緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§134.プライド

アンは、マダム・クラリスの魔力に惚れ直している。

やっぱりこの婆さん、ただものじゃない。

 

アンがアルバリーへやってくるまで、どこでどんな人生を歩んできたのか。

断片的には語ったことがある。

モンクトンで化学マニアの少年に弟子入りしていたエピソードなんて鉄板ネタだ。その話でひとしきり盛り上がってしまえば他のことは喋らされなくてすむ。

ほっといてもらうためには、大仰な尾鰭だって付けるさ。

だがクラリスはずけずけと容赦なく訊いてくる。

孤児院って、どんなところだったのかと。

 

アン「この世のありとあらゆる醜さを学べる場所でしたね。おかげで怖いものが無くなりました」

 

クラリス「具体的に教えてちょうだい。たとえばどんなエピソードがあったの?」

 

アン「古着を寄付してくださいって箱を玄関先に出しとくんですよ。子供がねだったんだか親が血迷ったのか、ケバケバしくて気色悪いのがよく入ってるんですね。

それ着て奉仕活動に出させられると、石投げられる格好の標的です」

 

クラリス「自分が悪いんじゃない、服のせいだって思えばいいじゃない。他には?」

 

アン「職員たちは、1に道徳、2に道徳。それから真面目に勉強し素直であれと。口を揃えて毎日それしか言わんものですが、自分にだけなびくガキなら優しくしてやるって態度がこれまたあからさますぎて。

学習効果としては完璧です。

道徳、イコール、好かれたい相手に全力で媚びる行為。

心に刻みこまれます」

 

クラリス「あなたへは刻みこめなかったわけね?」

 

アン「劣等生でしたから」

 

クラリス「孤児院の職員というのは、子供から見てどういう人種なの?」

 

アン「他で雇ってもらえない、クズの吹き溜まり。

子供相手なら威張りちらせるから、これまでの人生で損してきたぶん取り返してやるって熱意だけはあったりなかったり。

風俗行く度胸すらない童貞が、女児でも男児でもフェラチオさせ放題なんて快楽を覚えたら、そりゃやめられなくなりますよね」

 

クラリス「する方だって気に入られたくて媚びるわよね。子供同士のライヴァル意識だって熾烈でしょう」

 

アン「そりゃもう、すさまじいです。

どいつも大人の前では絶対に素なんて晒さないというプライドがあって。夜大人たちが寝静まってから、こっそりターゲットを虐めにいくんです」

 

クラリス「その言い方だと、あなたは虐める側だったのね」

 

アン「やられたことだってありますよ」

 

クラリス「逃げ出したりはしなかったの?」

 

アン「手下どもを見捨ててですか?それはもったいない。

おのれが非力であることは知ってましたから、外の世界で戦っていける自信がつくまでは必要な修行時代なんだと割り切ってました」

 

クラリス「アルバリーへ里子に出されたのは、機が熟したと思ったから?」

 

アン「うーん。ま、そうですね。

ジェイムズ・シェパードと出会ったのが大きな転機となったことは確かですけど」

 

クラリス「シェパードねえ。

ダイアナが、どうしても口説き落とせないってヤキモキしているわ。あなたから助言してあげられることはある?」

 

アン「さあ。あいつの考えてることなんて、さっぱりわからないんで」

 

クラリス「孤児院を去るとき、子供は泣くもの?笑うもの?」

 

アン「え?……ああ。孤児院では、泣くヤツなんてまず、いません。

笑ってるヤツは要注意です。

その他のほとんどは、緊張して顔をこわばらせてますよ。これから何をやらされるんだろうって不安で一杯だから、引き取り手の一挙一動を必死で観察しているのが普通ですね」

 

クラリス「笑ってる子が要注意なのは、なぜ?」

 

アン「絶対、なにか、たくらんでいるから。

すでに相手の弱点を見つけたか、新しい経歴を手に入れて始めることを決めているんでしょう。

だいたい不自然ですよ。弱肉強食の世界に生きてた者が飼われることに希望を抱くなんて、あるわけがない」

 

クラリス「アンは、アルバリーへ来たばかりの頃、さぞかし笑っていたんでしょうね」

 

アン「やだなあ。見てたんですか?

まあ、笑ってたかな。毎日。

カスバートさんはいい人たちだし、バーリー家の皆さんも楽しく遊ばせてくれたし。ベルさんも面白い人だし。

学校へ通うようになってからは、なんだか普通の生活ってのにすっかり馴染んじゃって。自分が孤児だったってことも一年の大半、忘れて過ごしちゃってますよ」

 

クラリス「お上手ねえ。

そのくらい賢くないと、ミスター・シェパードのお眼鏡には適わないわね、きっと」

 

アン「ダイアナはたぶんおれに対抗心を燃やしてるんでしょう。シェパードのことなんて話題にしません。

マダムには相談をよくするんですか?」

 

クラリス「あの子は私にだって対抗心を剥きだしだわ。直接は言ってこないわよ。

でも、嘘をつくのがほんと下手ですからね」

 

アン「なるほど。勝負になってないや、アハハ」

 

クラリス「ほんと、勝負にならないわ。アンがなにをたくらんでいるのか、さっぱりわからない。

今夜も負けね。疲れちゃった」

 

アン「……はい?」

 

クラリス「もう寝ましょう。人間が寝静まらないと、人形たちもヴァンパイアも動き回れないわ。

世界の謎を解くためには、かれらのたすけが必要なの。

じゃあね、アン。また明日、おしゃべりしましょう」

 

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