緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§140.どんな悪魔でも

夏休みには事件や事故、そのたびに周知徹底される注意喚起が多い。

だから、女子大生が盗難車に撥ねられたニュースなど翌週にはすっかり忘れ去られた。

警察も初動捜査でやることやっちゃったら、それ以上は動きようがない。

犯人が同じ手口で第二・第三の凶行に及んでくれればいつかは捕まえてみせるのだが、そんなわかりやすいシリアルキラーなんて現実世界にはそうそう、いない。

 

パレアナ・フィテアは記憶の一部が混濁していたり平衡感覚を正しく認識できなくなっていたりなどの障害を負っていたが、担当した脳外科医によると、騒がれているほどひどいダメージではないとのこと。

友人たちとの日常生活を再開させれば、いずれ元通りになるであろうとの診断だった。

しかし骨折した足の方は重症で、おそらく生涯、車椅子生活となる見込み。

 

手術が終わり、意識が戻ると当人自らの希望もあって面会がすぐに許可された。

実家から駆けつけた保護者はじめ、学友や教職員、地域のボランティアサークルや実習先で知り合った老若男女が次々とパレアナを見舞いにくる。

どうやらこの娘、ものすごく人気者らしい。

お友達にゃあなれっこないぜとアンは内心脅えながら、美味しいパンを手土産に訪問した。

 

パレアナ「まあ!ありがとう。ハナのパナデリアでしょ?

すごくいい香り。ここのパン、大好きなの」

 

アン「あ、御存知でしたか」

 

パレアナ「え……と、アン・シャーリー?

ごめんなさい、記憶が出てこないの。どちらでお会いしたかしら」

 

アン「あ、対面するのは初めてなんです。

実は事故現場を目撃したんですよ。それで、とても気になってたので、つい、様子を見に」

 

パレアナ「まあ!それはさぞや御心配をおかけしたことでしょう。心からお詫びしますわ」

 

アン「あなた被害者なんですから。

それで、犯人まだ捕まってないじゃないですか。

ぶつかる寸前、運転手と目が合いましたか?顔、おぼえていますか?」

 

パレアナ「ああ、心苦しいわ。刑事さんたちにも幾度訊かれたか。全然おぼえていないんです。

あの日はドクター・チルトンの診療所からミスター・ペンドルトンのお邸へ向かう途中だったはずで、急いでた……みたいなんですけど、気がついたらここで寝ていました。

足の感覚が無くなって、今も変な感じ」

 

アン「なんとも、せつないお話です」

 

パレアナ「でもねえ。死んでてもおかしくなかったんだし。下半身不随くらいですんでよかったじゃないですか。

しゃべれなくなってたり、見たり聞いたりができなくなってたら、それはもう、つらかったんじゃないかと思うんですけど」

 

アン「ずいぶんとポジティヴ思考ですね」

 

パレアナ「そしてまたこのパンとめぐりあえた喜び!あたしは本当に幸せ者よ。いいのかしら、こんなに素敵なことばかり起きて」

 

アン「いや……まあ……そんな風に振る舞っていられると、どんな悪魔でも、すごすご退散しそうです。

そうか。こんなスピリチュアル効果ってのも、あるものなんだ。

すごく気圧されますね」

 

パレアナ「あたし、フランクフルトに3歳下のペンフレンドいるんですよ。

電話やチャットもするんだけど、本や手芸品を国際便で送り合うときに直筆でお手紙を書くから、文字通りのペンフレンドなの。

彼女、ちょうど3年前の夏、遊びに来てくれていて、スタンレーブリッジで事故に遭ってしまったの。

それ以来車椅子生活で、一時はすごく気落ちしてたんだけど、生来負けん気が強いから今じゃ車椅子バスケのエースになっていて。

あたしも、3年後にはそのチームに入ってるかもしれない。そんなことを想像しているとね、ワクワクしてくるの」

 

アン「……その娘、スイス生まれの小間使いを連れてませんでした?

本人はかなりお金持ちの、お嬢様で」

 

パレアナ「まあ!クラーラ・ゼーゼマンを知っているの?

お付きだった子はアーデルハイトよ。

え、アンはもしかしてあの病院にいたの?」

 

アン「養母が入院してたんですよ、あの夏。

まさかなあ、びっくりだ。

じゃあおれ、パレアナとも会ってたかもしれませんね。記憶はちょっと無いんですが」

 

パレアナ「あたしも記憶に無いから、そこはお互い様。

ね、ツーショット撮りましょ?

クラーラに送ってあげるの。きっと励まされるわ。

どんな時でもあなたは誰かに注目されている。だから常に堂々としていなさいねって。

こんなに説得力のある教訓は無いでしょう」

 

アン「ハ……ハハ。あの二人は強烈な印象でしたからねえ。

メイドの、アーデルハイトの方は、今もクラーラと一緒にいるんですか?」

 

パレアナ「クラーラのマネジメント担当になっているわ。

やりがいのあるお仕事です、っていつも言ってる。

デルフリという温泉町から崖を登った高原にアーデルハイトの暮らしていた家があるんだけど、クラーラはそこで半年ほど療養したの。

それまで、どんくさい田舎娘だと思っていたアーデルハイトが、空気が薄くなるほど元気になって朝から晩まで走り回ってたんですって。鳥や花や虫たちの名前と特徴を全部言えて、何十頭もいるヤギたちの区別も完璧につくの。

クラーラはそれ以来、彼女を師と仰ぐようになって、言いつけをすべて守るようになって、だからスポーツにも強くなれたのね。

それもこれも、あの事故のおかげと言えるかしら。あたしたち、本当に幸せ者よ」

 

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