アビグウェイトの市街は、車椅子で走りやすいとは決して言えない。
家が密集していないから車道や歩道は広めなのだが、邪魔な段差があちこちにある。
なだらかなスロープを抜けてきても、住宅や店舗へ入る際にはステップを越えさせられるのが普通だ。
赤土が脆いため高層建築が建てられないという事情もあってエレヴェーターが普及していない。
アルバリーのグリン・ゲイブルズでも、杖を手放せなかったマリラが階段の昇り降りに苦労したが、補助してくれる人がいたとしても車椅子まで移動させるのは難儀だ。
パレアナ・フィテアは退院する前に、この問題へ対処しておく必要があった。
スイスで開発された、昇降機付きの電動車椅子が届いた。
手許のスイッチで下部から補助脚が伸びてきて、階段を掴み、這うように進むことができる。脚をまっすぐ上へ伸ばせば高い棚へも手が届く。
パレアナは病室で乗ってみた。玄関を出て庭を一回りし、門を抜け周辺をぐるっと走ってみて、すっかり感動して戻ってきた。
パレアナ「ミスター・ペンドルトン。こんなすばらしいプレゼントに、あらためて感謝を申し上げます。
私は今まで気付けなかった、たくさんの経験をこれからたっぷり味わえるでしょう。同じ境遇を抱えている人たちにも、実感を込めた提言をすることができると思いますわ。
恩返しは、社会へ向けて。
こうなったらもう、一日でも早く退院してしまわなくては!」
ジャーヴィス・ペンドルトンは、パレアナから10フィートほどの距離をとって、満足げに微笑んでいる。
彼よりも手前に立つ、秘書のエルマー・グリッグズ氏が「良い心掛けですよ」と上司の心を代弁する。
入院費用も車椅子の代金も、すべてペンドルトン氏が負担した。返済は一切、考えなくてよい。パレアナがこれからも元気よく日々を過ごし、触れ合う人々皆にエネルギーを分けてあげられるなら、それが自分たちにとっても最善の施しとなる。そういった言葉も述べた。
上司も力強く同意する。
それでは、本日の面会はおしまい。
実業家のペンドルトン氏は、この界隈では変人で通っている。
病的な女嫌いだと。
アブノーマルな、あるいは犯罪と大差ない性癖の持ち主なのでは?という臆測も根強く流れている。
会社を経営し、成功者とされるが、女性を雇いたがらない。
糾弾したい人たちは色めき立つ。
ジャーヴィスの母親も参加している婦人会では、刺激が乏しくなってくるとこの議題を取り上げた。さすがに実力行使までは至らなかったのであるが。彼女が来るまでは。
昨年よりシャーロットに住み始め、婦人会でもどこでも上がりこんで社会奉仕したがるパレアナ・フィテアは、行動派で、お節介焼きで、ポジティヴシンキング・モンスターで、やめなさいと言われることほどやりたがる女の子だった。
勢いまかせに、噂の人物ミスター・ペンドルトンへも特攻。得意料理をつくっては訪問し、リアクションが薄くても話しかけ続け、なんとかしてこのおじさんを人並みに楽しませてみせようと努力を重ねた。
ペンドルトンにとってパレアナは恐ろしい魔女の尖兵。どう逃げればよいかわからなかった。感情や暴力で排除を試みればもっとひどい展開になると、危険予知をもとに穏便な対処を模索した。
8月のある日、ペンドルトン邸へ向かう途中でパレアナは事故に遭う。
即、入院。一命はとりとめた。
こんな場合、どう動くのが正解か。ジャーヴィスはただちに考えた。
彼女の回復を全力で支援しよう。悪い噂を立てられる前に、ペンドルトンさんはいい人だというイメージをつくりあげよう。むしろチャンスである。パレアナは当分もしくは今後ずっと来なくなるし、婦人会から次の刺客が差し向けられる機会だって封じられる。
警察は加害者の捜査に全力を挙げている。もしペンドルトン邸を去った直後の死亡事故だったら、話した内容など根掘り葉掘り尋問されていたことだろう。パレアナの前でジャーヴィスが笑ったことなど一度もないのだが、それだけでも自動的に疑いを向けられていたはずだ。ラッキーだった。
頼れる部下を見舞いに向かわせ、情報蒐集を怠らせなかった。どの程度の記憶障害なのかも念入りに探らせた。すべての辻褄が合っていれば、他人は疑いすら抱かない。自分と、自分の愛する者たちを幸福にするためには、漏れがあってはならぬのだ。
ジャーヴィス・ペンドルトンは心得ていた。
そんなわけでしばらくは順風満帆だったのだが、11月半ば頃から、新たな暗雲が垂れ籠めてくる。
政財界の有名どころがこのところ何人も殺されており、手口に共通する特徴があった。同一人か、単一グループによる犯行のようだ。被害者の共通項はまだ見出せないが、怨恨が動機だとしても、あまりにも手慣れた仕事ぶりなので依頼者と実行犯は異なると目される。
困ったことに、小道具として有名ブランドの石鹸が使用されている。
消音と消臭を兼ねているようだ。死体の傍にカケラが散乱しており、警察の鑑識班がこれを分析して商品名を特定した。一般販売はされておらず、したがって入手経路を絞りこみやすいと捜査陣が色めき立つのも無理はない。
特にアビグウェイトではつい数年前までこの会社の製品は話題にのぼった形跡すらないのだ。
ジャーヴィスも社交上のつきあいでここの石鹸を買っていたが、噂を聞いて処分した。
刑事が来ないうち、まずは我々自身で、社内と下請け・顧客に至るまで環境をクリーンにしておく必要が生じている。
まさか知人の誰かが連続殺人へ関与しているとは思いたくもないが、安心するには徹底的な社内監査が急務。もしも証拠を掴んだら、穏便に対処せねばならぬ。経営者としての心得だ。
だがしかしまったく、誰がこんな、けしからんことを。