緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§153.エルヴシャム・ファンド

『ヒドゥン』第2話。

主人公は引き続き、ゲイブリエル・ジョン・アタスン。

 

親友ヘンリー・ジーキルの突然死から10年ほど経っている。

前話より貫禄を増し、肉付きもよくなったアタスンはロンドンに弁護士事務所を構えているが、ヤバそうな客しかやってこない。商売敵を殺したいが自然死に見せかけたいとか、ビルを建て替えたいのでフラットの住民を週末までに追い出してほしいとか。

物騒な依頼をアタスンは顔色ひとつ変えず引き受ける。

 

同業者が、依頼人からアタスンの名を出されて戦意を喪失するなんて場面もあった。裁判などという面倒な手続きを開始する前に問題解決してしまう。そんな支配力を持つ弁護士なのだ。無敵である。

決して自らの手は汚さないため、警察とも微妙な距離を保っている。

まったく隙を見せない。

そんなアタスンであるが、彼なりにストレスは溜めているのであろう。時々、夜景を見下ろしながらバリボリと薬を齧る。鼻息を荒らげながら。

するとほどなく体に変化が現れる。

生え際が後退し、皺が刻まれ、眼孔が落ち窪み、瞳は拡大する。

おお、懐かしい顔。ハイドだ。

アタスンは、ハイドであった。しかし、いったい、いつからだ?

 

ハイドは、前話とほぼ同じコスチュームで街へと繰り出す。

そして気に入らないものを見つけるとステッキで殴りつけ、泣き叫んでもやめない。人だかりがし始めると逃げてゆく。警察は犬を使って捜査するが、ハイドの行方をつきとめることができない。

出没するのは年に十数回というペースだし、前話ともども軽犯罪の域を出ないから、無理もないとはいえよう。

それよりアタスンが日常やってる犯罪の方がずっと悪質だし問題だ。

そっちを摘発する手段はあるのか。

 

アタスンはエルヴシャム基金を設立する。

野心があって、純真で、貧しくて、心身ともに健康な、若い男子が対象だ。

厳しい審査をパスすれば莫大な資産を与えられる。その青年はずっと我慢していた悩みや苦しみから一気に解放され、自由と権力とを得られよう。

普通にこんなことをやると政府が相続税やらなんやらで大半をかっさらってしまうが、アタスンは審査基準を法外に複雑化することで歳入関税庁の介入を防いだ。

設立してから何年も合格者を出さないことで人々の関心を薄れさせ、基金の備蓄も膨れあがらせていく。

そして、ひっそり、初の適格者が選ばれた。

エドワード・ジョージ・イーデン。22歳の医学生。

 

アタスンの事務所で、ささやかなパーティーが催される。

すべての手続き完了後、スタッフは一人ずつ帰ってゆき、アタスンとイーデンの二人だけが残った。

ソファで酒を酌み交わし、アタスンはイーデンにキスを迫る。

イーデン、逆らえない。

音楽を止め、キャンドルが消され、淡い月灯りの下で長い長い抱擁が交わされる。

 

静寂を破ったのはイーデンの笑い声。

照明をつける。

イーデンの表情には悪魔が宿っていた。

一方、ソファにへたりこんで布一枚を身に纏っただけのアタスンは、数十年ぶりに夢から醒めたような驚きを浮かべ、狂える恋人を見上げていた。

つづく。

 

アンは、メモを読み返しながら考える。

第3話では、イーデンがハイドになるのだろう。

第1話と第2話とでハイドを演じた役者は違うので、この調子だといずれ8月のリアル・ハイドに順番が巡ってくるんじゃないかな。その回をアビグウェイトで撮影したってことだろうか。

どうすれば調べられる?

芸能関係ならギズかなあ。

 

そんなことを悩んでいたら、マダム・クラリスから、タクシーを呼ぶよう命ぜられた。

呼ぶ。

アンも乗る。

ギズのパブへ。ほう、久しぶりですね。

 

男R「マダム、どこへ旅行されてたんですか。ずいぶん御無沙汰でしたが」

 

クラリス「仕事よ。仕事してたの。ああ、くたびれた。

これでもう思い残すこともないわね。

今日は思う存分に羽根をのばすわよ」

 

ディープな話題が飛び交う中、アンは黙って聴き耳に専念する。ずっとマダムの隣に座っていたが、存在感を匂わせるのさえ怖かった。

 

クラリス「私が若い頃、映画ファンの間で、不景気のときはドラキュラが、景気が良くなるとフランケンシュタインが流行るという法則が囁かれていたの。

当時から不満に思ってたけど、今ならはっきりと反論できます。

怪物映画は暴力と破壊を見せ場にするから単純に制作費がかかる。不景気だと企画自体が通りにくいの。予算がもらえるなら新しい怪物を作りましょうというだけの話で、動員数につながるかどうかは別問題。

一方、吸血鬼は耽美と哀愁を伴います。

女性は景気に拘らず、そちらしか観ない。静かにお行儀よくね。

不景気でも吸血鬼映画が作られれば女の子は観に来るわ。それをブームだと勘違いするのは愚かよ。

フランケンシュタインの作者は女性だけど、ひたすら男に媚びようとする娘でした。だいたい死体を集めて人造人間をつくるなんて発想自体が男児向けよ。女なら道具に頼らず新しい生命をつくりだせるもの。

おおかた映画会社に依頼されたコンサルタントがでっち上げた説なんでしょうけど、いつまでもその通りに制作するしか能が無いのねあなたたち。

そろそろ言わせていただきます。好景気のときこそ、ありったけの予算と俳優を揃えて最高の吸血鬼映画をつくってちょうだい。

映画史に燦然と輝きますよ。やってごらんなさい」

 

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