グリン・ゲイブルズから西に、お隣さんと呼ぶには少し離れているが、ジョセフ・ベル氏の家がある。
彼は医師の資格を持っており、あちこち渡り歩いているが、定職には就いていない。
村では便利な素人探偵として重宝されている。
同居している弟子のイグナティウスは、死体を愛でる特技を買われ法医学の現場からよくお呼びがかかる。近頃はシャーロットへもよく出張し、師匠よりずっと忙しいらしい。
そっちはともかく、ドクター・ベルなら、マチルダの入院先へもコネで潜りこめるんじゃないだろうか。
そう期待して、アンは調査を依頼した。
探偵は翌日、かなりの情報を掴んで戻ってきた。
ベル「サヴァイヴァルナイフで眼球を真横に切り裂いている。素人だから、まったく手加減をしていない。いちばん握りやすい角度で振り回した。それがちょうど妹の目の高さだった。どうやらそんな感じだね」
アン「治る見込みは?」
ベル「希望は持たない方がいい。損傷は眼底から視神経まで及んでいるし、手術の際に涙嚢も切除されているから涙だって流せないよ」
アン「意識は、あるの?」
ベル「脳は大丈夫だ。ただ、ずっと麻酔をかけられて眠らされている。
本人にどう伝えるかも含めて父親の決断次第なんだが、話の通じる状態ではないね。
ホワイトサンズの医局員は訴訟を恐れて早く大病院へ移したがっている。聖夜に当番を引き受けていた執刀医も脅えて引き籠っており、誰も後任を引き受けたがらないと。
よくある展開だが、ひどいものさ」
アン「大病院なら、名医だったら、治せるとか、そういう話でもないんでしょう?」
ベル「退院するだけであれば、一週間も静養すればじゅうぶんだよ。問題なのは当人および施術料を払ってくれる人が、それを治ったとは見做してくれないだろうねということだ」
アン「……はい?」
ベル「天才少女でも呑みこみが悪いか。
マチルダは両目を抉られた。これは事故だ。
病院は収容し、応急処置で幹部から異物を取り除き、止血させて、感染症への対策も施した。
これ以上何を望む。
ありがたく礼を述べて、請求額を値切らずに支払って、社会へ復帰するがいい。
医師の役目は終わってるんだ。それをわからんやつにつける薬はない」
アン「医師の立場で考えれば、マチルダに対してこれ以上できることはない、ということですか?」
ベル「むしろこの先なにを望むのだ。聞いてやるから、不満ならば自分でそれをやれ」
アン「ちょっと、考える時間をください。
納得はしかけてるんですが、おれにはまだ、その方程式は冷たすぎるんです。
筋は通っている。シンプルだ。
でも……患者や、家族にわかってもらえないのも無理ないような気がします」
ベル「やれやれだ。
畢竟、医術とは心理戦なのだよ。探偵のつもりで考えたまえ。
どうすればこの悲劇を、大団円に導けるのやらと」
アン「大団円て……無茶でしょ。ここまでぶっ壊れちまった家族を、どうやって。
それこそ、医学の役割じゃあない」
ベル「おちつけ。そもそも君は医師じゃないし、ウォームウッド家の皆を救いたいわけでもないだろう。
医学でマチルダの視力を取り戻せるなんて荒唐無稽な黒魔術なんか論じてないで、君がとるべき行動を単純に求めればいいのだ。
それを聞いてやると言っているんだがなあ」
アン「すみません。今日はおれ、やっぱり冷静に考えをまとめられる状態じゃあないみたいです」
ベル「そうか。じゃあ私からヒントを出そう。
ヘレン・ブリュエット。年齢はマチルダと同じくらいだったか。
彼女も盲目だ。
マチルダとどちらが不幸かね」
アン「そんな比較をしたい気分ではありません」
ベル「マチルダの聴覚は無事だ。手足も自由に利く。
視覚から得た10年分の記憶を有し、その中にアン・シャーリーという友達もいる。絶望するには程遠い。
ヘレンが絶望なんてしたことあったかい。
アン、手をさしのべろ。今度の事故がなくたって、マチルダを拉致するつもりだったんだろう?
私には、なぜ君が突然マチルダの家族に同情し始めたのかがわからないくらいだよ」
アン「え?……マチルダの、家族に同情?
なんてしてましたか?おれ」
ベル「自覚してないのか。
ここまでぶっ壊れた家族をどうすれば、と君は口にした。
マチルダを家族から引き剥がそうとしていた者のセリフとは思えないよ。
あの両親がどうなろうと、知ったことではない。そう考えていたはずでは?」
アン「言われてみれば、たしかに。……そうなんですが。
そうだった、はずなんですが」
ベル「顔色が悪いぞ。今日はもう、お開きにしようか」
アン「ドクター。マチルダはずっと、麻酔で眠ってるんですよね?ドクターは、マチルダと会話をしていませんよね?」
ベル「していないよ」
アン「父親とは?」
ベル「手下を引き連れて病院のロビーでわめいている姿は見た。最低の野郎だな」
アン「……ありがとうございます。少し、一人で考えてみます。
また明日。
おやすみなさい」