感謝祭に合わせてアンはアルバリーへ1週間ほど帰省した。
一番驚いたのは、レイチェル・リンドがすっかりグリン・ゲイブルズに住みついていたことだ。自分の部屋までもらって。
食事をつくるのもほぼ毎日マリラと一緒になので、朝と夕には夫のトーマス・リンドが遠慮がちにやってきてテーブルを囲むという始末。
それでもまだまだマリラとおしゃべりしたい時間が足りないそうだ。おそれいる。
少なからぬ話題がアンについてであろうことは察するので、せいぜい夢を壊さないよう気を遣った。
それから業者を呼んで蔵書の大半を売り払い、私物を屋根裏へ仕舞いこんで、かつての自室をレイチェルに提供する。年末年始は稼ぎ時だから帰ってこれないし、仕事をするにはどうしても都会の方が便利だからねと、もっともらしく説明した。
ついでにマシュウへも最終宣告しておく。
アン「持参金を積立てしてくれてるのは知ってるよ。とてもありがたいことだと感謝しているけれど、今ですら収入差は歴然としているんだから、有意義でないことだという理解はしてくれ。
あたしが心から望んでるのは、結婚式を挙げる日に、マシュウとマリラが堂々と立っていてくれることだよ。
その先も元気なまま長生きして、手間のかかるガキ共のお守りを引き受けてくれたりしたら最高すぎるんだけど。
これからも仕送りは続けるので、貯蓄なんてする余裕があったら体と心をいたわることに投資をしておくれ。
ケチくさい儲け話に乗せられたりしたら承知しないからね。約束だよ?」
その傍ら、納屋でせっせと爆弾づくりに励む。
ミンチン・スクールからマチルダを強奪する計画はほぼ固まった。そのための準備だ。
侵入は難しいとわかった。マチルダとの接触も果たせていない。
だったら、いぶり出すまでさ。
マチルダ一人だけを攫ったのでは捜査範囲を狭められてしまうから、可能な限り大勢連れ出そう。
コッパー・ビーチズには閉じこめておける部屋がいくつもある。そこで時間をかけて全員の洗脳を解く。
彼女たちが親元へ帰る道を選択しなかったときは、不正規探偵団として組織するのもいいな。
そんなところまで考えている。ああ忙しい忙しい。
バスに揺られてシャーロットへ戻ってきたアンに、マダム・クラリスは新しい情報を伝えた。
あるエージェントを「娘の教育に不安を抱く裕福な寡夫」という設定でミンチン・スクールへ見学に行かせたという。
校長のマライア・ミンチンが応対し「当学院はまさにお嬢様のためにあるような施設ですわ」と熱弁を奮ったそうだ。
アン「貞淑な妻の養成塾だと宣言しているわけですね。おてんば、あばずれ、どんな不良娘だってミンチンは矯正してみせますよ、と。
嬉しいですね。躊躇せずやっつけることができる」
クラリス「卒業生は資産家や事業主の妻におさまってる割合が高いわね。ミンチンは社交界に顔がきくから、めぼしい独身男性に売り込みをかけて、感触が良ければ預かっている生徒の保護者に連絡をする。
両家の間で契約が成立すれば、適切な時期に卒業させると。
システマティックに経営しているようよ」
アン「なるほど。需要は確実にあるでしょうし、社交界の親どもはミンチンを頼りにもしていることでしょう。虜囚の意思など二の次三の次で」
クラリス「結婚以外では、メイドとして職にありつくという卒業の仕方もあるようよ。これもミンチンの口利き有りでだから、高級家政婦として御指名で雇われていくケースが多いみたいね」
アン「へえ、高給取りですか。それだったら、まあ、アリかな」
クラリス「アンに忠告しておきたいわ。
ミンチンの生徒たちが、みんな学校を嫌っているとは考えないことね。
そりゃ規律は厳しくて居心地はよくないでしょうけど、卒業生は概してミンチン出身であることを誇りにしているのよ。だって普通に親元で暮らしていたら、どう足掻いても手に入らなかった世界へ泳ぎ着いているのだもの。
そんな成功事例に憧れて日々修練に耐えている生徒の方が多いはずよ。心しておくべきだわ」
アン「マチルダだけは、そんな洗脳をされる前に連れ去ります。でも、1人だけはマズいんだよなあ。あと2~3人、いや4~5人は拉致したい」
クラリス「あなたの話を聞く限りでも、マチルダ自身が連れ出されることを望んでいるかは疑問なのだけれど。
アルバリー小学校でも、親を泣かせたくないって言ってたのよね?
そんなマチルダを永遠に実家から引き離そうと、あなたはしているのよ。決行前にマチルダの意思を確かめた方がいいわ。
虜囚の意思を最も軽んじていたのは自分だった、という展開を避けたいのであれば」
アン「……すみません。シンキングタイムをください。自信が無くなってきました。
マチルダは……マチルダを……おれは……」
クラリス「提案してもいい?
ファージングはどうなのかしら。彼女と接触してみたら?
もし逃げたいと言えばこの邸に匿っていいわよ。おそらく次の最下層者が同じ仕事をさせられるでしょう。
いずれマチルダが出てくるんじゃないかしら。そこまで続けてみるのよ。
ただし、くれぐれも、慎重にね」