パレアナの車椅子が脚を出し段差を昇ったり降りたりすると、周囲の歩行者は驚いて立ち止まり、じっとその挙動に注目する。無理もない。
お手伝いしましょうかと手を差しのべる人も稀にいるが、声をかける前に脚は収納され始めている。すごかったねと囁かれながら声援を送られるたび愛想笑いを返さなくてはならないパレアナは、最先端アイテムなのに、もはや、ときめかなくなっていた。
だからいつも心の中でつぶやいている。
早くこの程度のこと、普通になってくれればいいのに。
今日は、アンが観衆の中にいた。パレアナが店へ入りトレイを手に回り始めたタイミングで声をかける。
アン「おひさしぶり。いつ退院したの?」
パレアナ「あら。あのときの。
3週間前よ。いつかこの店まで来てみせる、と目標にしてて、やっと挑戦してみたの」
アン「かっこいいね。バスケも始めてる?」
パレアナ「他にもやりたいこと、いっぱいあって。
それとね。実はあたし、歩けるの。支え無しで7歩まで立っていられるのよ。だから車椅子に特化したスポーツじゃなくていいんじゃないかって迷ってるとこ」
商品を買い、去っていくパレアナを見送ってから、アンは徐ろにレジの娘と話し始めた。
トモリル「初めて見る顔だったね。どんな知り合い?」
アン「あの娘が車に撥ねられた現場を、たまたま目撃したんだ。お見舞いにここのパンを持って行ったら、ペロリと平らげちまった。また来ると思うぜ」
トモリル「おお。いつでも来てほしいね。
おまえは石鹸とっとと持ってけ。場所を塞いで困ってる」
アン「あー。今日はこれから寄るとこあるんで、もうちょっと預かっててくれ。
サラはあいかわらず、際限なく持って来てるんだな」
トモリル「うちのパン、全種制覇したよ。最近は血色も良くて瞳もキラキラしてる。そろそろ連れ去って、逃がしてやれ」
アン「本命のマチルダをどうにかしてからだな。クリスマスにまた実家へ帰省すると思うから、今年こそ勝負を賭ける」
トモリル「悠長だねえ。おや、今日はずいぶん買っていくんだな」
アン「肉体労働してる男たちへの手土産だからさ。これでも一瞬でなくなっちゃう。じゃ、また来るぜ」
チャリンチャリンチャリン。チャリンチャリンチャリン。
トモリルと、店の奥から「「「ありがとうございましたー」」」
その後、アンはラム・ダスへ会いに行く。
ギズの管理している施設は合流地点に使わない。盗聴や隠し撮りをされる危険も勿論あるが「この2人は知り合っている」という手懸りを与えることさえスパイならば避けるべきだからだ。
アンは、モンモランシー一味がギズの内部事情を探っていることを知っている。
一方でラム・ダスは、アンが誰のために何を調べているのか掴みかねている。
シェパードはかれらに「現場判断で妥当と思われる範囲なら協力してやってくれ」なんて漠然とした指示を出しているようだ。接触をするたび詳細に報告することも求めていると思われる。
ともあれ、表面的には世間話だ。まったりと。平穏無事に。
アン「君がヒドゥンを見てないのはまだわかるけど、パメラを見てなかったというのは不思議だなあ。
それって業務の一環には含まれないの?ずっとアシスタントで関わってたドラマでしょ」
ラム・ダス「含まれてたら渋々見るよ。むしろ現場をさんざん見てるのに、なぜそれの最終妥協ヴァージョンまで見てあげなきゃならないのさ」
アン「そういう認識なんだ。でも、じゃあヒドゥンを見ない理由は別だよね」
ラム・ダス「評判を聞けば内容は想像がつく。それをただ確認するために見るのは臆劫だ。君こそ、いくら面白いからってよく毎週見ていられるね」
アン「だって面白いんだもん。ストーリーだって気になるしさあ」
ラム・ダス「へえ。じゃあそのストーリーを、僕が見たくなるようにプレゼンテーションしてみてくれる?」
アン「ディープキスによって肉体から肉体へ乗り移る、ハイドという寄生生命体がいる。ルーツは謎だけど、19世紀末より連綿と人間社会で暗躍していた。
はじめのうちは粗野で無粋な癇癪持ちだったけど、だんだん知恵をつけてきて二度の大戦を経る頃には世界規模の悪党コネクションを牛耳るほどの実力をつけやがった。
このまま現代まで成長を続けていくのか?
いつかは誰かに倒されるのか?
というハラハラドキドキなスリルが満載」
ラム・ダス「よくわかった。じゃあもう見なくていいや。完結したら点数つけて教えて」
アン「ひでえ。あらすじ聞いたらそれで満足かよ」
ラム・ダス「たとえばだけど、第一話の冒頭で今のあらすじをそのままナレーションで説明しちゃったら、君は面白く見始められただろうか」
アン「……いや。そんなの、ぶちこわしだから勘弁してほしい」
ラム・ダス「僕はプレゼンしてって頼んだんだよ。それなのに全部説明しちゃって。ぶちこわしじゃないか。謝ってほしいくらいだ」
アン「ごめんなさい」
ラム・ダス「あらゆるエンターテインメントの鉄則だと思うんだけど、先を知りたい・謎を解きたいっていう観客一人ひとりのモチヴェーションを軽視してはいけないよ。誰かが先に見て面白いぞって宣伝している作品を追いかける作業はちっとも楽しい行為じゃないんだ。
だいたい広告屋ってのが頭悪すぎる連中ばかりだからさあ。触るものみな、ぶちこわしにしてしまう。
僕はそんなもの見たくもない。以上だ」
アン「ごめんね。くだらない話で、時間を無駄にさせちゃったね」
ラム・ダス「君自身は面白い人だから、また来てくれていいよ。
次もこの店のパンがいいな。
本当においしい。これは、いいものだ」