アン「そもそも教育って免許制なんですか?」
プリシラ「連邦政府または州政府が発行した教員免許を持った者しか採用しないという学校は、けっこうあるね。
ただ、必須ではないけれど持っている人なら優遇します、と謳う民間のカルチャーセンターや児童養護施設なんかもあって。
免許がより力を発揮するのは、そんな会社の方だよ」
アン「免許が有っても無くても雇ってくれる職場では、その有無によってどのくらい給与が違いますかね。倍くらい開きますか?」
プリシラ「あたしはまだ実際に就職した経験がないから、あくまで通説では、だけど。
入社したての段階で給与に差をつける企業は、ほとんど無いと聞く」
アン「へえ?」
プリシラ「理由は、給与を安く設定されてる方の社員が、やる気をなくすから。
ちょっと複雑なんだけど、免許だけ持ってて実務経験の無い新米先生は、職場のお荷物になる可能性も大きいんだ。
そんなのに最初のうちから高い給料は払わないってさ」
アン「実務経験こそが重要だという意味ですか。先生というものは」
プリシラ「まさにそう。
運送会社がトラック運転手を募集するときも同じらしいよ。免許持ってて長距離走った経験のない、でもやる気を漲らせてるフレッシャーズほど恐ろしいものはない」
アン「そりゃそうだ。でも教師に当てはめてみるとなると……?」
プリシラ「1年か、せめて半年は試用期間だね。
問題児の少ないクラスを割り当てて、経営者はそいつの仕事ぶりを観察する。
どんな種類の教室であれ、先生は生徒たちから相談を受けるだろ。深刻な悩みを打ち明けられもするし、プライヴェートなおつきあいを迫られたり迫っちゃったり、様々な誘惑にも直面する。
どの程度、対応能力を持つか。これは残念ながら免許が保証してくれるもんでもないからさ」
アン「いちいち、もっともです。実戦を重ねて鍛えあげていくしか無いもんじゃなかろうか」
プリシラ「3年目くらいがヤマ場というね。なにひとつ問題を起こさなかった先生の多くが、急に力尽きて辞めていったりする。
でも、そこを乗り越えたら免許持ちの方が伸びていくんだよ。
経営者も、より難しいクラスを担当させて、そのぶん給料を上げてやらんと他へ移られるからな、と考えだす」
アン「時間かかるなあ、教師を育てるのって。
その頃に免許が効いてくるのは、どうして?」
プリシラ「これは、むかし教師だった兄からの受け売りだけど。
大学で履修した教育理論なんてもんは、畢竟すべて綺麗事。究極的に理想論。
先生という職業に就いている限り、現実はちっとも甘くない。ひたすら苦みばしった棘だらけの世界なのだと思い知らされる日々を送ることになる。
だから教師としての経験を積んだあとに教員免許をとるのは、不可能なんだってさ」
アン「ふうん。だから、とるなら早いうちにとっておけという理屈?」
プリシラ「すごいな君は。なんでわかる。そのとおりだ。
兄は、こうも言うのだ。大学生だった頃の自分は、教師に憧れを抱いていた。理想とすべき先生の姿に、将来、なってみせるのだと、堅い信念を抱いていた。
免許はそのときの結晶だ。どんなにやさぐれた気分になっても、理性をそこまで引き戻してくれる、魔法の杖みたいなものなんだと。
だからそれを持っているのといないのとでは、最後の踏ん張りが違うのだよと。そんな風な教えだったよ」
アン「よほどの苦労を重ねたんだろうかね。魔法の杖か。
きっと杖も誇らしく思ってますよ。いい御主人に仕えることができたと」
プリシラ「面白い発想をするね。そう、それであたしも教員免許をとっておくことにした。
先生になりたいという目標がはっきりとあるわけじゃないけど、その杖さえあれば、どんな土地へ行っても怖くなくなるような気がしてね」
アン「先生になるための勉強ってのは、具体的にどんなことを学ぶんですか」
プリシラ「あー。それを話すと、幻滅させちゃうかな。
まず児童心理学とか、規範倫理とか、架空の怪獣を解析して知ったかぶる座学を履修する。
実習もやって、幼児たちから股や胸を触られまくることに慣れておく。
あとは、礼儀作法を厳しく採点されるね。子供にお手本を示すためじゃなく、勤務する学校や施設で校長や先輩たち、それから保護者に嫌われないようにするためのABCだ。
一般企業向けの就職活動プログラムでここまで力を入れるのは聞いたことないので、教育産業分野独特のカリキュラムなんだろう。頭が固いまま威張りくさってる経営陣が殊更に多いからね」
アン「ああそうか。教育だって経営だもの。
事業を展開する以上は儲けなきゃならない。
だったらどんな社会をつくれば自分たちの産業を繁栄させていけるか。そう考えていけば、行き着く先も予測できるからね。
魔法の杖がそれを指し示してくれるのか」