ブリュエット邸から、アンに服が届けられた。
サイズの合いそうなおさがりや、仕立てたばかりのドレスまである。恭しく受け取り、さっそく着てポートレートまで撮影してもらった。
一行をお見送りしたあと、すぐ脱ごうとしたアンをマリラは険しい表情で制し、自分もおめかしを始める。
それから、二人でお出かけをした。
プレスビテリアン教会への初訪問だ。
ご近所への挨拶回りは予行演習だった。すべては、この日のため。
田舎者の勝負どころって結局宗教なんだよなとアンは憂鬱になるが、顔には出さない。むしろここが最後ならせいせいすらあ、とリラックスを心掛けた。
ところがどっこい。それは始まりにすぎなかった。
丘の上。一等地といえなくもないが、オバケの出そうな林に囲まれてて陰気だな。そう思わせる教会敷地まで来た。
礼拝堂は閉まっていたので、奥手にある牧師館まで歩く。
鉄門つきの墓地がこれまた薄気味悪く、やけにカラスの群れがうるさい。
怪奇映画のロケ地にぴったりすぎると思うんだが、そんなこと口にした途端この村に永久就職する破目になるだろう。カラスについばまれることも立派なお仕事ですよと言えるならだが。
マードック・スーリス牧師。
ネズミみたいな顔をしたおじいちゃんだった。
独身らしい。牧師館住み込みの女中ジャネットさんと同居しているが、でっぷり太った陰気なおばちゃんなので、あやまちは起こるまい。あやまち未満のなにかが起きていても知ったこっちゃないし、想像もしたくないからいくらでもお好きにどうぞと全村人が見守っている。
マリラは満面の笑顔でアンを褒めちぎり、「村の未来を担う子供ですから聖書の教えをしっかり学ばせていかないと」とか壮大な決意を表明した。
うぜー、やべー、逃げ出してー。とアンもまた過去最大級に状況を嘆くのだったが、冷静に対処した。言質をとられないギリギリのスレスレでリップサーヴィスのアクロバットに専念する。
スーリス「わかりました。さっそく次の日曜学校から来たらよい。聖書は持っているかね?
ムウ、字が読めないのか。じゃあ、そこからだな。
聖書と石盤は貸してあげる。あとはひたすら、しっかり、お勉強するだけだ。
わかったね?」
わかるかクソジジイ、なんてもちろん言わない。
さすがにアンも読み書きが覚束ないほど無学ではない。標識や指名手配書、号外の見出しくらいは読めないと逃げきれないからだ。
ただ本なんて開いたこともないし、宗教に熱心な家は留守が確実にわかるからありがたいよねと、これまでは軽蔑しかしてこなかった。だから素直に「知りません」と答えるほかなかったし、いいじゃないか一から教えてくれよ、のんびり聞いてやってるからよと。そんな余裕をつくる下心もあったのだ。
あとはおとなしく、大人同士の会話を聞き流していた。
理解されてないと思ってるからヤバいことまで口にしてる。それをこっそりストックしておくのは子供だからできる特権だ。
模範囚の仮面はとっても応用がきく。アンは多くの先輩たちから、この技術を学んだ。
スーリス「ミス・マリラ。この子を一人で出歩かせないようにしてください。最近、怪しい人物が近辺に出没するという情報が寄せられています。黒衣の男です。変質者かもしれない。できるだけ大人と一緒に。子供だけの場合はなるべく大勢で。これを徹底させましょう」
マリラ「マグ・レアードが最近また現れたって噂を聞いてるんですが、そのことですか?」
スーリス「いえ。マグ・レアードでしたら無害な物乞いですから、よく子供に声はかけますけど、特別な心配はありません。子供を怖がらせるにはよい材料ですがね。
黒衣の男は都会から来ているようだ。背筋が伸びていて、物腰が洗練されている風なのです。
証言によると、家々を見て回っているらしい。村人の姿に気付くとすぐに隠れるか、逃げ出します。危険な感じがするでしょう。だから、くれぐれも気をつけてください。なにか情報をつかんだら私に知らせてください」
アンには気になる一点があった。
マリラに訊くのは憚られたので、帰宅後、バーリー家の先にある郵便局まで行ってきた。ここにはアルバリーの地図があり、局長一家にティーを振る舞われながらゆっくりと眺めることができた。
疑いを持たれかねない余計な質問はしなかったが、はっきりと結論は出た。
この村に、警察官の駐在所は、無い。