シャーロット空港には熱気が充満していた。
ロビーに陣取っているデモ隊の主勢はカトリック信者で、枢機卿の写真とクリスマスツリーを何がなんでも守り抜くぞと気炎を上げながら酒を酌み交わしている。
アルバリーからのバスがやってくるのは19時頃の予定。
だがプレスビテリアン勢が空港内で陣地を確保している様子は見受けられない。
もちろん月初めの襲撃地決定直後から空港側との調整は進めているはずなのだが、職員たちの視線と表情を見ている限りでは、連日来てせっせと飲食物の売上げに貢献しているカトリック勢への期待と応援があからさまだ。
村で暮らしていた頃から思っていたけど、ストラテジーもタクティクスも全然なっちゃいないよなあ。
4年前に初参加したダンスタンス大聖堂で、アンはカトリック信者がプレスビテリアンをどれほど哀れんでいるかと痛切に感じとった。
今年は、あんな甘い顔してくれないぞ。
そろそろ本気でお仕置きされちゃうぞ。
まあそれが見たくて来てるのが本音なんだけどさ。
7000フィートの滑走路を2本持つシャーロット空港には8階建ての管制塔が聳える。アビグウェイトでは最大の地上高を誇る建造物だ。
しかしターミナル棟は平屋建て。便数と乗客数を考えたら妥当なところか。
アンは場内案内図を前に、公開されている航空写真と見比べてみて、描かれてないエリアに注目する。
外側には飛行機の整備場や給油施設。内側には空調や防災設備の他、非常用電源施設があって当然。
とくに電力供給に余裕の無いアビグウェイト島では、空港ともなると自家発電システムの重要度は計り知れず。しょっちゅう稼働していると思われる。
一般客へ案内する必要は無く、むしろ見せるべきではないシークレット・スペースだけれども、専門のスタッフが常時臨戦態勢で配備されているはずだ。
わくわくしちゃうじゃないか。
こんな愉しみ方は、もちろんマダム・クラリスからの直伝だ。
あの人は、どこへ行っても何を見ても、背後にあるものばかりを気にして一人でこっそりニヤついているのだろうなあ。こわいこわい。
しかしいざ自分も同じことができるようになってくると、考えずにはいられなくなるのもわかる。
厄介な症候群だ。
ほどほどにしておこうね。
ふと、アンは搭乗客とその見送りに思われる男たちの一群に目を留めた。
さりげなく、念には念を入れてさりげなく、視線を離さないでおく。
やがて確信が強まる。
にこやかに談笑しながら、時折、左目だけを引きつるように動かす男がいる。
手帳のスケッチと何度も比べた。
リアル・ハイドに扮していた男で間違いないと思われる。
その男を追うことに決めた。
ドライヴァーとハイドの頭文字から連想して、ロレンスというコードネームを付ける。
ロレンスは見送る側だった。仲間たちと駐車場へ向かい始めたので、アンは先回りする。
ちょうど空港へ来たばかりの車があった。
スーツの男が降りてくる。アン、つい、ぶつかってしまう。
ごめんなさいと謝りながらスーツの埃をはたくふりをしてポケットからキーを奪う。
男がターミナル棟へ入ったのを見届けたのち、その車へ乗りこみ、ロレンスたちの車を追跡開始。
ロレンスは後部座席にいる。年齢は60以上とみられる。
40くらいの用心棒ぽい男が運転している。
服といい車といい、それなりの上流階級であるようだ。
俳優なんてやるか?
しかも、メーキャップして、怪人役で。
ただ先々週のヒドゥンはロードムーヴィー風であった。いろんな土地をその都度盗んだ車で走り回るハイドの映像がつなぎ合わされ、その中にシャーロットでの撮影も含まれていたという格好だ。
おそらく選抜された各地で何人もの御当地役者がメーキャップを施され、素材だけ提出したという舞台裏だろう。
演技力云々より、たまたまタイミングが合ったから仕事を引き受けた?そうであれば、不思議でもない。
ロレンスの車は、郊外の邸宅へ入っていった。ここの住人であるとは断定できないが、日を改めて確認に来よう。
大いなる進展だ。
では、車を返してこなくちゃな。
シャーロット空港へ戻り、もとの場所は塞がっていたので少し離れたスペースに駐車した。
乗りこむ直前からずっと手袋をしていたので指紋をつけた可能性は無い。赤毛が何本か抜けて落ちてるだろうと思うが、日頃持ち歩いている、何種類もの他人の髪の毛をひと袋ぶん撒き散らして紛れさせる。
キーは座席の下に転がしておいた。
周囲を見回し、人影が無いことを確認して、離脱。
ターミナルへ戻る。
バスが来るまであと約1時間。そろそろ腹ごしらえしておこうか。
ここで、ハッと気付いた。
空港の駐車場なんて、全車輌のナンバーが確認できるようにカメラ設置されていて当然じゃないか。
ばっちり撮られてるぞ。
しかも今日はクリスマス・イヴ。これから惨劇が始まる。
録画された映像は空港と警察が全コマ徹底チェックすると思わねば。
まずい、大いにまずい。
なぜそこまで考えなかった!