ギルバート・ブライスは口が固かった。
知っていてもはぐらかすことが、自然体でできた。
ある日、友達に誘われて、そいつの部屋へ行った。
応接間には汗臭さをシンボルとするような男たちが数名待ち構えていて、ギルバートを逃がすまいと取り囲む。
そ知らぬ風を装ってソファに座るギルバート。
やがて、ヴィデオの鑑賞会が始まる。
ダイアナがメイド服を着て踊っていた。
口々に質問を受ける。おまえの元カノか、まちがいないか。
ギルは、まちがいないと答える。
ただし、自分もいま初めて見て驚いているところだ。休学しているのは知っていたが詮索はしていないし、実はフォンの連絡先も消してある。ほら。
もう半年以上前に別れているんだ、勘弁してくれよ。
解放され、下宿へ戻ってから検索をしてみた。
やはり彼女にまちがいない。ついに女優をはじめたのか。
向いていると思う。応援しているよ。そう心で祈った。
アクションは起こさなかった。
スキャンダルは御法度だ。今後はつきあっていたことすらも否定しよう。
ギルバート・ブライスは、そこまで気を回すことのできる男だった。
週末、現在の恋人とドライヴに出かける。
ふたりとも騒がしさを嫌う性格なので、街なかでデートすることは殆ど無い。とくにクリスは絵を描くことが好きだから、ギルの運転で様々な風景を見て回り、気に入った場所があれば駐めてもらって画材を広げる。
ギルはそれをじっと見守り、彼女が帰ろうと言うまで待っていてあげるのが常だった。
ところでこの日はダイアナが話題となる。
だってわざわざ隠すのも変じゃないか。クリスとギルは、いま、つきあっているのだから。
クリス「パメラ・アンドリュウズといったら18世紀にベストセラーとなった大衆小説が思い浮かぶけど、それのドラマ化なのかしら」
ギル「タイトルだけ拝借したのじゃないかな。時代考証をまじめにやっているとは思えない、チープな室内劇だった。女性が見て楽しめるとは、お世辞にも言えないよ」
クリス「ダイアナは、このままスターになるのかな。カレッジには戻ってこないのかな。もと恋人としては、どう思う?」
ギル「……全然わからないんだよ。つきあっている間だって、彼女の考えてることがさっぱりわからなかった。今なんて、ますますわからない」
クリス「それでも2年つきあってたんだから、ダイアナはギルのことを、安心して乗っていられる馬だと思っていたはずだよ。カップルとしての相性は、決して悪くなかったんじゃないかしら」
ギル「君は言語化がうまいよ。
そうなんだ。主従がはっきりしていた。
僕は、従でいたかったんだ。
従がいいんだ」
クリス「あたしたちの場合は、相手に寄り添っていたい同士じゃない。今は一緒にいると落ちつくけど、でも、どこかで続かなくなるのは見えているのよね。
いい御主人を見つけられるといいね、お互い」
ギル「そんな風にさあ、言葉がスラスラ出てくる君がうらやましい。
僕は……しゃべれなくなるんだ。
だから、怒らせてしまう。
怒らせてしまったんだ。
ああ、そのことすらも、うまく言えない」
クリス「言語化は難しいスキルじゃないよ。
たとえばさ、プロの画家でも自動車をうまく描けない人は多いんだけど、構造を知った上で適切な補助線を引けば、誰にだって描けるモノなんだよね。
文字を覚えて、なぞって練習するのも、基本はおんなじだと思う。
そして自由自在に描けるようになってくると、こんな面白いモノも、なかなかないのよね」
ギル「楽しそうに描くよね。いつも見惚れる」
クリス「自信がつくまで、独りで黙々とやってみることじゃない?秘訣は。
向かない人もいるのは承知よ。でもギルなら、それをしてこなかったことがもったいないって思うから。
なんでもいいのよ。貫けるものを見つけるの。
周囲に誰もそれをしてる人がいないジャンルを選ぶといいわ。オンリーワンでナンバーワンに、すぐなれる。
その自信が、ひとつめの出発点になるんだよ」
ギル「独りになれる環境は揃っていたのにな。そんなこと、考えもしなかった。もうすぐ17になるっていうのに。もったいないことをした」
クリス「ほんと、もったいないほどいい筋肉つけてるのに。ねえ、今日はできそう?」
ギル「どっちの方?」
クリス「どっちでも」
ギル「今は、君を押し倒す気分じゃないな。けど、モデルならいいよ」
クリス「オーケイ。じゃあ、これを描いたら、行きましょう」
ギル「心の準備をしておくよ」
クリス「あ……そのとき言うと萎えちゃうかもだから、いま訊いておくね。
ダイアナって、ギルの裸体画だけを見て、あなただってわかるかしら?」
ギル「え……どうだろう。わからない。想像もつかないよ」
クリス「あなたは映像でダイアナだとすぐわかったんでしょう?
それと同じことが、彼女にはできるかしら?という疑問」
ギル「想像したくないな。そんなオカズにはされたくない。
もし別な男と間違われたりしたら、いくら僕だって傷つくしさ」
クリス「そうか。ごめん。
あっ、今の表情よかった。
今夜は、それでイクわよ」