アンは翌昼、録画した深夜ドラマをもう一度じっくり鑑賞した。
ダイのセリフは2ヶ所だけ。複数人で声を揃えて発する場面はカウントしないものとする。
バーターで引き受けた子役を、ほんのちょっと使ってやったくらいの扱いだろう。
すでに視聴したギークかペドフェリアがエンドロールで名前を確認していることも想像する。
しかし女なら気付くのだ。「この娘、ただものじゃないぞ」と。
そして、こう推理する。「本物の奴隷か、難民の子供なのかもしれないわね」
メイドたちには序列がある。
リーダー格はサンデイ。演じる女優も、それなりのヴェテランだ。
彼女と一番おしゃべりするのがチューズデイ。痩せた年増で、キツめの性格。会話重視のドラマには欠かせない、掻き回し屋。
第1話においては、浮世離れしたアンドリュウズ親娘の団欒と、使用人部屋でひたすら陰口ばかり叩くメイドたちとの場面が交互に重ねられていく。残り5人のメイドにはまだ明確なキャラ付けが見出せず、クールでダウナーなサタデイだけちょびっと印象に残りはするけど演出的な意図までは感じとれない。
フライデイはもっと目立たない。
カメラが彼女を追わないせいだ。
男が担いでいるのだろう。指示する監督も男なのだろう。だからつい先輩女優たちの胸や尻ばかりアップにする。
そんな画面の隅に、時々フライデイも映る。
彼女はひたすら掃除をしている。
その手さばきが、達人級なのだ。
決定的なシーンがある。
サンデイとチューズデイがモップを手に立ち話。噂好きのチューズデイが、お嬢様ご執心中のチャールズには許婚者がいるらしいとの情報をサンデイに伝える。シナリオ上ではパンチラインに直結する伏線だ。
表情筋を激しく動かすような演技は求められていなかったのでカメラもやや引き気味で、先輩たちの上半身を並んで映す。
その奥にフライデイ。
しゃがんで暖炉の灰を掻き出しているところ。
埃が舞うから布巾で鼻と口を覆っている。それでもクシャミをしたか、肩が震えた。
もちろんスタジオのセットだから、ここで本物の火なんか焚けるわけもないのに。
なぜ、そこまでする?
対照的なヴェテランたちは、モップの握り方も知らず、杖がわりにしている。
与えられたセリフを感情込めて詠みあげることにのみ専念。そんな風に割り切れるからプロなのか。
安いギャラには浅薄な芝居で報いるべきか。
深く考えさせられるドラマだった。
夜。マダム・クラリスはアンを伴い、いつものパブへ。
大歓迎を受ける。やっと、やっとダイアナを肴に演技論を開陳できると鼻息荒げる先輩たちが、みんなこの日を待っていたのだ。
それはそれでみっともない態度なんだけれどね。
男J「撮影はすでに6話まで終わってますが、ダイアナが現場のムードを支配しているといっても過言ではありません。
家事の基本から応用、ライフハック級の小技大業までその場で演技指導してみせる役者なんて前代未聞ですからね。
小道具大道具係から脚本家までが、会議前にダイアナへ意見を求めにくるほどで」
クラリス「それを貴重なスキルだと認めているのなら、正当なコンサルタント料金を支払わせなくちゃダメね。
本人が請求すると角が立つから、しっかりとマネージャーがたすけてくれなきゃ困るわよ」
男K「もちろんですマダム。すでに、プリンセスには精鋭の特殊部隊を護衛につけさせています。悪い虫は一匹たりと近付けさせやしません」
クラリス「微妙に趣旨が噛み合ってないような気もするけど、特殊部隊ですって?まさか、ヒズボラ?」
男L「あ、いえマダム。さすがにヒズボラを雇うとコストがかかりすぎますので。もっと物価の安い国から来ている諜報員たちです。でも、腕は確かですよ」
クラリス「ふうん……手広いネットワークを持っていらっしゃるのね、あなたたち。
それで、ダイアナ自身はどこまで走り抜けるつもりなのかしら。滑り出しは順調だったとして、パメラが終わったら次をどうするのか考えておかなくてはね。エージェンシーだって、あの子にもっと稼いでもらいたいと、手を回しているのでしょう?」
男O「さすがはマダム。話が早い。もちろん我々も動いておりますが、なにせこの業界、一寸先は闇なものでしてね。
守秘義務や契約があろうとなかろうと、口を開けば災いしか寄ってこないのですよ。
放送が定刻に始まっても、ひとたび事件が起きれば中断され報道に全部もってかれてしまう。パメラがどんな風に終わるか、そしてその次は、なんておこがましくて、とてもまだ口にできません。
来週という未来が訪れるかどうかすら、わからないのに」
クラリス「そうかもね。でも、だからこそ考えておきましょうよ。
ダイアナが偽物の暖炉から灰を掻き出せたのは、それがどんなものかを知っていたからこそじゃなくて?」