本気で恋をすると、女の子は挙動不審になる。
めまい・立ちくらみ・食欲不振・注意力散漫・動悸・肩こり・息ぎれ・頭痛・発熱・歯痛・生理痛・その他数々のアレルギー。
ジュディ・アボットには、全部きた。18歳まで未経験だったのだから無理もない。
ダイアナは優しく看病につとめた。
当事者たちよりも全体状況を把握している自信はあったが、さて、どう転がしてゆくのが正解なのかしらん。
ダイアナ「もう、ジュディの心は決まっているんでしょう?」
ジュディ「ええ~わかんないよう。もう、どうしたらいいのか。
このまま死んじゃいたい。地獄でいいから、深い闇の底でずっと隠れていたい」
ダイアナ「地獄は天国よりも密度が高く、空気も薄いから、安らかになんてなれないわよ。何をしてもバレて、いじめられる。弱き者には一層つらいところ。
だから地上にいるうちに、幸福をしっかり抱きとめられる程度の力をつけておくことを薦めたいわ」
ジュディ「ダイってさあ、どうしてそんなに強いの?」
ダイアナ「これは、ただの演技力。
でもね。磨けばお薬よりも人の心を癒せる魔術なんだって、わかるようになってきたの。
ジュディにはどの処方がいちばん効くのか、まだ確信が持てないから手当たり次第に打ってるところなんだけどね」
ジュディ「さっぱりわからないけど、気が紛れてきた感じする。ありがとう」
ダイアナ「今日こそ、ミスター・ジョン・スミスへお手紙書かないと。できそう?」
ジュディ「ふええええええん。無理無理無理無理。
怒られちゃう。悲しませちゃう。
ジャーヴィーにも魔の手が伸びるかもしれないわ。ジョン・スミスは嫉妬深いから」
ダイアナ「仕方ないわね。今週もあたしが書くから、あとで清書だけして。
中身は読まなくていいから、楽しそうな筆跡で、ただ写すの。
できるわよね」
ジュディ「恩に着るわダイ。じゃあ、あたし少し眠る。ジャーヴィーにこんな顔、見せられないから」
ダイアナ「そうね。しっかり楽しい夢を見てて。おやすみ」
すでにダイアナは確信していた。実業家ジャーヴィス・ペンドルトンの正体こそ、ジュディを孤児院から拾い上げてくれたパトロンのジョン・スミスその人だ。
彼には身を固める意思があるし、性的嗜好もマジョリティだが、本能的に女を恐れる。たぶん母親の教育方針が間違っていたのだろう。
地位と資産は手に入れたから、財力でなんとかしようと考えた。
将来の妻として有望な少女に学費を援助し、直筆で手紙を毎週書かせる。一年も続けさせれば、その娘がどんな性格か、つきあう上で何に気をつければいいのか、じゅうぶんな手懸りを得られよう。頭の中で入念なリハーサルを積み重ね、満を持して、正体を明かす。
最初からうまくいくわけないと思う。何度も失敗したことだろう。
女にとって、恩人とは父親か兄弟のようなもの。助けてもらえるのは自分がかわいいからであり、見返りを求められたら幻滅する。
パパが恋人です、なんてリップサーヴィスは必要に応じて繰り出すが、裸で抱き合うなど言語道断。決して恋人にはしないし、されてもたまるか。
ジュディが何人目なのかは、この際どうでもいい。
今度こそ、と30代半ばにさしかかったペンドルトン氏は焦りに身を焦がしていたはずだ。孤児院でずっと地味な下働きに甘んじていた彼女に目をつけ、クイーンズ・カレッジへ入学させた。
そのお手紙はユニークで知的で賑やかで、毎回彼を知らない世界へ誘ってくれたことと思う。
最初期からダイアナが手を貸していたし、ハリファクスへ行ってからも頻繁に相談を受け、撮影所の裏話を提供したりした。
いつのまにやらアンも一枚加わっていたと聞く。
ごく一部を盗み読みした限りだが、ずいぶんダークでデンジャラスなテイストが混じりこんでハラハラした。
そこでペンドルトン氏は居ても立ってもいられなくなり、友人につきあわされてという芝居を打ちながらパブ通いを始めたのだ。
他の女には見向きもせず、というか目を合わせることすらできなかったが、ジュディとだけは、幼な馴染みであるかのような雰囲気で接する。慎重に回数を重ね、対話のヴァリエーションも拡げてゆく。
一般に、男は見くだしている相手に合わせて軽い話題を選びがちなものであるが、ペンドルトン氏はそんな流儀に不慣れだった。
むしろジュディが興味を示したことに対して実業家の視点でまじめに考察し説明してみせるという基本姿勢で臨んだため、気付くと二人だけで話しこんでいる、という状態にも陥りやすかったのだ。
なんたってペンドルトン氏にとっても初体験でしょう。プライヴェートでこんなスリルを味わうなんて。
ビジネスだったら相談役をつけられるし、実務はスタッフに任せればいい。だが恋愛とは究極的に、一対一の、真剣勝負なのであるぞ。
男は自分の弱味を打ち明け、その穴を埋めてくれる、たった一人の相手に出会えたことを告白する。
女もしっかり時間をかけて、それを了解した。
ダイアナは目下このロマンスに立ち会っているわけだけれども、双方が秘密を打ち明けられないでいることがもどかしい。
その秘密とは、ずばりミスター・ジョン・スミスという存在だ。
もちろん彼無しでここまでのドラマは成り立ち得なかった。しかし今となっては邪魔なだけのキャラクター。
どうにかして御退場いただきたい。
可及的速やかに。
かつ、エレガントに。