ミス・ジェニファー・ハニー・トランチブル。
アルバリー小学校でずっと低学年クラスの担任をしている。
彼女も夏休みだ。
ふだん滅多に外出もせず、友達といるところも見たことないし、おしゃれにも無関心で趣味も持ち合わせていない彼女が、アンに誘われてシャーロットまで出てきた。
マイカーをひとりで運転してきたのにもかかわらず道に迷って、約束の時間に遅れる。
あいかわらずすぎてアンはホッとした。こんな先生を見ていたらどんな子供だって、生きていく自信をつけるだろう。
アン「それにしたってもう少し大人の自覚を持ってくれませんか。遅れるとわかった時点で車を停めて連絡をくれるとか」
ジェニファー「ごめんなさい。どきどきしちゃって。それに、フォンの使い方が未だに苦手なの。電話しなきゃって思うと余計に慌ててしまって」
アン「よくそれで先生になろうなんて思いましたね」
ジェニファー「他の仕事はもっとできないから。
結婚しても、相手や御両親をがっかりしかさせないってわかってるし」
アン「いきなり結婚を考えてるのがアウトです。
まずはノーマルな恋愛から。その前に友達をつくりましょう。異性じゃなくて同性の。
そこから勝手につながっていくんですよ、なんでもかんでも」
ジェニファー「アンって、すごくたくましくなったわね。どんな仕事だってできそうだし、誰からも頼られてそう」
アン「いいえ。マチルダを救出するどころか、会うことすらもできてません。なにか知恵をくださいよ」
ジェニファー「数日前、またミンチン・スクールへ電話して、面会を申し込もうとしたの。初めて5分以上引き伸ばしたわ。
でも最後はやっぱりしどろもどろになっちゃって、プチッと切られちゃった」
アン「絶望的だなあ。
あ、絶望的といえば、ミスター・フィリップスを見かけましたよ」
ジェニファー「え?あの……アンが来たばかりの頃に先生をやっていた、ミスター・フィリップス?」
アン「ええ。こっちの牧師館に住んでるらしくて、時々散歩してる姿を見かけます。いつも幸せそうな足取りですね」
ジェニファー「へえ……厳しいけど、いい先生だったわよね。あたしもいっぱい、いろんなこと教わったな」
アン「……ねえ。ジェニーにとって、理想の教師像ってのは、どんなのですか」
ジェニファー「え?それを、あたしに訊く?アンって残酷なのね」
アン「じゃあ答えなくていいから、おれの話を聞いてください。
おれは、まともな教育なんか受けちゃいません。むしろそんな経験してこなかったからこそ、いまの自分があると思ってます。
極端に言っちゃえば学校なんてあるからガキがひ弱なまま育つんですよ。
ま、これが暴論だってことは承知してます。
じゃあせめて学校という制度を利用して、もう少しマトモなことをやっちゃいなよと考えたとき、どんな先生が望ましいんですかね。
さっぱりイメージが湧かんのですが」
ジェニファー「難しいと思うわ。でも、どんな先生だって、ひとりひとり考え悩んで、せいいっぱい、いい先生であろうとはしているはずだと思うのよ。できるかどうかはさておき。そこは、斟酌してあげて」
アン「正解なんて無いんでしょうけど。それにしても、じゃあなんでもアリなのかよって。ますますバカをどつきたくなってくるんですよね。
せめて愚か者を量産させないシステムくらいはつくっておかないとなあ」
ジェニファー「話題を換えていいかしら?
ダイアナが出てるっていうドラマ、なんとかして見てみたいんだけど。
そのためにシャーロットへ出てきたのも理由なのよね」
アン「ああ。そんな話もしましたね。
アルバリーに電気がきてないってこと、すぐ忘れちゃうんですよ。
今夜、コッパー・ビーチズへ泊まるんでしょう?全話録画してますから、気のすむまで見られます。あせらなくていいです」
ジェニファー「ダイアナはねえ。5歳の入学式から印象深かったけど、女の子の夢をぜんぶ叶えちゃって、ほんと、すごい子よ。
これからますます美しくなって、強くなって、輝いて、大きくなっていくんだろうなあ」
アン「念のため言っておきます。
男性向けの深夜ドラマで、胸も尻も男に触らせ放題な女どもの一員ですからね。
あんまりオトメチックな期待はしていない方がいいです」
ジェニファー「ダイアナは……脱いだり……してるの?」
アン「画面に映される範囲では、まだ。
裏ではすっかり爛れたビッチを満喫してるみたいですけど」
ジェニファー「ううん、そうかあ……そうかも……そう、なんだろうけど……」
アン「深刻に考えなさんな。まずは自分の目で見てみるんです。
ああもう、そんな単純なことが学校出のバカにはできなくなるんだ。どうしてでしょうかね」
ジェニファー「ねえアン。またまた話題を換えるけど、あたしはずっとアルバリーで先生をやってきたのね。
世話をやいてきたおチビさんたちがどんどん大きくなって、彼氏彼女をつくるようになって、仕事も始めて。
最初の年の子たちが、もう何人もパパやママになってるの。そんな子供たちをずっと見守っていられるのは、素敵なことよ。
あたしが曲がりなりにも先生を続けていられるのは、この喜びのおかげなのよね。
だから、そんなささやかな幸福で満足しているようなあたしに対して、もう少しだけ、気遣いをお願いしたいのだけれど?」