ダイアナ・バーリー。
たとえるならば、コロンバインの花。
真っ黒なストレートヘアを胸の上まで垂らし、瞳も黒くて睫毛が整えられている。背はアンより少し高くて、全体的に細身。その割にバストが浮き出ている。手首も足首も小さくて、ソファに座ったときの仕草がたまらなく上品だった。傍に寄ると、いい香りがする。
アンは瞬殺でノックアウトされた。
同じ11年生きてきて、どうしてこれほどの差が生じるのか。ありえないものが目の前にいる。認めたくない現実だった。
いつもは冷徹な観察眼であらゆる特徴をプロファイリングするアンだったが、この日はメンタルがぼろぼろだったのでダイアナと話した内容なんて覚えていない。まるで胎内回帰していたように幸福な気分でずっと波間に揺られていたような印象だけがかろうじてのこっている。
バーリー家にだって電力線は引かれておらず、ゆえに彼女は暗くなる前に帰っていった。「あらためて明日遊びに来ます」と言っていたことさえ、アンは夢うつつなまま聞き流していた。
翌日、再びダイアナをお迎えする。
アンは自分の部屋へ招き、窓からバーリー家の屋根が見えるのだと説明した。それ以外に話題にできるようなアイテムがなかったので、二人でバーリー家に行きましょうという展開になる。
小川を渡り、樅の繁った丘を抜けると、バーリー邸の裏口へ着く。
閂のかかった簡易な門があるが、基本的にバーリーの家族しか出入りしないので、御用の際は遠回りだけど街道経由で正面玄関からお出でくださいませと注意される。かしこまりました。
バーリー邸にも屋号があって、オーチャード・スロープという。
その名前でも郵便は届くけれども、家族ですらあまり使わないのでご参考までにと。そんな会話をしながらダイアナ御自慢の花壇を鑑賞。
スコッチローズ、バウシングベッツ、リボングラス、ブリーディングハーツなどなど、アンが聞いたこともなかったような草花が何種類も植えられていた。
ラヌンキュラスなんて、あるわけもなかった。それを濃縮して毒薬つくろうとしてるんだけどさ、なんて冗談でも言える雰囲気じゃない。
アンはダイアナと友達になりたくてたまらなかったのだけど、いったいどうすれば共通の話題にたどりつけるんだろうかと思考回路をぐるぐるさせた。
まったく、これじゃあマシュウ・カスバートだ。おれってコミュ障だったのかよ。女をひたすら怖れるおじさんの心理にちょっとだけ共感できる気がした。しかし、おれは、あんなブザマなオヤジにはならないぞ。
どうにかして、この美少女に近寄りたい。迫りたい。エレガントにな。
……と、ここである質問がひらめく。
しかし今すべきじゃない。慎重にタイミングを計ろう。よかった、おれの頭はまだ正常だ。コントロールは効いている。
アンの心に余裕が生まれた。そこから先は楽しくなった。
つい、ヘレン・ブリュエットの名を口にした。びっくりされた。
その話をもっと聞きたい、と強烈にせがまれる。
邸の中へ入り、お母様へあらためて挨拶し、小さな妹ミニー・メイにも自己紹介をして、ダイアナの部屋へ。
驚くほどの本があることに度肝を抜かれたが、それを除いても、完璧なお嬢様ルームだった。ブリュエット邸のような使用人はいないので、ダイアナ自身がこまめに掃除をしているという。幼い頃から普通のことだったので、本人にとっては何の不思議も無いそうだ。
アンは盗みを働くために金持ちの家へ幾度となく侵入した経験を持つけれど、見栄を飾りたがる奴ほど部屋は汚いというのが経験則だった。
ダイアナは、心の中まで美少女なんだ。
あらためて、ありえないものを見ている気持ちになった。
ヘレンについて一部始終を語る。
なんの作為も加えなくていいし、つい先月のことだから記憶も確かだ。ダイアナは黒い瞳を見開いて聴きいっていた。アンにとって何の不思議も無いようなことが、信じられないほどの驚きだったみたいである。
ひとしきり語ったあとは、手を強く握られた。あなたと心からの友達になりたい、と真剣な顔つきで求められた。
え……あ……まあ……こんなおれでよかったら。
こちらこそよろしく。ポリポリ。
なんだか妙な雰囲気だ。朝のうちは全然違うことを考えていたはずなんだが。
ところでダイアナに質問したかったことがあるんだけど、今日は絶対にやめておこう。きらわれたくないからな。
慎重にタイミングを計るんだ。
まかせとけ、おれにならできる。