緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§122.怪獣使いと少年

アン「おれみたいに恵まれた人間が毎日来てたら、おまえんとこのパンしか食えない労働者たちに悪いじゃないか。

だから遠慮してやってたんだよ」

 

トモリル「なんて言い草だよ。あの娘に全部ばらしてやるからね、おぼえてろ」

 

アン「あっごめんなさい。ハナさんのパンは世界一おいしいなあ。ぼく、もっと欲しいんです」

 

トモリル「むかつくねえ、まったく。

で、どうなのよ。進展してんの?」

 

アン「クリスマスに実家でマチルダと会うことができてさ。

……本人が、脱獄させてもまったく喜ばなさそうな感じだったんでね。

なんだかもう、どうしていいやら、わからないんだよ」

 

トモリル「ふうん。お嬢様になって、幸福な結婚をしたいから、もうあんたみたいなドブネズミとはつきあいたくありませんわ、ってこと?」

 

アン「てめ。よくそこまで人の心を抉りやがるな」

 

トモリル「どの口が。

で、あきらめるときはサラ・クルーも見捨てちゃうのかい?」

 

アン「あいつ、どんなだった?」

 

トモリル「毎日あんたが現れないかとキョロキョロしながら歩いてるよ。

そばかす、少しは自覚しろ。あんたは罪つくりな女だ」

 

アン「サラがミンチンから出てくるのを見張ってるような時間はもう、とりづらいんだよ。寒いしな。

トモリル。サラがあんまり弱ってるようだったら、またパンを恵んでやってくれないか」

 

トモリル「は?恵むってなんだよ。うちは救貧院じゃない。

施しはクセになるから一度きりだ。

そばかすが先払いして立て替えておくってんなら、相手してやるけど」

 

アン「そういうことか。じゃあ、20ドル預けておく。

……それって、ミセス・ハナの教えかい?」

 

トモリル「そうさ。だってうち、パン屋だもん。

まっとうな商売やってるんだ。お金のありがたみを勘違いさせたがる輩とは、おつきあいしないんだよ」

 

アン「ふうん。だからこれだけの店を構えていられるんだな。

ありがとう、また来るよ。ごちそうさま」

 

アンはコッパー・ビーチズへ帰って、今日も仕事にいそしむ。

書類の山を仕分けして、どんどん片付けていく。

きりのない戦いだ。

軽めのディナーが用意され、マダム・クラリスから「今日はギズへ行きたい気分ね」と提案される。

アンに逆らう自由は無い。

タクシーを呼び、一緒に乗る。

これもアシスタントのつとめだ。

 

男A「私ども役者からすると、脚本家の仕事までは、わかるんです。ですが原作者というのはまるで異星人だ。いったいどうやって、あんな物語を一から考え出せるのです?」

 

クラリス「たしかに地球を見下ろす神の視座で考えているような気分になることもあります。登場人物たちを動き回らせる箱庭をつくりこんでいく感じね。

でも、それは映画のシナリオライターだって同じようなものじゃなくて?」

 

男B「ぼくは本業のシナリオライターですけど、同じではないんですな。最終的に映像として完成させるものですから、脚本はパーツにすぎない。

徹底的につくりこんでは却ってダメなんです。撮影中に変えていったり、変えられてしまっちゃってたなんてことも、よくあります。

我々が何十人がかりで形にしていくものを、作家は一人でやってのけてしまう。やはり異星人でしょう」

 

クラリス「私の作品で映画化されたものもありますけど、ここでだから言いますけど噴飯ものですわ。人員も予算も労力もはるかに多くかけているのに、どうしてああなってしまっちゃうのかしら」

 

男C「それだけ多くの人が絡むから却ってよくない、という要素も大きいとは思うんです。

ただ映画は、まさにその、企画から公開までに変化がありすぎて、特別な誰かが考えたのではないものが出来上がる。それが魅力のひとつなので、やむを得なくはありますが」

 

クラリス「つまらない小説の方が数多く世に出ているものですし、責任はそれぞれの作者が全面的に負うものですから、出版界の方がよりシビアとも言えますわね。

ミステリファンが面白いと讃えるミステリと、映画ファンが面白いと讃える映画とはまったく価値基準が異なるもの、というありきたりの結論に落ちついちゃうのかしら」

 

男D「そうは言いましても、面白い小説を読めば、これを映像化したい!してほしい!と期待するのは誰しもが求める心理ではありませんか。

ところで最初に彼が尋ねた、小説家はどうやって一からこんな物語をつくりだせるのか。について先生なりの御意見を伺いたいのですが」

 

クラリス「同じ作家でも、作品ごとにモチーフやプロセスが違ってたりするものですわ。たとえば、どれについて語ればいいかしら?」

 

男E「名探偵ヘラクレスのシリーズはどうでしょう。先生の看板キャラクターだ。

毎回毎回、飽きずに彼を活躍させられる秘訣は何なんですか?」

 

クラリス「まあ。ありがたいけど、作者はとっくに飽きてるんですよ。

でも出版社も読者も、ヘラクレスが出てくるものしか求めなくなっちゃってるのよね。

こちらも商売ですから、オーダーされれば書きますけど。そのモチヴェーションを維持する秘訣をということでしたら……

一作ごとにフレッシュな主人公を創り出し、ヘラクレスに立ち向かわせて、敗れ去らせる。そんな犯人の側にありったけの愛を注ぐことかしら。

彼または彼女は確かに罪人なんだけど、ヘラクレスの方がずっと邪悪。私たち人類を、はるか高みから見くだしている、大悪魔の手先なの。

いつもそう考えながら書いているわ」

 

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