緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§169.ほんの一日前までは

空港でドタバタしていた間、アンのスマートフォンにはミス・ジェニファー・トランチブルからの電話が何度もかけられていたようだ。

ずっと機内モードにしていたためまったく気付かず、夜も更けてから、何の用だろうと考えた。

録音メッセージも、テキストによる伝言も入っていない。

村でも大騒ぎだったろうとは察するが、ただ無事かどうかを尋ねたいだけなら、災害時に我先にとトラフィックを浪費したがる連中と同罪だぞ。

そんなことを考えながら横になった。さすがに疲れていたのだ。ぐっすりと眠った。

 

25日。昼近くに起床する。

午前中も散発的な着信アリ。

かけ直すが、つながらない。

まあいいや、今日はこれからアルバリーへ帰るんだし。

 

プレゼントを担いでバスに乗る。

揺られながら、何度も意識を失う。

プロのエージェントには、こんな、だらけた旅もゆるされないんだろうなあ。誰ひとり、どこに住んでるかのヒントすら匂わせてくれなかったしなあ。こわいこわい。

ぐう。

 

グリン・ゲイブルズへ着くなり、昨夜の大騒動について根掘り葉掘り訊かれる。

アンは人質に紛れていた設定で面白おかしくストーリーを紡いだ。無謀な抵抗を試みた男が2人ほど死亡した以外に犠牲者は出なかったし、アルバリーから出発した一群も全員夜中には戻ってきた。とくに初参戦の子供たちは想定外のガチテロに直面するという稀有な体験を得たことですっかり特別視され、ひっぱりだこのようだ。

なんと平和なことよ。

そう思ってたら、なにかのはずみでおしゃべりレイチェルから、ウォームウッド・モーターズ社長宅でも惨劇が起きたらしいとの噂がポロリと出る。

アンは顔色を変えた。

 

だが「娘さんが重態らしい」以上の詳細がわからない。

すぐジェニファーへ電話。出てくれた。

しかし泣きじゃくるばかりで要領を得ない。会うことにした。

ジェニファーは車を持っているので、一緒にホワイトサンズへ行くこともできる。小学校を合流地点にした。

 

ジェニファーの動揺は激しく、平時でさえ危なっかしい運転をこれ以上させたくないのでアンが運転する。

マチルダが運ばれた病院へも行ってみたが、ロビーには不良たちが屯って睨みをきかせており、職員たちもミスター・ウォームウッドの逆鱗に触れることを怖れて守秘義務を過剰に貫く。

事件現場周辺の普通住宅や商店でも同様。

この女は事件について知りたがってるぞと思われただけでギルティだ。それでもなんとか情報を掻き集めた。

ジェニファーが2年前までマチルダの担任で、彼女のことをよく知っており、今も大切に想っているから。これで同情を惹きつける。それに尽きる。

泣きじゃくりながら車へ戻っては更に泣く。そんなジェニファーを抱きしめながら、アンは断片をつなぎ合わせた。

 

昨年同様、マチルダはクリスマスに自宅へ帰省した。

ミンチン・スクールへ両親のどちらかが迎えに来て、まっすぐコーズィー・ヌックまで。

良家へ嫁がせるため寄宿舎へ幽閉している娘に公共交通機関を使わせるなど論外だから。

 

マチルダには5歳上の兄がおり、ウォームウッド家の跡取りとして期待されていたが、3年前に深刻な親子喧嘩をこじらせ、家出した。この長男マイケルが帰ってきていた。

目撃証言によると、かなり危険な風体の、すれっからしになっていた。薬物依存で働き口も無く、金に困って行くアテも尽きたと、よくあるナレノハテだ。

 

団欒の時間は、ほんの僅かだった。

マイケルも優しく迎え入れてもらえるなんて思っちゃいなかったのだろう。大振りのナイフを隠し持っていた。それを見せて、一時しのぎの札束でも出してもらえたら、おとなしく引き下がるつもりだったのかもしれない。

だが交渉の余地もなく、肉弾戦が始まった。

母親の悲鳴と、けたたましい破砕音。

マチルダはこのとき男ふたりの間に入って止めようとした。

100フィートも歩けなくなるほど足腰を弱らせた体で、ナイフの前に踊り出た。

 

血飛沫が舞う。

窓の外にひしめいていた群衆から、どよめきが上がった。父親はそんなかれらに激怒。

マイケルは逃げた。

母親は泣き叫びながら、救急車を呼んだ。

 

マチルダ・ウォームウッド。このとき10歳。

4年前、アンと小学校で知り合った。

教室と図書館で、いつも静かに古典文学と戯れている、変わった女の子だった。

クリスチャン。ガリヴァー。ウェルテル。アリス。フォントルロイ卿。シャーロック。ニルス・ホルゲルソン。アンにもお薦めして、共通の友達にしたキャラクターは数知れず。

彼女はそれを、タイムトラヴェルと呼んでいた。

かれらよりも家族を大切にし、生贄となる道に殉ずる。

アンはそんなマチルダを救い出すつもりでいた。今年こそは力ずくで誘拐し、健全で文化的でしっかりと自律していたあの時代へ引き戻してやるはずだったのだ。

ほんの一日前までは。

 

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