ミス・ジェニファー・トランチブルは連日病院へ通い、マチルダに面会させてほしいと体当たりで交渉を続けた。
当然ウォームウッド・サグズの注目も浴び、いともあっさり車へ連れこまれて拉致される。
スマートフォンは真っ先に奪われたからどのみち助けも呼べなかったが、呼ばれてもアンは動かなかっただろう。無能な働き者は味方じゃないのだ。
男たちはたっぷりお楽しみに耽ったあとで、一応ボスにも報告をした。
ここから展開が意外な方向へと転がる。
唐突だがウォームウッド家はノルウェー国教会の信者だ。
プロテスタントは独立指向が強いので宗派が細かくなりやすい。それが長所とも短所ともいえるが、アビグウェイトではクリフトンという町にひとつだけ、その教会がある。
実業家ウォームウッドは決して信心深いとはいえない性格だったが、世間体を良くするには宗教の力を利用するのが近道だという摂理なら人一倍心得ていた。この点、小さな宗派であることは、僅かな寄付でも大きな効果をもたらせるので都合がよいのだ。
とくに今回はスキャンダルを塗りつぶすため、教会へ多大な貢献をすることを表明し協力を仰いだ。
クリフトンの教会で一番上級の牧師がさっそくホワイトサンズを訪れ、ウォームウッドと会談して入念な打ち合わせをしていたのである。
この牧師の名が、トランチブルだった。
珍しい姓なので、双方に確認がとられる。
なんとジェニファーは牧師の姪であった。
アガサ・トランチブルは若い頃、ジェニファーと同じ家で暮らしていたこともあるというが、昔から驚くほどに真逆の性格をしていた。
伯母はとにかく押しが強く、なんでも決めて自分から動く。
姪は命じられたことに逆らわず、ただ怒られないようにだけ気をつけて過ごすことを教訓として学んだようだ。
この日も「愚かな振る舞いをした自分を恥じ、深く反省するように」と伯母から滔々と説かれ、頷くしかないジェニファーだった。
トランチブル牧師は更に、マチルダを教会で預かり、神のお導きに沿わせて今後の人生を送らせましょうと両親に提言する。
夫婦にとってはありがたい話で、退院の許可が下り次第、娘の身柄をクリフトンへ移すことに決めた。
病院のロビーには不良たちに加えてクリフトンから追加派遣された女性聖職者が常駐するようになり、彼女たちは男たちをおとなしくさせることが容易だったので、雰囲気はとても良くなった。
一方ドクター・ベルは怪しまれずに動き回ることが難しくなり、アンへの連絡が滞りがちになる。
アンは、州都シャーロットへ戻らなくてはならなかった。仕事の依頼が溜まってきたのだ。
エージェントを雇うと高くつく。
デキるやつほど安売りはしない。
その代わり、もっと交わりたいと思う相手にはガンガン仕事をくれる。
信頼と実績、絆と人脈がこうして深まってゆく。これが裏稼業のルールだ。
アンはその一員になろうとしていた。
だから早いとこコッパー・ビーチズへ戻ることにしたのだ。ドクター・ベルに、引き続き調査を依頼して。
ベル「クリフトンへ行ってきた。教会と、町の規模や雰囲気も見て回った」
アン「ありがとうございます。そこからなら、マチルダを攫うことは容易そうですか?」
ベル「男は礼拝堂までしか入れなかった。その上、かなり巧妙にプロファイリングをされたな。正面からの偵察は、お薦めできないね」
アン「ノルウェー国教会ってのも、相当にヤバい橋を渡ってきた連中ですか」
ベル「宗教団体、マイノリティ、強いリーダーのもとで結束。とくれば尖鋭化しないわけにもいかないものだろうけどね」
アン「ジェニファーの伯母さんと聞いて、却ってイメージが掴めません。見た目はどんな感じなんでしょう?」
ベル「ミシュランマンとマシュマロマンを、混ぜて捏ねてよく膨らませたような姿かな。
服はすべて特注だと思う。肩幅が広くて、腰は革ベルトできつく締めあげていて、足首のブーツは小さめなんだ。はちきれんばかりの筋肉を見せつけるためのコーディネートだと思うんだが」
アン「気持ち悪いからもう結構です。
手下どもも、屈強そうな女たち揃いなんですよね?」
ベル「私は武闘派ではないから、どんな技使いなのかは特定できないんだが。場馴れしている風格は、相当なものだね」
アン「そんな施設で、ミンチンのような育てられ方はしないでしょう。食わせて、運動させて、それなりの仕事を覚えさせるはずです。
むしろ少し預けておいた方が、マチルダに体力つけさせるにはいいのかな。手間が省けて」
ベル「どうした。ずいぶん悠長に構えているみたいだが」
アン「そんなつもりじゃないんですけど、忙しすぎておれの方が先に斃れそうなんです。
今すぐは動けません。でも、マチルダと幸せになるための資金稼ぎだと思って働きます。
ドクターには引き続き、調査と報告を依頼します」