心が強くて、いつも周囲をよく観察してる。
油断して見せてるけど、相手の喉笛にいつでも牙を立てる準備を常に怠らない」
ジュディ「あたしとの共通点を訊いたつもりだったんだけど。
孤児にはたしかにそんな子もいるけど、その子はかなりヤバすぎでしょ。
非合法な商売で生計を立ててる人?」
ダイアナ「あたしと知り合ってからは、手堅い商売しかしてないわ。嫌いなオトコに制裁を加えるときは躊躇も容赦もしないから経験豊富なんだろうなあっていつも眺めてるけど、彼女が語りたがらないことは尋ねないようにしてる」
ジュディ「その子の影響でダイアナがこんなになっちゃったのか。
あのね。その子を基準に、孤児がみんなこうだなんて思わないでほしいの。臆病で、無力で、ただ安心できる居場所を求めているだけの子が圧倒的に普通なの。
孤児院がそのために役立っているかと言われたら、残念ながら、そうではないんだけど」
ダイアナ「あたしも彼女が普通だなんて思ってないわよ。むしろ、あまりにも普通じゃなさすぎて不思議でたまらないわ。
そのうちあたしも普通じゃないって言われることが増えてきて、じゃあ普通って何なの?と悩みだすと尽きないわけよ。
だからジュディに教えてほしいの。
孤児院ってどんなところなの?
あたしに、あなたの考える普通を教えて」
ジュディ「む、難しい話になってきたわね。あたしにだって、普通が何かなんてわからない。
でも孤児院についてなら話せる。
ダイアナはとりあえず、おかしな偏見は持っちゃいなさそうだから、むしろ話しやすいかもしれないけど……」
ダイアナ「提案してもいい?
毎週、ミスター・ジョン・スミスにレポートを書くんでしょう?それに便乗させてもらえれば、手間が省けて一挙両得だわ。
あなたが執筆するのは、あなた自身のストーリー。謎の紳士スミスへ宛ててという体裁だけど、その向こうに百万人の読者がいると想像しながら語りかけましょう。ここにダイアナ・バーリーという対話者が登場します。あたしの質問にジュディが答えていけば、それがそのままスミスへの手紙になり、ジュディの自叙伝にもなるというわけ。
インナー・トラヴェルズよ。その道案内を、あたしが務めるわ。
どう、書けそう?」
ジュディ「よくわからないけど、今週から手紙に書くネタはダイアナが考えてくれるってこと?
それは、うん、とても、ありがたいけど……」