緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§119.コーズィー・ヌック

新年明けから撮影開始だという。

それまでに決断しなくてはいけない。

 

ダイアナは行動しながら次々と決めていった。翌日には大学へ、休学申請を提出した。

スタジオはハリファクスにあり、そのすぐ近くにギズ・エージェンシーが簡易宿泊所をつくっているので、移り住む。

学寮の部屋はそのままに、家賃も払い続ける。サリーとジュディに管理と受付転送を任せ、連絡を日々絶やさぬこととする。

その他細々したことをお祖母様に一任して、とりわけハリファクスで暮らしていたことのあるアンに土地勘を伝授してもらっておく。両親へは、落ちついてから事後報告。

よし、完璧かな。

 

クラリス「どんな役を演るの?」

 

ダイアナ「わからないんですよ。制作会社の名前すら禁句だっていうような同意書に何枚もサインさせられました。

シナリオも、向こうで初めて渡されるそうです。とんだミステリーツアーですわね」

 

アン「何年か後に、ミシシッピ河流域で、首環つけられてるダイが裸で売られてるかもな。

胸の形で思い出せたら、買ってやる」

 

ダイアナ「そんな奴隷の子がいたら優しくしてあげて。あたしは自分で逃げ出すもん」

 

クラリス「だいたい想像はつくけどねえ。おそらく地上波の深夜ドラマでしょう。

予算が無いから、とにかく撮影日数を縮めるの。役者の出演料も、スターリングとレギュラーの何名か程度でほとんど使い果たしちゃうから、残りは無報酬でも働きたいっていう新人を掻き集めてなんとか体裁を整えるのよ。

そんな現場では、声の大きさで序列が決まりやすくなるものだから、せいぜい楽しんでくるといいわ」

 

ダイアナ「まあ面白そう!

きっと労働者階級の最底辺が集まって仕事をするんだわ。期間限定でそんな世界に混じって働けるなんて、大学に通うよりよっぽど勉強になるわよ」

 

アン「失礼なこと抜かすな。社会には労働者より下がいて、盗みも殺しもガチの日課なんだ。

そいつらには守ってくれる事務所も無いんだぞ」

 

ダイアナ「無茶言わないでよ。いきなり二階級降格なんて、さすがの私でもなりきれる自信が無いもん」

 

クラリス「あなたたちって。そこまで仲が良かったとはね。認識をあらためちゃうわ」

 

アン「緊急事態が起きた際、シャーロットからすぐには行けないから、フォレスト・ビルのシェパード商会を頼れ。

あいつにはおれから伝えておく」

 

ダイアナ「ミスター・シェパードね。それは安心。

夜な夜な、淋しいの……って電話かけちゃおっかな」

 

アン「あいつは、その程度の嘘すぐに見破るよ」

 

ダイアナ「ますます安心。容赦せずに甘えちゃおっと」

 

クリスマスが近くなり、ダイアナとアンはアルバリーへ帰省した。

このときアンはマチルダも実家にいるとの情報を聞きつけ、ホワイトサンズへ行ってくる。

 

ウォームウッドの私邸、コーズィー・ヌック。

ミンチン・スクールのような要塞仕様ではないので、窓越しにすぐマチルダの姿を認めた。

アイ・コンタクト。

マチルダ、散歩してくるとか理由をつけて家から出てくる。

アン、ゆっくりと近付き、抱き寄せる。

 

アン「綺麗になったな。見違えた。

でも、やつれてるようだ。

ちゃんと食べてるか?」

 

マチルダ「お陽様の光を浴びてないせいよ。

ビタミン……なんとかが生成されないの。

アッパークラスの女性は、お化粧ですべてを補うんだって」

 

アン「サラ・クルーを知ってる?」

 

マチルダ「下女の?あれ、そっちじゃないか」

 

アン「そっちのサラだ。やれやれ、絶望的に引き離されてるんだな。

おれ、ずっとミンチン・スクールを見張ってるんだ。

サラは外へ出てくるから時々話をする。でも、さっぱりマチルダへ近付けなくてさ」

 

マチルダ「ああ……そうだったのね。下女は貴人の目に触れないよう立ち回ることを躾けられるから、仕方ないと思うわ。

宿舎には下女が3人いるんだけど、あとの2人がどうしようもなくトロくて。サラに全部しわよせが行くの。

だから余裕も無いはず」

 

アン「マチルダ。おまえを連れ出したい」

 

マチルダ「うーん。……ありがたいけど、手荒なことはやめてね。

あたしたち……ミンチンの生徒たちは、走れないから。

そのハンディキャップを考慮してください」

 

アン「どうしてそうなっちまったんだ。親に言いつけろよ。もう、あんなところへ戻るな」

 

マチルダ「アンには残酷かもだけど、今のあたしを、両親はとても喜んでくれてるの。

アッパークラスの理想像に沿っているのよ。まだまだ先は長いんだけどね。

それから……あたしを引き取ってくれたとしても、アンを失望させちゃうと思う。

もう、昔のようなおしゃべり、できないわよ」

 

アン「本を読まなくなったからだろ?

大丈夫、すぐ取り戻せるよ。マチルダはおれより頭がいいんだ。

またグングン吸収すればいいって」

 

マチルダ「やっぱり。

アンは、あたしに知的さを求めてるんだってわかる。

ねえ真剣に聞いて?

ミセス・フェルプスに会いに行ったの。

図書館のドアが開いた瞬間、猛烈に吐き気がして、引き返したわ。

耐えられなかった。今も、活字の羅列を思い浮かべるだけで、こわいの。

さっきもテレビで、ヘンリー8世には6人の妃がいたって流れてたんだけど、まちがってるような気もするんだけど、いいの。感心して頷いていれば。

もし傍らの男性が何かつぶやけば、まあお詳しいんですねって、うっとり聞き流すの。

それしかできないのよ、今のあたし。

アンの友達だったマチルダは、もう、いないわ。残酷だけど、それをわかって」

 

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