ドラマの第1話が幕を開けた。
全編、スタジオ内に組み立てられた室内セットだけで会話劇が進行する。いわゆるシットコムだ。
ブリテン島の片田舎に佇む下級貴族のカントリーハウスという設定らしい。
ヒロインは一人娘パメラ・アンドリュウズ。甘やかされて育った、世間知らずのお嬢様。
父親は成り上がり貴族の二代目。いつも金策で駆け回っている。
もと召使いを妻にして、彼女がパメラを産んだ。
住み込みの使用人が7名。
標準的なアッパークラスでは家令・執事・料理人・従僕・下男・運転手・庭師などの区別があるが、アンドリュウズ邸では女性ばかりで、掃除なども全員が同じ作業を手分けしてやるなど、実におおらかだ。
彼女たちは一律にメイドと呼ばれ、サンデイからサタデイまでのニックネームを割り当てられている。
両親はもっと上級の貴族に娘を嫁がせたいと望み、パメラ自身もハッピー・マリッジを夢見て疑わないが、そうならない人生を想像する能力は欠如していた。
だからいつも笑顔でいられるのかもしれない。
そう、パメラは常に屈託なく明るい娘という設定なのだ。
この番組を見ている詐欺師や醜男に、こいつなら俺とでもワンチャン……と期待を抱かせられるキャラクターとして造形されたのだったら、見事とはいえよう。
初回では、近隣の別荘に滞在している青年実業家チャールズが現れる。
パメラの母はすっかり彼を気に入り、ささやかな舞踏会を催して娘と急接近させようと画策。パメラはすんなり母の意を汲み、ダンスの練習にとりかかる。
お金が無いのでメイドの中から一番上手な娘を講師役にしてニワカ特訓。ちなみに練習風景は撮影されず、ドア越しにセリフ・効果音・伴奏が聞こえてくるので察してねという按配。
舞踏会もCM明けたら終わっていた態で、家族の対話でどんな模様だったかが語られる。
メイドは自分たちだけで語らう場面が多く、無造作に足を投げ出したりしながら、お茶とクラッカーをつまみつつ下町言葉で言いたい放題。必要以上に生々しい。
ダイアナ演じるフライデイの出番はまだ控え目だが、やや上品な態度で先輩たちにチクリと釘を刺すなど好感を持たれやすいイメージで仕上がっている。
チャールズはパメラに好意を抱き始め、頻繁に会うようになる。もちろんドラマだから二人きりの対話を中心に場面が構成され、順調に進展しているかのような錯覚を視聴者に印象づけるのだが……
ミステリの愛読者なら、同時刻にカメラが向けられていない場所で誰と誰が何をしていたかを常に考えるものである。その、観客に見せない部分のドラマがつくりこまれていないストーリーは底が浅いと評価される。どうだ、めんどくさい連中だろう。
チャールズを未来の夫と認め、すっかりのぼせ上がるパメラ。ある日、彼を邸へ招き、客用寝室のベッド上で恥ずかしそうにキスをねだる。
チャールズ、さわやかな笑顔でパメラを押し倒す。
そこへメイドのチューズデイが乱入。
チャールズの婚約者を連れてきていた。耳を引っ張られながら退場するチャールズ。
パメラの貞操は守られました。
めでたしめでたし。
アン「……良かったですね。まさか、これほどとは」
クラリス「ダイアナからは何も聞いてなかったの?」
アン「あいつからは言いませんよ。おれたちをびっくりさせたかったんでしょう。
さて、感想を送ってやるか」
クラリス「現場ではもっと驚かれているはずよ。多分……来週以降、ダイアナの登場シーンはどんどん増えていくし、セリフも多くなっていくはず。たのしみだわね」
アン「テレビドラマって、そんな風に途中からの方向修正って容易なんですか」
クラリス「その場の雰囲気で何だって変えていくのがテレビよ。
放送が始まって視聴者が感想をつぶやくようになると、それも逐一気にするの。ヘイトを集める役者は出番を減らされていくし、不祥事なんて起こしたら即退場。
脚本家は大慌てで残りの台本を書き直し、追加撮影と編集で帳尻合わせをするものね」
アン「できるんですか?そんなこと」
クラリス「できなければ仕事をもらえないわ。やるのよ。それが芸能界」
アン「ダイは、そんな紛争地帯に足場を構築したんですね。なんてやつだ、まったく」
クラリス「ギズでも、今頃これの話でもちきりのはずよ。
あの人たち、私の前で言うわけにもいかなくて、やきもきしてたんでしょうね。
よかったわ。今夜は思う存分、語らうことができる」
アン「あ、今夜も行くんですね」
クラリス「あたりまえじゃない。
アンだって聴きたいでしょう?パメラの裏側を知る者たちが、やっと包み隠さず感想を述べられるの。
そして今後の展開について予想をぶつけ合うのよ」
アン「しかも渦中のダイだけ、いないところで。
……最高ですね」