アンは当分カスバート家に居候させてもらえることが決まった。
さて、そうなると家主である妹兄から、生い立ちについて細かく質問されるというイヴェントが発生する。
無闇に嘘を重ねるものじゃない。みたいな訓戒を、大噓つきのマネージャーから教わった。もっともだなとは思うので、どうしても話したくないところはやんわりと隠しつつ、とりあえず正直に暴露する。
アン・シャーリー。
11歳。誕生日は3月1日。
6歳まではニューブランズウィック州に母親と住んでいました。父親の顔は知りません。
母が亡くなり、孤児院入り。
そこを出て、流浪しながら働いてるうちにハリファクスでシェパード商会に拾われ、里親募集の広告に出てみたところ、アビグウェイト州のマシュウ・カスバート様に入札いただきまして、ひとまず縁組となった次第でごぜえます。ありがとうございます。
宗派については、予想通り、しつこく訊かれた。
イエス様、マリア様。アーメン。え、それはどこでも共通でしょ。
むしろ教えてください。どんな違いがあって、この家では何をするとバッドなんですか?
マリラ「クリスマスはどんな風に過ごしてきたんだい?」
アン「12月に入ると途端に町がイルミネーションだらけになって、ジングルベール、ジングルベールと浮かれ始める、あれでしょ。
よいこはサンタのおじさんからプレゼントをもらえるんですよね。ほんとは親が買ってくるんだけど。
孤児には関係のない世界でさあ。よいこにしてたら罰を多少は手加減してもらえますけど、だからどうしたって話ですよ。むしろ世を怨みたくなる季節ですね」
妹兄の微笑を見逃さない。
ジェイムズ・シェパードによるとクリスマスは旧教が創作した風習であり、新教の中でも特に厳格な宗派は存在自体を認めないそうだ。
プレスビテリアンというカルト信者だけが住んでいるアルバリーでは12月25日を普段どおりに過ごす。なおこの日がイエス様の御誕生日だというのも旧教由来の説に過ぎず、聖書に明白な記述は無いそうだ。
事前に聞いててよかった。ほっとする。
ヤマ場を越えたので、あとはややリラックス。
このカスバート邸はグリン・ゲイブルズとも呼ばれる。切妻屋根が緑色だからだ。
御先祖様の住んでいたブリテン王国では家ごとに名前をつける慣習があり、それにあやかって先代が命名したものらしい。ただ昨今、屋号をつけている家は少ないそうだ。
ご近所さんとしては、リンド家・ベル家・バーリー家の3軒がある。
アンの部屋の窓から見える灰色切妻は、バーリー家の主屋。カスバート家とバーリー家はあんまり仲がよくないが、アンと同い齢の娘がいるはずだから友達になるとよい、とのこと。
微妙な空気を感じたので念のため尋ねた。
仲が良くないっていうのは、宗教的な対立かなにかですか?
やや混みいった回答であったが、アンは概ね次のように解釈した。
バーリー家のパパは若い実業家で、取引相手は主にアンクル・サム合衆国である。かれらは宗派的には新教なのだが、まったく信心深くなく、粗野で暴力的な悪癖を持つ。
バーリー家は国政選挙で必ず自由党へ投票する。自由党が主勢になるとアンクル・サムとの貿易が活発になり、けばけばしく騒々しい風俗が大量流入してくるので風紀が紊乱する。だから、敬虔で実直なカスバート家とは折り合いが良くないのだと。
参考までに、自由党のライヴァルは保守党。
カスバート家はスペンサー家とも一致団結して保守党を応援する。保守党が主勢になれば、アンクル・サムとのつきあいを縮小して、ヨーロッパ勢特に旧宗主国であるブリテンとの関係良化につとめる。
さて現在の主勢力はどちらでしょう。
アンは答えられなかった。首相が誰なのかも知らない。考えたことすらなかったぜ。
マリラは勝ち誇った顔で教えてくれる。
12年前に与野党が逆転して以来、首相はずっと自由党から出ている。おかげで国中がすっかり進歩主義とかいう毒に冒されてしまっているところだよ。お調子者ほどいい目を見て、純朴な村人は見捨てられていくんだ、ひどい時代だね。とブツブツ。
とはいえご近所だ。表立っての戦争はしない。
アンはマリラに付き添って各家を訪問し、挨拶をすませた。
バーリー家の娘には会えなかった。州都シャーロットのお祖母様宅へ泊まりに行っており、しばらく戻ってこないだろうとのこと。
じゃ、いずれまたということで。
そのときは、どうぞ、よろしく。