緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§150.懸命に愛を注ぐ

芸能人は、追い回される。

パパラッチは金になるから群がるし、一般人もスターを生で見たいから待ち構える。

あなたのファンです!とサインをねだるフリをして近付き銃をぶっぱなす狂信者だっている。

だから護衛が必要だ。

しかしボディガードは高くつく。

 

ギズ・エージェンシーはレバノン移民の相互互助会が出発点だから、要人警護や諜報活動については他より腕利きを揃えている。

とはいえ物価高騰の波には抗えない。

次世代以降はもっと人件費の安い国から雇い入れよう。中東より、更に東から。

うむ。必然的な流れだ。

 

現実的に、専属の護衛役を四六時中張りつかせなくちゃならないほどのスターはいない。まして異性のカップリングをつくってしまうと「あいつらいつも一緒にいるぞ」と余計な火種を投じかねないし、同性でも必ず需要は生じるものだ。

だから専門スキルはある程度求められつつ、その事務所に籍を置くキャストたちを集団で見張りながら雑用一切も引き受けるアシスタントの群れ、という形でチームが組まれ、撮影所でわらわらと動いている。

ギズ・エージェンシー所属の役者にくっついてくる、マネージャー以外のスタッフで、ダイアナが特に信頼していたひと塊のグループがいた。コードネームはモンモランシー。

ハリファクスでの仕事がなくなったので、一時的に無職となった。

時期をずらしてアビグウェイトへやって来た。格安のタコ部屋で寝起きしつつ、次の仕事を探していますという設定。

以上が、シェパードより説明された概要。

 

アン「で、シェパード商会からもギャランティーをもらって、ギズの内情を調べてる最中だっていうわけね?

わかった。そういうことならちょっかいは出さないよ。

もっと早く教えてほしかったな」

 

シェパード「君との接点ができるなんて考えてなかったからさ。

余計な話なら、わざわざしない。そこはわかってもらえるだろう?」

 

アン「よくわかります。

ところでマダムの件なんだけどさあ。もうしばらく迂闊に声かけられない雰囲気なんで、時間かかるよ」

 

シェパード「エージェントの件だな?そちらは僕の個人的な勘繰りだから優先しなくていいよ。覚えてくれていただけ、ありがとう」

 

アン「いまマダム、おれのことを小説にしてるらしいんだよ。

どんな風に書かれてんだか、おそろしくてたまらない。あんたが不気味がってる感覚、だから少しわかるんだ」

 

シェパード「へえ。それは、読んでみたくなるね。

そういうものなんだろうな。他人のことなら根掘り葉掘り洗いざらい書いてほしいけれど、自分を標的にされるのはノーサンキューだ」

 

アン「それをどこまでもガチでやっちゃう暴き魔だからさあ、あの婆さん」

 

シェパード「ほどほどに監視しといてやれ。それじゃ、今日はこれで」

 

通話終了。

そのあとはラム・ダスの画像をいじくって遊んだ。

おもちゃにしていたネズミを取り上げられたネコのような気分だ。しかも獲物はダイアナの足下へパスされた。

イケメンだな、くらいしかまだ考えてなかったけど屈辱でならぬ。

この肚いせを、どこにぶつけたらいい。

 

ムシャクシャするから、シェパードの犯罪実録がありのまま描かれていると本人が白状していた例の傑作を読み返す。

アガサ・マローワン円熟期の一遍で、当時大いに物議も醸したそうだ。

 

ある村。

主人公ラルフは25歳。幼い頃に母をアルコール中毒で亡くしている。

父ロジャーは再婚せず、数々の女性と浮き名だけを流してきた。

タイヤ製造業でひと山当て、会社の売却益と株式配当とで悠々と邸宅暮らしを続けていられるロジャーはまだ40代後半。同じ村で彼と不倫関係にあった人妻の、夫が昨年病死した。未亡人となった彼女も、物語冒頭で睡眠薬の過剰摂取により亡くなる。

ロジャーと古いつきあいの医師は、ロクに調べもせず診断書を仕上げた。事件性無しで処理される。この村では、有力者がすべてを決めていいのだ。不祥事さえ起こらない。平和そのものといえる。

ラルフはこんな父のもとで、綺麗どころばかり揃えた使用人たちに囲まれ、世間知らずなまま成長した。そろそろ結婚も考えたい齢頃だ。

最近、ロジャーの妹が、これまた夫を亡くして兄の邸へと引っ越してきた。

娘のフローラもついてくる。父譲りの北欧系遺伝子を受け継ぎ、金髪・碧眼・透き通った白い肌に、角張った肩幅と腰のくびれ。ずいぶん細かく描写されているが、作者の嗜好ではないと思うから出版社にリクエストされたか、男性読者へのサーヴィスと割り切った結果か。

もちろんラルフはフローラにメロメロ。

痛々しくも果敢にアタックを続ける。

フローラは冷静に拒絶を繰り返すが、そうはいっても相手は従兄である。カス野郎のままにもしておけず、どうにかして友達に紹介してもよい程度の男にしてやりたいと、懸命に愛を注ぐ。

そんなすったもんだしていたある日、ロジャーが書斎で刺殺されていた。

9マイル離れた町から刑事たちが来て捜査を開始。

皆が皆嘘をつく、村にありがちな隠蔽体質。

しかしアリバイは次々と崩され、容疑者は絞られていく。

それにしてもいったい真犯人は誰なのか。

たまたま村を通りかかった名探偵ヘラクレス、この謎を解く。そして最後の章で、ある男を追い詰め、自殺するよう誘いこむのだが……

 

こいつのモデルが、シェパードということか。

司法を蔑ろにした、ひどい小説だ。それでもラストの一行まで緊張感が減衰しない。

まぎれもない傑作。

婆さん、やっぱり、あんたはすげえ。

 

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