アンはヒドゥン3話を忙しいさなかに眠りこけながら見た。
前回までとはずいぶんテイストが違うなあという漠然とした印象を抱く。視聴者でも、ここで離れていった人は多いんじゃないかと想像する。
翌週、3~4話を続けて見た。
衝撃なんてものではなかった。
いったいどういうジャンルなんだ、この作品は。そもそも制作陣、どんな世界へ観客を突き落とすつもりか。
第3話。
青年イーデンは、すっかりおじさんになっていた。
1914年。世界大戦が始まる。
大ブリテン全域から兵士が大陸へと渡るが、イーデンもその中にいた。
登場人物は誰ひとり第二次世界大戦を知らないので、ただの大戦争と呼ばれる。最初のうちは大すら付いていなかった。
はるか東の無法地帯でテロがやまないから、ちょっと懲らしめに行ってやろう。そんな陽気なノリだった。
なかなかケリがつかない。
物価がどんどん上がってゆき、娯楽などけしからんという息苦しさが蔓延してくる。
仕事にあぶれた男たちは、外地の方が稼げるらしいぜと陸軍評議会に登録して、出稼ぎへ赴く。
海峡を渡ったあとはひたすら歩く旅だった。
のどかな時代だ。
リアルに当時を生きていた人はもはや存命していない。
当然アンだって真偽はわからないのだが、一般に軍隊内では階級が絶対だというイメージがある。
このドラマでは少々違うようだ。
イーデンは最下級兵士だが、一番威張っている。怒らせると手がつけられないから、誰も逆らわない。
なんたって、ハイドだもの。
彼は行く先々の村で率先して交渉役を引き受け、食糧・物資・労役夫に性奴隷まで差し出させる。
中隊内では尊敬を集め、若い部下たちに慕われて酔っ払いながら社会でのし上がる秘訣などを講釈してみせる。
そんなイーデンを苦々しく見つめるのが、隊を率いるヒムメルストオス准尉だ。
3話のラストで、おきまりの主人公交代場面。
ふたりは泥まみれで熱いキスを交わし、ハイドがヒムメルストオスへ乗り移る。
4話は、脅えまくるイーデンが砲弾で吹っ飛ぶ場面からスタート。
ヒム准尉はすかさず突撃命令を下す。迷いがない。惚れ惚れする指揮官だ。捕虜と臆病者には容赦しない。
部下たちは必死でついていく。
前線だから男しか出てこなくて、どいつもこいつもかっこいいセリフを叫んで死んでゆく。
最高じゃねえか。
地名・人名・方位、武器弾薬や陣形を意味するスラングなどがけたたましく飛び交うが、視聴者は音楽だと思って聴いていればいい。
ひたすら血沸き肉踊るスペクタクルを眺めているうちにテーマ曲が流れ始めた。
あとには深い虚脱感が残る。
やばいなあ。まじやばい。
こんなの毎週見せられたら、そのうち仕事にあぶれちゃうぞ。
戦場シーンを見ていて気になったこと。
巻きあがる土煙の中、敵か味方かもわからぬ人影から火花が発せられて血飛沫と絶叫が舞う。
こんなのどうやって撮るんだろ。
CGとか動画レタッチとか、いろんな技術はあるんだろうけど、そもそもカメラはどこに設置してるんだ。
わからないことは、知っていそうな人に訊こう。
ラム・ダス「空撮なんて。古い言葉を使うねえ。
いま聞いた感じだと、ドローンだろう。
映像が揺れてなかったって?
ドローンは空中静止できるんだよ。足場が悪いところでだったら尚更、撮影用ドローンを使うのが常識さ」
新たなる衝撃。
今も地元テレビ局が街頭インタビューする際、大型カメラを筋肉モリモリ男が担いでいたりするけれど。あれは局のロゴを周囲の人々に見せつけるためのパフォーマンス。
数十年前にはすでに、ウルトラハイディフィニション程度の画質ならスマートフォンに付いているサイズのカメラレンズで充分だったという。
巨匠と呼ばれる監督たちは、まだまだ大型カメラを使いたがる。ていうかそれしか知らないから使っていたりするけれど、若いスタッフほど、そんなもの触ったこともないとか。
ラム・ダス「映画を娯楽の王様と位置づけるのだって老人たちの拘泥主義で、実力あるクリエイターは配信ドラマをプラットフォームに選び、一話に映画一本ぶんかそれ以上のクオリティを詰めこむ。
僕は本国のバーラトに住んでいた頃から映画スタジオで働いていたけれど、その場で業務用のスマートフォンを渡されて、指定された街角の風景を撮ってくるとかよくやってたよ」
アン「え……と。おれは見たこともないくせに古い常識のイメージに囚われてるんだと白状するけど、市街地での撮影って許可とったり、大勢で準備したり、いろいろ大変なんだと想像してたよ。
現実はまったく違うものなの?」
ラム・ダス「必要があれば行政に許可申請を出すけど、面倒だろう。最小限のスタッフと機材だけ準備してチャッチャと撮れば効率的だ。
一般人はスターを見ると騒ぎ出すから、気付かれるごとにスケジュールが遅れる。そんなトラブルを回避するのもマネージャーやアシスタントの仕事だよ」
なるほど。
じゃあリアル・ハイドの暴走は、やっぱり撮影だったのか。