素人探偵なら、誰にだってなれる。なんたって素人だもの。
思う存分当たって砕けて、推理ショーまで生き延びな。
小説を書くことだって、難しくはない。
事件を100ほどスクラップしたら、とくに印象深かったものをいくつか選んで切ったり貼ったり掻き混ぜたり。
一本くらい、すぐできる。
まずは家族か親戚に読ませよう。普段いい子にしてさえいれば絶対褒めてもらえるから、たっぷり調子にのっておけ。
一度くらい、そんな気分を味わっておくんだぞ。
先輩からの忠告だ。
探偵でも作家でも、プロになると、なかなかつらい。
過去いちばん調子の良かったときと常に比較されるから、罵詈雑言を叩きつけられるのが日常になる。
広告屋ならいくらでも褒めてくれるが料金先払いが原則だし、かれらが掻き集めてくる客の相手なんかしていると生きる意味すら見失う。
こうしてプロは道を踏み外していくのだ。
悲しいけどこれ、現実なのよね。
犯罪者の心理を読み、その手口を暴けなければ探偵ではない。
したがって探偵ならば犯罪も得意だ。
どっちが儲かる。
もちろん二者択一にはしない。この世から犯罪が根絶すれば、探偵も、警察だって失業してしまう。
皆が幸福でいつづけるには、どうするのが最適解か。
探偵になる以上は人々に夢を与えなければならない。
誰よりも、自分のためにである。
レジェンド級の名探偵を一人つくりだすには専属の犯罪者と予備軍が100人から1000人は必要だ。超凶悪犯ばかり10人でも不可能ではないかもしれないが、現実的には軽犯罪者を900人準備しておくくらいがちょうどいい。
警察にも適度な見せ場と存在意義が必要だからね。このマネジメントを探偵は必死に考え実践している。
ひらきなおればいいよ。これが現実さ。
アビグウェイトには登記された探偵が数百名いる。その大半がシャーロットやサマーサイドなど都市部で営業している。
近頃、かれらを襲撃し生命と財産を奪う非情な無法者が急増中。
トリックと話術で名探偵に挑んでくる理想的な敵役ならば尊敬にも価するが、新しい無法者は最低限の礼儀すら弁えない。
暴力あるのみ。
実に肚立たしいテロリストどもだ。
知的階級たる探偵たちは、脅えつつも、どうにかして対抗すべしと手を取り合う。この世から自分たちにとって都合の悪い相手のみを一掃するのだと知恵を出し合う。
必死だった。
しかし戦況は思わしくなかった。
探偵はルールを重んじ、それに強く縛られるため、テロリストには決して勝てないのである。
警察は、独自の論理で捜査する。公的機関なので州政府に帰属し、納税者の財産と権利を守ることが使命だと嘯く。
探偵たちにとってこれは虚言だ。
平均以上の額を納税し、経済も積極的に回している自分たちをこそなぜ最優先で守らぬか。
この齟齬には理由がある。
警察職員は公務員なので均質化しやすく、同類にしか共感を抱かない。金持ちも貧乏人も等しく嫌いで、犯罪者予備軍としては似たようなものだと考える。
職務だから捜査は徹底的に行う。
加害者にも被害者にも容赦せず、真実を暴く。暴いちゃう。
ところがテロリストたちは狡智に長け、さっぱり尻尾を掴ませない。
特殊な石鹸くらいだ、有望な手懸りといったら。
被害者も手懸りをのこす。
かれらが生前、どれだけ弱者をくいものにしてきたかという。
正義を貫く警察官としては、見過ごすわけにいかないじゃないか。しかもたいてい被害者にはおともだちが何人もいて、仲間の死に際し最優先で取り組むのは証拠の隠滅だ。
鮮やかに姿をくらますテロリストを捕まえたいとは、もちろん思う。しかし目の前で捜査を妨害し、嘘ばかりつき、警察官をロボットのように見くだす探偵どもを守ってやる気もさらさら起きぬ。
なぜかれらは善良な市民でいられないのか。
そう、最優先で守られるべきは罪無き者であらねばならぬ。おまわりさんは、かれらのために、たたかう。
だからすぐ調子に乗る探偵なんて人種が大嫌いなのだよ。わかるだろう?
探偵たちは警察を信用しない。
推理力など持っておらず、数の多さしか取り柄が無くて、上官の命令に従って動くだけの賑やかし。
だから自分たちの誇りと財産は自分たちの力で守らねばならないのだ。
テロリズムが絶対悪なのはわかりきったこと。
さあ、知恵をふりしぼって犯罪者どもを捕まえ、そしてこの手で裁くのだ。我々こそが勝利する。そんな結末以外は認めない。
この睨み合いを呆れ顔で眺めている老婦人がいた。
ミステリ作家、アガサ・マローワンだ。
彼女によると8万語の読みきり小説に望ましい登場人物は10名程度。それ以上増やすと被害者も容疑者もありがたみが薄れて白けてくるのだとか。
たしかに次から次へと殺していくだけじゃあ飽きてくるし、ハラハラもしなくなるよね。
探偵・警察・犯罪者。君たちが束になれたとしても、彼女にとって敵ではあるまい。さあ、レジェンドの上に立つレジェンドが、ついに動くよ。
読者は固唾を呑んで見守ろう。