緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§144.よく来るふたり

高層階のカフェ。

よく来るふたりが、今日に限って一番奥の、窓からも離れた照明暗めの席に陣取った。

店舗側もわかっていて、話し声が漏れにくいよう配慮してある。これこそ信頼される店づくりの秘訣かもしれない。

 

シェパード「メールは読んだが、もう一度順を追って説明してもらっていいかな。僕は芸能界の流儀には、それほど通じていないんだ」

 

ダイアナ「パメラはクランクアップしました。

その2週間ほど前から、ギズのマネージャーがあたしのスケジュールをびっしり押さえてたんですが、入念なメイクをしてスーツ着た男たちと会食、みたいなジョブがだんだん増えていきます。

具体的な商談は出ないんですが、期待の新人を売り出したくて営業をかけてるんだという説明で、オーディションの一種だと思えって。

そしたら3日前、ついに来ました。

ジェーン・エアの、主役を演れと」

 

シェパード「いきなり映画の主演なんて、大抜擢だと思うところだが」

 

ダイアナ「気に食わないのは、いいことしか言わないんですよ。

当人のサインありき、は分からなくもないんだけど、その契約内容を全部ちゃんと開示してもらえないんですよね。

ギズと契約した最初のときは、かれらはもっと誠実でした。

そう、誠実さを感じないんです今回。

だから返事を引き延ばしてます」

 

シェパード「君がどれほど高値で売れるか、ようやく皆が気付いたというところだろう。

無理もないとは思うけれどね」

 

ダイアナ「脚本はまだ無い、監督もこれから決めるって話なので、せめてあたしが原作を読んで検討する時間をくださいって言いました。

それすら拒絶されるなんて、絶対に怪しいでしょう」

 

シェパード「原作はペーパーバックで600ページ以上あったはずだ。

私見だが、ほぼセリフだけで構成される台本やインタビューのような形になってはいない書籍を、スラスラ読める芸能関係者は稀有なはず。

君が読むと言ったのを生理的に忌避しただけかもしれないよ」

 

ダイアナ「ジムはジェーン・エア、読んだことあるの?」

 

シェパード「ない」

 

ダイアナ「アンに電話したら、ひと晩で読んで粗筋を教えてくれました。

うんざりするほど暗くて地味だし、最後まで救いが無さそうです。

きっと何年もかけて撮るプロジェクトでしょう。このままクイーンズを中退させられそうな雰囲気だし、苦悩が似合う女ってイメージつけられるのも嫌なんで、いっそギズとの契約も破棄してアビグウェイトへ戻りたいっていうのが現在の偽らざる心境です」

 

シェパード「いわゆる文芸大作というジャンルは、高尚ぶりたい貴族階級に受けがいいんだよ。

君を主演に、アカデミー賞でも狙う気なのだろう。

方向性は明確だ」

 

ダイアナ「賞だの権威だの持て囃す人たちって、どうせ審美眼も批判的思考力だって、持ち合わせていないでしょ」

 

シェパード「どちらも使わないとどんどん錆びていくセンスだから、壊滅的に退縮してしまっているだろうね」

 

ダイアナ「ハア。ときめく要素がなにひとつ無いとは」

 

シェパード「一足飛びに芸能界を辞めるつもりでいるみたいだが、マネージャーに今の考えを伝えて、ジェーン・エアの企画だけをひとまず辞退するという選択肢はとれないのかい?」

 

ダイアナ「言いましたよ。少なくとも私からは、まさにその通りのことを言いました。

でもマネージャーにとっては受け入れがたい選択のようで、話がちっとも噛み合わなかったんですよね。

ここまでさんざん根回しして営業して、やっとビッグチャンスをモノにしてきたのに、あたしがそれを喜ばないのが理解できないみたいです」

 

シェパード「せめて途中経過を共有しつつ、君の意見も聴きながら進めていけばよかったのかもしれないが、あとのまつりだな」

 

ダイアナ「サプライズで結婚式場予約してきたぞー!ハア?女が喜ぶと思ってんのか。に近い話なんです。

その瞬間に破局ですよ。あったりまえじゃないですか」

 

シェパード「残念だがしかし男はやりがちなんだよな、そういう失敗を」

 

ダイアナ「ジムはしないでしょ」

 

シェパード「結婚式場をサプライズ、はさすがに無いが、僕だってそれなりの失敗は重ねてきたよ。

君のマネージャーも、今回の失敗を糧に、ひとまわり成長してほしいものだと思っておこう」

 

ダイアナ「次に担当するアイドルにはちゃんとしてやりなよ、ってところですね。

あたしはもう彼のことを信用できないので、お別れです。

ダイアナ・バーリー・アズ・ジェーン・エアはこの世に誕生しません」

 

シェパード「決めたのか。なら、いいじゃないか」

 

ダイアナ「はい。では、ここからあらためて本題なのですが」

 

シェパード「うん?」

 

ダイアナ「シェパード商会へ移籍させてもらえません?

芸能部門がこれまで無かったのであれば、新規起ち上げで。

いかがでしょう」

 

シェパード「なるほど。

却下だ。そんなことをしたら、うちとギズとで全面対決が始まる。

なんの準備もしていない段階で物騒な火種を持ちこまないでくれ」

 

ダイアナ「たしかに、もっともですね。

じゃあいったん普通の大学生に戻って、ほとぼりを冷ましますか」

 

シェパード「1年は潜伏していてもらいたいな。その間にかれらのことを調査しておく。

どんな形で君が芸能界へ復帰するにしても、ロードマップを描くのはそこからだ」

 

ダイアナ「わかりました。となると、ギズときっぱりお別れするのが困難でも、ここでシェパード商会に助けてもらうことは避けるべきですね」

 

シェパード「相談くらいはいつでもしてくれたまえ。

ただ、助力が必要な場合は、君のおばあさまを頼ればすむ話じゃないのかな?

僕の見るところ、アガサ・マローワン先生が動けば、ギズは君をすんなり自由にしてくれると思うんだがね」

 

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