緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

132 / 190
§132.初夏の陽気

アンはミンチン・スクールの監視を継続している。

 

仕事が早く片付いた日は、こづかいを手に街をぶらつく。

なるべくファージングことサラ・クルーが通りそうな道を巡回するようにしている。

もちろんハナのパナデリアへも立ち寄るし、周辺を根城にする不良グループへも声をかけて回る。かつてサラを襲わせてアンに貢献させた連中であるが、現在はサラを見かけたら日時と場所を記録する役目を与えている。絶対にターゲットから見つけられるなよと釘も刺している。

よほどアンが怖いのか、素直に従ってくれている。

ありがたい手駒だ。だが命じられたこと以上の働きができないので、評価としてはいまひとつ。

やはりアン自身の目でもたしかめる必要がある。

 

サラ・クルーはこづかいを与えられてないし、買い食いだってゆるされちゃあいない。だから一週間も見ないでいると、すっかりやつれた顔つきに戻っている。首筋には骨が浮き出ているし肌もカサカサだ。髪も、手入れをすればダイアナくらい瑞々しくなるんだろうに。

そんな彼女にせめてパンを食わせてやるため、どうにかして収入を与えてやれないか。というのが課題のひとつだった。

このたび、それが解決した。

 

ミンチン・スクールの裏口には、業者のゴミ回収車が定期的にやってくる。

周囲の住宅は公共の廃棄場を利用するが、ミンチンではここを使わない。高貴な令嬢だらけの寄宿舎から出たゴミなんて欲しがる輩が無限に湧くから当然だ。

回収車の作業員がプレス機に投げ入れるゴミ袋は一部が透明なので、双眼鏡で覗いていると中身がわかる。アンはここに、エクセルシア石鹸の包装紙が時々混じっているのを発見した。

この会社の製品は店頭売りされていない。ネット上でも、公式が許可しているのは本部または上位階級販売員が会員に卸売りするルートのみ。

エクセルシアは純粋に製造・販売を営む企業ではなく、従業員も顧客も秘密クラブ的に結束させてしまうことで収益を安定させるのが特徴だ。忠誠を誓う者相手にしか商売する気が無いとも言えるだろう。

さて、ミンチンが生徒を販売員にしようと教育しているとは考えにくい。出歩くことさえ禁止しているのだから、ありえまい。

社交界のつきあいで一定量買ってあげていて、生徒たちに使わせている。そんなところか。

アンはシナリオを組み立ててから、サラ・クルーへ声をかけた。

ビジネスライクに交渉する。

 

アン「ミンチンではエクセルシア石鹸を使ってるって聞いたんだけど。あれ、すごく、いいらしいな。

おまえも使ってんの?」

 

サラ「みんなと同じものを使ってるわよ。

そんなに高級品なの?小さくなってきたら交換するのは、私の仕事だけど」

 

アン「ばれない程度に、個包装のまま持ち出すことは可能?」

 

サラ「できるわよ。段ボール箱の残りが減ってきたら発注するけど、いちいち残量なんて数えてないし。バスケットに入れて出てくればいいんでしょう?」

 

アン「それを買いたいやつがいるんだ。

毎日じゃなくていい。くれぐれも怪しまれないように続けてくれ。トモリルが預かってくれる。お駄賃に、石鹸1個でロールパン1袋。どうだ?」

 

サラ「いいの?そんなに」

 

アン「不服なら2袋にしてやる。そのくらいの利ザヤは稼げるブツなんだ。やってくれるな?」

 

サラ「そばかすの力になれるのね?だったら、やるわ」

 

交渉は成立した。

世間知らずのお嬢様を口説きおとすのなんて、チョロいものだ。

 

余談だが、アンはミンチンの裏口を見張っていたとき、ある男に注目した。

黒衣に身を包み、周囲からの視線を気にしながら、おぼつかない足取りで住宅街を徘徊し、廃棄場のゴミを漁っている。

ひょろ長い背格好と、皺だらけの顔つきに、薄い記憶があった。

ゴミのうち、まだ食べられそうな残飯には見向きもしない。浮浪者ではなさそうだ。余白のある紙束やメモ帳などをポケットに入れることがある。それにしても何が目当てなのだろう。

やがて、わかった。

老人や病人を抱えている家をとくに狙っていて、ゴミ袋の中に調合薬や市販薬の未使用分が捨てられていると、嬉しそうにポケットへしまうのだ。薬物中毒者なのであろう。

 

ある日、余裕があったので、アンは男を尾行した。

初夏の陽気で日射しも強く、いつもふらついている足が一層重たそうだった。

彼は公園の給水場で、ポケットから出した薬を無造作にあけ、頬張って呑みこむ。

おちついたようだ。また歩き出す。

見てるだけで胸が悪くなるから追跡やめちゃおうかとアンは辟易してきたが、こいつがここでくたばったらそれきりだしなと、黙って耐えた。

仮にそうなったところで、助けてやる気など微塵も無かったが。

 

最終的に黒衣の男は、プレスビテリアン教団本部にほど近い、古い牧師館の中へと消えていった。

やはり、あいつだったか。

教団よ、きちんと隔離しておけよな。そうアンは毒づいた。

 

パナデリアのトモリルから大量の石鹸を買い取る破目になったアンは、その使い途を考えねばならなくなる。

分析したところ単純製法の合成洗剤で、品質保持期限を延ばす目的からか保湿成分は少なく、酸化防止剤は過剰に含まれていた。

溶かして精製して香料を混ぜれば売りものにならなくもないが、採算はとれない。

銃口に押しつければサイレンサー代わりになるか。

それにしても、こんなに要らない。

はてさて困ったものだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。