緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

138 / 190
§138.一点のミスも無く

夏といえば受験のシーズンでもある。

クイーンズ・カレッジでも7月に試験と合格発表が行われ、アンは臨時収入を得た。

 

アビグウェイトはのどかな島なので、州都シャーロットといえど住民の所得格差は大した幅ではなく、不良といったところで恐れるほどのワルでもない。

モンクトンでは今も指名手配中の、某少女にとって、そんな連中を初日でビビらせ配下に従えるなんてことは余興のうちだった。

不良少年少女は自宅に暮らし、普通に社会人やってる両親の前ではそこそこよい子を演じ、ミドルスクールやハイスクールにも通っている。

アンにはかれらのどこが不良なのか、わからない。

一方の側には、内容も問わずに規則さえあれば安心して遵守するモラリストという集団もいるが、どちらかといえば後者の方が思考力の欠如した役立たずじゃないかと思う。

つきあいやすいのは不良の方だ。

かれらの幾人かは受験生で、群れている間も終始ブツクサぼやいていた。

そこにアンは目をつけたのだ。

 

アン「クイーンズの入試問題を手に入れてきてやったら、いくらで買う?」

 

ダイアナの受験勉強につきあってきたから、どんなものかは大体知っている。

本番は7月だから、作成する側の最終工程は6月か、早くても5月末頃だろう。秘密厳守で制作され、大学内でチェックされ、完成したら学長や専門委員会の承認を経て、当日まで金庫にでもしまっておかれる。

小説家の邸から直筆原稿を盗み出す方が、よっぽど難しいぞ。

 

それでは、やってみるか。

春に知り合ったクイーンズの在学生を手先にして、アンは学内の様々な情報を得る。

学生たちに講義をする教官たちは資格や権威の大小によって教授・助教授・特別講師・修士などと階級分けされるが、原則全員が個室をもらえる。クイーンズに何年も籍を置く古株になってくると、部屋は文献や研究材料で足の踏み場もないという。

助手や、スカウトした特命学生にまでIDカードと机を与えている教授もいたり、企業と癒着していれば部外者がひっきりなく訪ねてきて談笑しているなんて光景もよくあるそうだ。

そんな教員たちが、実務はともかく毎年の受験問題を作成する責任を負い、互いに査読して一点のミスも無くなるまで磨きあげ、最終承認を経て完成。全過程が門外不出であることは無論である。

フム。

ここまで聞いて、脆弱点だらけじゃないかとアンは思う。

 

昔だったら身軽さを駆使して潜入したものだが、もうその手は使えないから遠隔操作でターゲットを絞りこむ。

教員の中で、最もだらしがなく、部屋が汚いのは誰か。

ギリシャ語専攻のヒルトン・ソームズ講師で決まりだ。

昇格の可能性は無く、クイーンズとしてもお荷物扱いなのだが古参級で泣き落としも得意なので馘にもできず、ずるずると。

最高じゃないか。

 

ソームズは長年、メラスという男をアシスタントとして雇っていた。

メラスもIDカードを持っていて、主人より早く出勤し、夜も遅くまで仕事をする。講義のための資料作成から、経理・申請など事務作業全般、掃除まですべてやってのける。

メラスはソームズから預けられたIDで学内ネットワークにログインし、ソームズが持つアクセス権をフル活用して諸々の作業を片付ける。署名だけは責任者自身でないとできないように思われがちだが、御主人が忙しければ代筆することもよくある。

これだけ完璧なアシスタントがいてくれると、ソームズはなにひとつ自分ではできない大人に育つ。

最高すぎてたまらん。

 

アンは3人の男を雇い、何度かクイーンズへ派遣した。

「ギリシャ語通訳実践ガイドブックを出版したく、その監修をソームズ先生にお願いしたい」という商談だ。

生まれて初めての大役に興奮し、褒めちぎられて有頂天となるソームズ。

メラスは隣室で高笑いを聞きながら、また仕事が増えるのかよとウンザリする。

3人のうちひとりが、そんなメラスの心に付け入る。積もり積もった鬱憤を吐き出させてやり、24時間いつでも通話やチャットに応えてやるポジションにくらいつく。

ソームズはスケジュールをよく忘れる男なので、3人が来るとメラスしかいなかった、なんてこともあった。

ひとりがふたりを前に「我々はメラス氏とこそ契約をするべきだ!」と説得を試みる熱いドラマも演じられたりして、心理的防壁にどんどん穴が開けられてゆく。

やがて試験問題集の最終ヴァージョンが完成したので、持ち出した。

アンは3人にボーナスを弾んだ。

 

次は投資を回収する段階だが、欲しがる相手はそこそこ頭の良い連中なのであるから、足許を見られないよう気をつけねばならない。コピーを売りつけるなんてのは最悪手だ。

アンは全問題をひとまず暗記し、受験生から求められれば一問ずつそっと耳打ちして教えてやった。そいつが目の前ですぐメモをとったりすれば、そこで関係を断つ。

もちろん大抵の人間は10問も聞けばその日はギヴアップだ。アンは小銭をじゃらじゃら鳴らしながら、「また来いや」と誘ってみせる。

いざ入試が始まってからが凄かった。

「教えられた通りの問題が出た!」と驚愕した受験生たちが「明日の問題を教えてくれ」とアンの姿を捜して駆け回るのだった。

 

アンはコインがポケットに入りきらなくなると、トモリルの店へ預けに行く。

「あの少女に会いたいならパナデリア周辺をうろつけ」すぐにそんな噂も広まるようになった。

 

受験どんどんやってくれ。こんなに儲かる商売はない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。