アイドルになりたい。
そう夢見る少年少女は世界中にいる。
いなくなることは無いだろう。かれらを飯の種にする商売人たちが広告費をつぎこみ続ける限り。
テレビだって生き残りを賭けて必死さ。
過激な嘘がまかり通り、大人たちが歯を食いしばっておのれの恥部を隠したがるのも、大衆に幻想を抱かせていたいという執念あってこそだ。
それをするだけの技術と才能が伴っているとはお世辞にも言えないことが、滑稽ではあるのだけどね。
ダイアナ・バーリーは魅力に富む少女だった。
本人はその自覚にめざめていたが、数値化できないことに、もどかしさを感じていた。
受験と同じで、無理して背伸びして芸能界へ飛びこんだりしたら、その先には過酷な人生しか待っていない。常に余裕を忘れることなく、行けるとこまで冒険してこよう。これが彼女のポリシーである。
だから祖母にすべてを打ち明け、攻略ルートを真剣に相談した。
テレビ局のクルーは芸能事務所との契約を薦めてきたが、これを最初の叩き台とする。
パンフレットには、デビューして巣立っていった先輩たちの潑溂とした笑顔が満載だ。
ダイアナ「この表情をつくりあげるのも仕事のうちなのでしょう?」
クラリス「当然よ」
事務所は、所属する研修生の全プロフィールに加え、親戚やご近所の資産や年収・過去のあらゆるスキャンダル・情報漏洩の温床になりかねないかどうかまで徹底的に調べ上げる。この段階では諸手続き費用やレッスン料として研修生が事務所に金を払うので、講師の使命はモチヴェーションを途切れさせずに長く通わせることだ。
小説家養成講座と似たところがあるね。
彼女たちはそんな話をさんざんしてきたから、ここは飛ばしていいかな。
他の芸能事務所からも資料を集めたり、ネットで評判を漁ってみた。バックダンサーを養成する専門塾や、個人エージェントまで含めるとシャーロットにもなかなか多彩な芸能事務所があるものだ。
ダイアナはそのひとつに注目する。
おばあさまも興味を示した。
ギズ・エージェンシー。
さっそく行ってみる。
雑居ビルの一角を占める、小汚いオフィス。
経営者はレバノン人の壮年夫婦。
室内にはよくわからない小道具が所狭しと積み上げられ、背広から農夫、老人から子供、黒人・各種中間色・白人まで様々なグラデーションの男女が出たり入ったりして、英語その他の言語を飛び交わせていた。
かれらも訪問者に興味津々。ソファの周りは笑いに包まれ、思いもかけぬファーストコンタクトとなる。
州民でも知らない人は知らないのだが、アビグウェイトには19世紀に移民してきたレバノン人を祖とするコミュニティがあちこちにある。人口比では英仏蘭に続く規模で、過去に州首相も2名出した。1980年代のレバノン内戦期には多数の移民を受け入れる牽引者となったが、この頃にギズ・エージェンシーは同胞への職業斡旋所として開設される。
ヴァイタリティと陽気さを誇りとし、白人より低賃金でも文句を言わず働くレバノン人は、シャーロットを再出発点として各方面へ進出した。求められる仕事の中にはドラマや再現映像におけるアラブ人テロリスト役というのがあり、21世紀に入ると隣国アンクル・サムがやたらとそんな映画ばかりつくるようになったおかげで殺されっぷりに磨きをかけた名役者が何人も生まれる。
これを屈辱的だといってやめさせようとする慈善主義者は商売人失格だ。
レバノン人は概して実利を尊ぶから、白人たちがどれだけテロにも経済にも無知蒙昧であることかと冷笑しながら、求められる通りに決してめげない悪党集団を演じ続けているところなのである。
だって考えてもみなよ。
また続編ですかと悩み抜かなくちゃならない中年・老年の白人ヒーローとか、政治的に保護されて自身の民族的ルーツを語る機会すら失くしちまった先住民もアフリカ系も、全然たのしそうじゃないだろう。
そんな飼われ方、まっぴらだと思うんだがね。
レバノン人とつきあってみると、身の置き所を奪われたやつらのダサさが、すごくよくわかるようになるよ。
ダイアナはその場で、ギズと契約を結びたいと申し出た。
オーナーはすぐに用紙を一枚出してきてサインを求める。
シンプルだ。
昨今あらゆる契約には無意味すぎる時間の浪費を伴うのが普通になってしまっているが、それに疑問を感じなくなってる相手とはおつきあいすべきではないんじゃないかな。だって詐欺師はどうしたって湧くんだから。危険度に大した差が無いなら、余裕を奪いたがる偽善者の方から切り捨てていくべきだ。
ダイアナは契約書を2度読んで、いくつかの質問をした。回答に納得した上でサインした。
ちなみにギズでは月謝をとらない。
むしろ都合のいい日から当分ここへ働きに来て時給を稼いでいけという。
同じ建物の中にパブがあって、そこで皿洗いかホステスをやらせるのだそうだ。店と客がダイアナを品定めして適性を判断し、次の仕事を紹介する。
なんと実利的なシステムだろう。ダイアナはますます感動した。
ギズ一味も驚いていたことだろう。
こんな小娘、そうそういないからね。